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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈27〉一族の総意

 エトルナを出立した馬車がいくらか走った頃、ティエンがぽつりと言った。


「ネスト様、この辺り、風が変わりました。谷風ですね」

「ああ、つまり、襲撃されやすい場所だ」


 ネストリュートは軽く笑う。恐ろしいとは思わない。むしろ、先を楽しみに馬車に揺られていた。

 気概のある人間に出会うのは楽しいものだ。それがたとえ敵であろうとも。

 それでも、ハルトビュートは心配そうだった。


「先行しているリンたちはこの辺りにいるのでしょうか?」


 ティエン、リンラン、ヤンフェン、それから――。

 『彼ら』一族の者が、最初にネストリュートの前に現れたのは、彼が十三歳の時だった。

 突然、どこからともなく現れ、こう言ったのだ。



『あなたこそ、真の王。それが一族の総意にございます』



 一族。


 四人の兄がいる自分に、その一族とやらはおかしなことを言う。それが最初の印象だった。

 だから、思わず嗤った。

 ただ、その後になって父王に呼ばれた。



 彼ら一族は国の影、国の闇に潜む者。

 彼らは自ら王を選び、相応しいものを王に据える。

 彼らに選ばれることこそが、我が国の王たる条件である。


 我が王子たち――最後に残るのはお前だ。

 悲しくはない。

 王である私は、この結末を知っていた。


 抗う兄と、奪い取る弟。

 王になるより、お前に生きる道はない。

 戦い、勝利せよ――。


 その時、初めて納得した。

 父王の、子らへ対する執着のなさ。あの、冷え切った視線。

 喪うことを知っていたからこそ、情を移さなかった。

 こうなって初めて、自分はあの父王の唯一の息子足り得た。

 兄たちはあの一族の存在を知らない。選ばれなかったことすら知らない。

 ただ、直感として何かを感じ、自分を排斥しようとする。

 向かって来るのなら、戦い、退けれるしかない。


 けれど――。


 同じ腹から産まれた、弟。

 ハルトビュートもまた、彼ら一族には排斥すべき障害でしかない。無邪気に自分を慕う、あの弟も。

 だからこそ、ネストリュートは父王から、一族が選んだ次の王以外に、一族の存在を明かしてはならないと言われたにも関わらず、ハルトビュートに話した。


 まだ幼い弟は、呆然として、それから言った。

 だったら、私は城を出ます、と。

 王位継承権などいりません。私は王族であることに意味を見出せません。


 幼いとばかり思っていた弟は、はっきりと自分の意志を語った。


 けれど、いつ、どこにあろうと、ネスト兄様の弟ではあります。

 いつも、兄様のご壮健をお祈りしております――。


 そうして、ハルトビュートは本当に王位継承権を放棄した。第六王子のハルトビュートに代わり、王位継承権第六位は、第七王子、末の弟だ。


 そうしたお陰で、ハルトビュートは一族の者に命を脅かされる心配はなくなった。王位継承権がなくとも、高貴な血が流れた我が弟である、と城を出ようとするハルトビュートを留めた。そばにおいておかなければ、兄たちに利用されてしまいそうな気がした。


 それほどに、ハルトビュートは素直だった。王位継承権を放棄してからというもの、ますます下々の者とよく関わり、自分はただの居候だからと、その下々の仕事さえも時には手伝った。

 口調も態度も王族とはかけ離れて行くけれど、それ故にティエンたちも親しみを込めて接する。

 ハルトビュートは、これでよかったのだと思う。

 ただ、これからの戦いをどう戦い抜くか、それが問題と言えた。

 はっきりと、決めなければならない時は迫り来る。



「――こういう場所、ヤンよりもリンの方が得意なんじゃないか?」


 ハルトビュートが馬車の窓から外を窺う。ティエンもうなずいていた。


「ええ、そうですね。きっと、近くにいます」


 今に、何かが起こるだろう。

 馬車の速度がゆるくなる。風が強く吹いたせいでもあり、そればかりでもなかった。向こうから、御者の張り詰めた声がする。


「右手側の谷の上方に集団の姿が! 左に馬車を寄せます!」


 けれど、その前に風の音の中に異質な音が交ざり合った。その音は、見ずともわかる。谷からひと塊の岩が落とされたのだろう。

 ひと際大きな音がした。砕けた岩が飛び散った音だ。

 緊急停止した馬車が大きく揺れる。馬車の列は大きく乱れたと思われた。


 ハルトビュートとティエンは緊張した面持ちだったが、ネストリュートは楽しげに微笑んだ。

 王を失い、崩れ行くこの国の意地を、見てみたい。


 風の中、響き渡るのは少女の声。

 幼さを残した高い声に、ハルトビュートはびくりと体を硬直させる。


「なかなかおもしろそうだな。対面してみるのも一興か」


 それをティエンは冷ややかに遮った。


「矢が降り注いだら、私だけでは防げません」


 ネストリュートはクスクスと笑う。けれど、ハルトビュートはまったく笑っていなかった。


「兄上……兄上は先を急いで下さい。俺が会って来ます」

「私と間違われて射られるぞ?」

「いえ、リンかヤンも近くにいると思いますし、小隊ひとつはお借りします。それに、『彼ら』も俺に危害を加えることはしないでしょう。もし、こちらに危害を加えてしまっては、向こうも都合が悪いですから。目的は足止め。――そうでしょう?」


 ネストリュートよりもハルトビュートを心配そうに見つめたティエンは、それでも追うことを許されない。それをよくわかっていた。


「それでも、どうか、お気を付けて……」


 彼女の震える声に、ハルトビュートは振り向かずにうなずいた。


 レイヤーナ王子その①、その③には子供がいます。

 けれど、王位継承権は現国王の子供から優先されるという設定なので、ネストの継承権は五番目です。

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