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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈29〉第三の影

 ユイの放った矢は、いつだって正確だった。

 難しい位置、悪条件の中ではあるけれど、あんなにも的外れなところに虚しく刺さった一矢が、レヴィシアには信じがたかった。

 そして、馬車は先ほど降り立った高貴な人物と、ひと塊の騎兵を残し、走り出す。


「ネストリュート王子だったら、残して去ったりしない。……あれ、誰だ?」


 ルテアの声に少しの焦燥が混じる。


「それより、早くここを離れなきゃ! あの騎兵たち、道を探してきっとこっちに登って来るから」


 冷静なシーゼの言葉に、面々はうなずいた。皆、打ち合わせ通りに散って行く。

 ただ、打ち合わせをいくらしたところで、こういった状況の中で落ち着けというのは至難の業だ。経験の浅い構成員たちは我先にと混乱を極める。


「慌てるな! まだ大丈夫だ。焦って谷底に落ちたり、けがをする方がよっぽどまずいぞ!」


 わあわあ叫んでいる若い連中を、ティーベットが恫喝した。場数を踏んでいるシェインやルテアも落ち着いて彼らに対応していた。


「よし、俺たちも行くぞ!」


 シェインの言葉に、シーゼは力強くうなずく。


「うん。急ごう」



 事前に、短時間で下りられるように、岩にロープをくくり付けて下に垂らしておいた。巨漢のティーベットでさえも支えられる頑丈なものだ。それは四本あり、混雑はしているものの、無理をしなければ順調に下りられる。先に下りた者から、入り組んだ谷間に隠れ、そこからそれぞれに落ち合う場所へと向かうのだった。谷間に入りさえすれば、馬――特に体の大きな軍馬では侵入できない。追っ手に捕まる心配も少なかった。


 シェインとティーベットには皆を先導するために先に行ってもらう。ようやく空いたロープの前で、ルテアはレヴィシアを振り返った。


「先に行けよ」


 けれど、レヴィシアはかぶりを振った。


「先に下で待ってて。ほら、こっちもすぐに空くから」


 確かに、隣のロープを下りているメンバーももうじき下に着く。同時に三本のロープに空きが出た。ルテアはレヴィシアとシーゼに目を向ける。


「三人同時に行けるな」

「うん」


 ルテアもシーゼも、レヴィシアもロープに手を伸ばした。後ろ向きになり、ルテアは岩壁を蹴る。身の軽い彼は、跳ねるようにして体を宙に投げ出し、誰よりも上手に、速く降下する。

 シーゼは一瞬、レヴィシアをちらりと見た。そんな彼女の視線を、レヴィシアは気付かなかったかのように顔を背ける。シーゼは嘆息すると、ロープに力を込め、レヴィシアの視界から姿を消した。ルテアほどではないけれど、器用に下りて行く。

 それを確認すると、レヴィシアはロープを手放し、来た道を戻り出した。


「急がなきゃ……!」


 あの時見えた人影。外れた矢。

 きっと、向こうで何かが起こっている。

 もし、リッジだとしたら、ユイたちと激戦になっている。

 けれど、リッジはもしかしたら、自分の話なら聞いてくれるかも知れない。ロイズがいない今、それができるのは自分だけだ。


 つまり、ユイを救えるのは自分だけだと思った。

 その考えが愚かだと、気付けるのはいつも後になってからだった。


 ただ、ユイに会いたかっただけかも知れない。会いに行っても許される理由を見付けた。

 本当は、それだけのことだった。それを認めなかっただけだ。



 息せき切って、あのくたびれた吊り橋までやって来た。けば立った縄に手を添え、恐る恐る一歩を踏み出す。いくらなんでも、小柄なレヴィシアが乗ったくらいで吊り橋が落ちることはなかった。

 もう一歩を踏み出した時、縄を握っていた手をつかまれた。


「駄目!」


 甲高い声。レヴィシアは振り向きたくなかった。けれど、手を離してもらうためには対峙しなければならない。ゆっくりとにらむように振り返る。

 シーゼはいつになく厳しい面持ちで、レヴィシアの手を強く引いた。下まで行かず、途中でレヴィシアが続いて来ないことに気付いて登って来たのだろう。


「ユイトルのことが心配でも、今はここを離れないと。あなたが行ったら、かえって邪魔になるから」


 それは、一番言われたくない言葉で、一番言われたくない人物だ。レヴィシアは歯を食いしばってその手を振り払った。

 弾くようにして彼女を退け、一気に橋を渡るために駆け出す。この時は、恐怖とは無縁だった。頭に血が上り、怖いなんて思わなかった。


「きゃ!」


 レヴィシアが駆ける振動で、橋が揺れる。シーゼはとっさに手すり代わりの縄にしがみ付いた。

 けれど、多分すぐに追って来る。だから、その前にユイを見付け出したかった。シーゼには負けたくない。追いかけて来たのだって、本当はシーゼもユイに会う口実がほしかったからだ。

 橋を渡り切り、向こう側に下り立っても、ユイの姿は見えなかった。


「ユイ!」


 思わず叫ぶ。けれど、それは敵に自分の存在を示したに過ぎなかった。

 誰の姿も見えなかった。けれど、自分に目がけて放たれた矢があった。それを感じた時、甲高い彼女の叫びと、柔らかい体に包み込むようなあたたかさを感じた。横倒しになって転がったけれど、庇われたから痛くなかった。

 そして、何か硬質な音がして、地面に折れた矢が落ちた。そっと顔を上げると、抜き身の剣を持ったフィベルが、相変わらずの眠たそうな糸目を、レヴィシアとシーゼに向けている。


「なんで?」


 どうしてここにいる、と。

 けれど、あまり悠長に喋っている場合ではなかった。第二、第三と続々と矢が放たれる。フィベルはそれを確実に、僅かな動作で落として行った。信じていなかったわけではないが、目の当たりにしてみると、やっぱり驚いた。本当に、強かったのだと。


「この矢、誰が射てるの……?」


 その矢は、ユイが扱うものとは明らかに違う、細く短いものだった。リッジなら、もしかすると弓も扱えたのかも知れないが、目にしたことはない。ほんの少しの違和感を感じた。


「知らない」


 フィベルの返答は短い。

 シーゼは抱き締めていたレヴィシアから体を離す。けれど、腕だけはしっかりとつかんだままだった。


「いいから、早く逃げないと」


 庇われても感謝なんかしない。何か思惑があってのことなのではないかと勘繰かんぐってしまう。

 素直に受け入れず、意固地になった自分が、彼女と比べてどうしようもない子供なのだと思い知らされるようで、苦しいだけだった。再び腕を振り払いたくなった。


 そんなことを繰り返していると、段々とその場に複数の蹄の音が近付く。その音は、次第に大きくなり、気付いた時にはすでに遅かった。

 

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