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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈28〉谷風に吹かれて

 ヒュウヒュウと、風の音がうるさかった。

 砂と一緒に細かい石が風に混ざり、それが時折肌にぶつかる。


 レヴィシアは、風が吹き抜ける谷底を一望できる高みから、下を見下ろた。大昔の天災で水が干上がり、今では道となったノゼルの谷。上方には緑もあるが、岩肌の方が圧倒的に多く見える。

 まだ、一行が来る気配はなかった。けれど、その時はすぐそこに迫っている。


 レヴィシアは大きく息を吸い、心を落ち着けた。今は事前のことに集中するしかない。

 こちら側には、レヴィシアを始め、形ばかりの人員が集められている。ユイのいる向こう側に目が行かないよう、こちらが本命であるかのように頭数を増やしただけだ。

 中にはルテアやシェイン、ティーベット、シーゼといった戦力もいるが、後の三十人ほどは逃げ足の速さだけを買った歳若い構成員たちである。


 この谷の上部に、ユイのいる向こう側に向けて粗末な橋が架かっていた。けれど、この風の強い場所でいつから架かっているのかも定かでないような、痛んだ様子の橋を渡り切るのは勇気が要りそうだ。

 そんなことを考えながら、レヴィシアは向こう側を見る。

 余計なことを考えないつもりでも、気持ちは向こう側に飛んでいた。

 早く全部終わらせて、ユイと一緒にいたい。そうしたら、色々な不安から抜け出せる。


 その姿を見たいと願った、レヴィシアの想いが叶ったのか、向こう側に一瞬、人影があった。それを見た気がした。

 けれど、それはユイではなかった。なのに、フィベルでもない。それでも、人間だ。野生動物などではない。


 第三者。


 それが意味することを、レヴィシアは考えてぞっとした。

 二人よりも小柄だったように思う。頭部が黒かった。帽子か、髪か。

 まさかと思った。脳裏をかすめる、鴉のようなあの姿。

 あれから消息不明のリッジが、もしまたこちらの動きを読んでいたのなら。

 噴き出した汗が背中を伝う。体の熱が風に奪われ、脚に震えが来た。


「大丈夫だ。少し落ち着け」


 レヴィシアの様子を、緊張だと思ったルテアが、でき得る限りの優しい声音で言った。


「……うん」


 かろうじて答える。けれど、そうではない。

 みんなに知らせようかと思った。ただ、その時、すでに遅かった。

 間に合わない。


「来た! 来たよ!」


 誰かがそう叫んだ。砂ぼこりがひどく、視界がにごる。馬のひづめの音、車輪の音が風に混ざり合っていた。

 ティーベットが仕掛けの前で、腕に力を込めて待った。それを、シェインが抑える。


「まだだ。もうちょっと引き付けないと」


 この段階でも、レヴィシアはユイのことが気になった。今は大丈夫と信じるしかないけれど。

 頭が真っ白になりそうだった。ただ、自分が上手くやらなければ、ユイだけでなく、みんなが危険になるのだと、気を引き締める。

 そして、シェインが合図した。


「よし、今だ!」


 数人がかりで用意した岩を、谷底へ落とす。岩の底に差し込んであった板に体重をかけ、転がすように動かした。細かく崩れながらも、岩は行列の進行先に落ちて砕けた。

 馬車が進行ができないほどではないが、隊列は乱れる。こちらを注目させることが目的なので、それで構わない。

 馬車のすべてが一時停止した。

 ただ、特別な設えの馬車はなく、どれもが同じだった。まさか、王子は違う道を通ったのだろうかと不安になったが、襲撃を予測して、森の中に木を隠すようなことをしたと考えた方がしっくり来た。

 レヴィシアは全体を見回して、それから一人だけ前に出た。精一杯、力強く聞こえるように声を張り上げる。



「私たちはあなた方を歓迎しません。ここは私たちの国。あなた方の干渉は受けません。それでも干渉を続けるというのなら、私たちは戦い続けます」



 一言一句、しっかりと発した。

 自分の声は、風にかき消されるかと思った。けれど、逆に風が声を運んでくれたようにも思う。


 この声明が聞こえたのなら、ネストリュート王子はどう出るのだろう。安全なところで、聞こえなかったかのようにやり過ごすのだろうか。

 ただ、何故だか彼は姿を現すのではないだろうかとどこかで感じた。陰からではなく、堂々と相手を見据えるような人物だと、会ったこともないのにそう思えた。


 だから、行列の先頭の馬車が再び動き出した時、拍子抜けしてしまった。とんだ買い被りだった。

 けれど、後半の馬車の一台から、一人の男性が降り立ち、騎乗していた兵士に何か指示をし始めた。その人物は、正装していた。明らかに、他とは違う、高貴な装いだった。


 ドクン、と心臓が脈打つ。

 あれがネストリュート王子か、と。

 顔まではわからない。なのに、不思議だった。彼を知っているような気がした。

 そして、彼はしっかりとこちらを見据えていた。距離がありすぎるけれど、間違いなくこちらを見ている。


 彼は警護の騎兵から譲り受けた馬にまたがる。その時、一本の矢が空を切って降った。けれど、それは虚しく地面に突き刺さる。その人物から随分と遠く、彼がひやりとするような威嚇にはならない、的外れな位置だった。


「外れた……?」


 シェインの声が虚しく響く。信じられない思いだった。


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