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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈33〉優しい人

 けれど、問題はルテアだった。

 シーゼに付着していた血は、ほとんどルテアのものだった。右脇腹に剣で切ったと思われる鋭い傷がある。その他にも数々の擦り傷と、痛々しい内出血の痕が破れた服の隙間から見えた。そして、すでに膨れ上がった左腕は、素人目にも尋常ではなかった。

 フィベルは慎重にルテアの背に手を滑り込ませ、その体を持ち上げる。少しずつ、フィベルの服も血で染まって行った。レヴィシアはとっさに自分の服の袖をちぎり、ダガーで裂いて比較的きれいな面を傷口に押し当てる。


「どこ行く?」


 フィベルがぽつりと言った。一番安全なのはリレスティだ。けれど、そこまでは遠すぎる。


「王都。……駄目、式典のせいで人が多い……」


 医師であるアーリヒは王都だ。アーリヒではない、違う医者を探すべきかも知れない。


「じゃ、エトルナ?」

「いや、エイルルーに……」


 ユイが言う。エイルルーは距離的に言うなら三番目だ。ただ、あそこも歓迎式典の影響で浮き足立っている。上手く見てもらえるだろうか。

 心配ばかりしていても仕方がない。とにかく、動かなければ。


「とりあえず、行こう」


 歩きながら、レヴィシアは考えた。早く医者に診せるためにはどうすればいいのか。

 誰かが先行して医者を連れて来てくれるのが一番だが、上手く連れて来られるとは限らない。

 そんな時、救いがあった。


「おい! お前ら!」


 シェインだった。顔を上げると、そこには数人のメンバーがいる。ティーベットも一緒だった。ティーベットは一頭の軍馬を従えていた。フィベルに敗北した騎兵の軍馬だ。


「どうしたんだ!? なんで……ルテアとシーゼ、けがしてるのか?」


 一瞬、レヴィシアは言葉に詰まった。自分の愚かさをごまかすつもりはないけれど、とっさに言葉が出なかった。


「詳しい話は落ち着いてからにしよう。早く医者に診せたい。このままエイルルーに向かうつもりだ」


 ユイが静かに言った。シェインは動揺した様子で、ああ、とかすれた声でつぶやく。けれど、すぐにかぶりを振った。


「それより、この馬に乗って医者呼んで来た方が早い。オレ、行って来るよ」


 ティーベットは、切れている手綱を結んで応急処置を施した。その軍馬に軽やかにまたがり、駆け去るシェインを見送る。ルテアとシーゼは比較的風当たりの弱い岩の陰に寝かせ、レヴィシアは他の面々に言った。


「リレスティが安全だって思ったけど、ハルトがあっちにいるんじゃ、あたしたちとクランクバルドの繋がりも筒抜けだよね」

「当主がいるならまだしも、式典で王都に滞在中だ。この状況ではどうだろう……」 


 レヴィシアはユイにうなずく。


「大人数を匿ってもらうのは危険だと思う」

「王都にいる連中にも連絡しねぇと」


 考えるのが得意なザルツもユミラもいない。それでも、レヴィシアなりに必死で考えた。ルテアの青ざめた顔を見遣りながら、ぽつりと言う。


「トイナックに行こうか」


 ルテアの故郷だ。あの閑散とした場所なら、傷を癒すことができると思った。

 ユイもうなずく。


「そうだな。あまりけが人を動かしたくはないが、近い場所も危険だ」


 話がまとまると、レヴィシアはティーベットと一緒にいた数人のメンバーに、王都班と落ち合う場所まで伝達に走ってもらった。

 それから、シェインと医師を待つ間、誰も口を利かなかった。

 けれど、寝かせていたシーゼが、眉根を寄せて小さくうめいた。レヴィシアは敏感にそれに反応する。


「う……」


 気が付いた。気が付いてくれた。

 うっすらと目を開けた彼女に、レヴィシアは駆け寄った。全員が、レヴィシアの後ろに続く。

 シーゼは虚ろな瞳で、レヴィシアとその背後を見ていた。それから、しっかりと焦点の合った目をレヴィシアに向ける。


 恐ろしかった。

 彼女が今、何を思っているのか、考えるだけで震えが止まらない。

 それでも、彼女がこうして再び目を開けてくれたことが嬉しいのも本当だ。

 シーゼはゆっくりと上半身を起こす。彼女のけがは、ルテアに比べると軽い。ルテアが庇ってくれたお陰だろう。

 レヴィシアは、どんな言葉にも耐える覚悟をして頭を下げた。


「ごめんなさい! シーゼは何も悪くなかったのに……あたしのせいで!」


 まだぼんやりとしていたシーゼは、ようやくレヴィシアに微笑んだ。


「わたし、大丈夫みたいだし、謝られても困っちゃうわ。誰のせいでもないから、泣かないで」


 ほら、と無邪気に両手を振ってみせる。その笑顔のせいで、レヴィシアは余計に涙が止まらなかった。


「なんで? なんでそんなに優しいの? あたし、シーゼに嫌な態度しか取って来なかったのに」


 けれど、シーゼはそっとレヴィシアの涙を拭った。


「そんなことないよ。あの時、地下室で会ったあなたが、本当のあなただもん。初めて会った時から大好きだった」


 レヴィシアは、シーゼにすがって大声を張り上げて泣いていた。しゃくり上げる彼女の背中を、シーゼは優しくさする。その動きで、レヴィシアはようやく素直になれた。


「あたしも、本当はシーゼのこと大好きだった。でも、優しくてきれいで、少しも敵わないって思ったら苦しくて、嫌いだって思い込もうとした。ごめんなさい……」


 ひっく、ひっく、と息を詰まらせながらも、レヴィシアはシーゼの耳もとで小さくささやいた。


「ユイのことも嫌いにならないで。すごく苦しそうだったから……」


 シーゼは穏やかに、うん、とうなずいた。



         ※※※   ※※※   ※※※



 そして、二台の馬車がその場へ到達する。


「連れて来たぞ!」


 先頭の馬車から飛び降りたシェインは、シーゼの意識が回復していることにほっとしたようだった。続いて降りて来た医師は、頭の両側に髪がかろうじて残っている老人だったが、この際文句は言えない。


「けが人はどこだ?」

「ここ」


 フィベルがルテアの隣で挙手する。


「おお、そうかそうか」


 おじいちゃん先生はルテアに近付くと、血まみれの服を裂き、腹に手を押し当て、丹念に調べる。それから、一見してわかる左腕に触れ、そして淡々とした口調で言った。


「うん。折れとるね」

「え!」


 レヴィシアは思わず口もとを押さえる。

 あの高さから落ちたのだから、不思議はない。むしろ、命があるだけすごい。けれど、やっぱりショックだった。

 カバンから道具を取り出し、医師はルテアの腕に添え木をし、しっかりと固定する。それから、傷口を洗い、消毒し、包帯を巻いた。


「肋骨もイッとるよ。まあ、内臓は無事だ。若いからすぐ治るだろ」


 軽い口調で言う。すぐ治ると聞き、レヴィシアはようやく生きた心地がした。シーゼは大丈夫だと言い張り、診察は受けない。大丈夫という言葉を信じてもいいだろうか。

 余計な詮索もなしに手当てを施してくれた先生に、レヴィシアたちは礼を言った。

 片方の馬車に医師を乗せる。

 傷口は清潔に保つこと、安静にしていること、そう注意して、医師は去った。



 ティーベットが未だ意識のないルテアを抱えて馬車に乗せ、その後にレヴィシアが続く。シェインはシーゼに乗るように目で促した。シーゼは、違和感を感じていた足首に鞭打って立ち上がる。我慢したつもりが、ほんの少しふら付いた。それをとっさにユイが支える。

 そんな光景を目にしたシェインが嘆息した。


「やせ我慢しないで、診てもらえばよかったのに」

「レヴィシアが気にするでしょ。大したことないから」


 と、シーゼはユイの手を押しのける。その途端、シェインは目を細めると、大声で言った。


「シーゼ、足が痛むらしいよ!」


 馬車から顔を覗かせたレヴィシアは、しょんぼりと眉尻を下げた。シーゼはシェインをにらんだが、シェインはそっぽを向いた。


「ユイ、馬車に乗せてあげて。それから、ちゃんと面倒見てね」

「ああ」



 うなずいたユイトルがシーゼを抱え上げる。

 そんな横顔に、昔の面影を見た。

 たったそれだけのことに、シーゼは涙が出そうだった。


 というわけで、完敗です(笑)

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