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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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〈13〉国を想うなら

 クオルとその父、シェイン=マクローバは、先に戻った。

 そうして、レヴィシアはリッジに連れられる形で待ち合わせ場所となっていた広場に向かう。途中、お互いの個人的な話はしたけれど、活動に関しては何も触れなかった。歩きながらする話ではない。

 広場が見えて来ると、その芝生の上を右往左往しているプレナが、真っ先にレヴィシアを見付けた。


「レヴィシア!」


 相当に心配をしていたのだろう。青ざめた顔をしている。少し、申し訳がなかった。

 レヴィシアが説明するよりも先に、リッジが口を開く。


「ごめんなさい。僕が呼んだんです」


 ぺこりと頭を下げたリッジに、プレナの背後からやって来たザルツが、感情の読み取りにくい視線を投げかけている。


「……君がリッジ=ノートン?」

「ええ。よくわかりましたね」


 と、リッジは微笑んだ。ラナンもそんな様子を見ながらうなずく。


「年齢の割に落ち着いてるし、そう言われてみると納得だな」


 そこで、レヴィシアはこの場に足りない二人のことをおずおずと尋ねる。


「あのさ、ユイとルテアは?」

「二人ともレヴィシアを探しに行ったのよ。振り返ったらいなかったって、ルテアが慌てて行っちゃって、ユイも二人を探して来るって……」


 プレナはため息混じりに言った。ラナンも難しい表情をしている。


「ユイはともかく、ルテアのやつ、迷ってるんじゃないかな」


 その時、レヴィシアはどうしようもなく胸が騒ぐのを抑えられなかった。

 ギリギリと心の奥が疼き出す。震えそうになる唇で無理に笑顔を作り、平静を装う。


「じゃあ、ちょっと探して来るね!」


 跳ねるようにしてきびすを返した。全部見透かすようなザルツの視線から逃れたかったという思いも、実際にはあったのかも知れない。


「あ、ちょっと……」


 不安げなプレナの声を振り切って、レヴィシアは駆け去った。



 髪を尻尾のように揺らしながら走るレヴィシアを見送りながら、ザルツは嘆息した。


「またか。いつまで経っても……」

「また?」


 ラナンが問う。ザルツは仏頂面でうなずいた。


「レヴィシアは、ユイの単独行動を極端に嫌がります。ユイと誰かが一緒なら平気ですが、居場所が知れなかったりすると、飛び出して探しに行ったことが何度かあって……」

「お父さんのことが関係してるのかも知れません。また、大事な人がいなくなるのが怖いから」


 プレナはそう言ったものの、ラナンはその考えを完全に受け入れられなかった。

 ユイは組織一の武芸者だという。冷静な人物のようだし、むしろ一番心配はいらないと思える。

 だとするなら、恐れるのはその心が離れて行くことだろうか。

 留めておけない人の心を繋ぎ止めようとするからこそ、不安になる。


「……手間が増えたわね。まあ、ユイが合流して連れ戻してくれるとは思うけど」


 そこで、リッジが口を挟んだ。


「こちらからも誰か探しに向かわせましょうか?」


 もとはと言えば、自分のせいなので、多少は申し訳なさそうだった。それを、ザルツがやんわりと断る。


「いや、下手に動くより、ここで待った方がいいだろう」

「……そうですか。確かに、この町は比較的に安全だと思いますよ。では、僕は一足先に戻らせて頂きます。アジトの場所だけはお伝えしておきますので、皆さんがそろいましたら、いらして下さい」


 そうして伝えられた場所に、三人は顔を見合わせた。リッジはニコニコとそんな様子を見守っている。


「本当? それとも、冗談?」


 思わずプレナがつぶやくと、リッジは笑顔のままで答えた。


「もちろん、本当ですよ」



         ※※※   ※※※   ※※※



 レヴィシアは往来を避け、裏道を進んでいた。何故かそうした方がいいような気がした。わけもなく、勘に頼っている。

 不慣れなこの場所で、うまく二人を見付けられる自信はない。考えるよりも先に動いてしまった。

 多分、探さなくても戻って来る。そう自分に言い聞かせても、焦りがあった。

 その、多分という僅かな疑惑が拭えない限り、駄目なのだ。

 誰だって、危険に身を置く毎日から逃れたいと思うだろう。逃げ出したい気持ちが潜んでいるのは、みんな同じだ。

 離れれば離れるほど、雪のように不安が募って行く。


 やはり、土地勘のないレヴィシアは、同じところをぐるぐるとさまよい続け、届かない想いに苦しんだ。泣いてしまいそうになる気持ちを必死で抑える。

 これでは、親を探して泣く、迷子の子供と変わりない。

 そう自嘲するけれど、段々と視界がぼやけた。

 立ち止まり、ぱたりぱたりと一歩ずつ、緩慢に足を運ぶ。支えてくれる人がいない体が、ひどく重く感じられた。

 甲高く、その名を叫ぶ。


「ユイ!」


 一度の呼びかけで届かないのなら、何度呼べばいいのだろう。


「ユイ! ねえ……ユイトル!!」


 背後で靴音がした。

 ゆとりのない表情のまま振り返れば、驚いた面持ちのルテアが、息を切らし、汗を流して立っていた。走り回って探してくれていたのだと、すぐにわかった。


「レヴィシア……そんなに叫んでたら、目立つだろ……」


 汗を拭うルテアに、レヴィシアは情けない顔と声を向けてしまう。


「ルテアぁ……」


 自分の言い方が悪かったのかと、ルテアは少しうろたえた。


「あ、いや、目立ってたから、俺も気付けたんだけどな」


 そうして、もう一人、その声に気付いた人物が駆け付ける。ルテアが振り返ると、ユイは心底ほっとした表情を浮かべていた。


「レヴィシア、無事だったか」


 レヴィシアは勢いよくうなずいた。けれど、うつむいたまま、首を持ち上げようとしない。


「どうした? 大丈夫か?」


 ユイはルテアを通り越し、レヴィシアに駆け寄る。そこでようやく、彼女は顔を上げた。


「ごめん、なんでもないよ。平気だから」


 少しだけ見えたレヴィシアの表情は、泣き出しそうな陰りの中に、喜びが混ざっている。そんな複雑な笑顔だった。


 ルテアは二人から少し離れたユイの背中側から、そんな光景をぼんやりと眺めていた。

 入り込めない空気が重苦しい。

 どうしようもなく、居心地が悪かった。




 三人が待ち合わせ場所の中央広場に戻ると、リッジの姿はなかった。


「あれ? リッジは?」


 レヴィシアが尋ねると、ラナンはもたれていた楓の木から背中を離した。


「先に戻るって」

「……もとはと言えば、あいつらがややこしいことするからだ。どうせ、あのジジイもグルだったんだろ」


 戻って来る途中、レヴィシアに事情を説明されたルテアは、憤りが収まらないようだった。それを、プレナがやんわりと宥める。


「これから仲間になるんだし、もういいじゃない。じゃあ、行きましょう」

「場所、わかるのか?」


 ユイの言葉に、ラナンは不適に笑った。ザルツがぼそりと言う。


「領主館だ」

「は?」


 耳を疑ったレヴィシアとルテアが異口同音に声を発したけれど、事実は変わらなかった。



         ※※※   ※※※   ※※※



 六人は、そろって一番目立つ屋敷に向かって歩く。これなら、迷いようがない。

 先頭をザルツとプレナが歩き、その次をレヴィシアとユイが歩く。最後にルテアとラナンが続いた。

 レヴィシアとユイの背中を眺めていると、なんとなく距離を取りたいような気分になった、ルテアの足取りは重かった。ラナンも気付いてはいるだろうけれど、特に何も言わない。

 間が少し開いた頃、ルテアはなんとなくつぶやく。


「そういえば、ユイって、ほんとは『ユイトル』っていうんだな。レヴィシアがそう呼んでた」


 言いたいのは、そんなことではなかったかも知れない。自分でも、何か引っかかっているのはわかるのに、それがうまく言葉にできなかった。

 けれど、その名を聞いた途端、ラナンの表情に一瞬、緊張が走ったような気がした。ルテアはラナンを見上げ、首をかしげる。


「……ラナン?」

「え…あ、うん」

「どうしたんだよ?」


 明らかに、おかしい。なのに、ラナンはそれをなかったことにした。


「いや、ちょっとな。それ、他に聞いてたやつはいたのか?」

「さあ?」


 叫んでいたから、いたとしても不思議はないけれど、わからない。ラナンは困ったような顔をしていた。何故ラナンが困るのか、それがわからない。

 尋ねようとしたら、先を越された。


「なあ、ルテア。お前、約束は絶対に守るよな?」

「なんだよ、いきなり」

「その名は二度と口にするな。誰にも言わず、このまま忘れるんだ」


 低くひそめたラナンの声は、真剣そのものだった。その名が何を意味するのか、気にならないわけがない。けれど、尋ね返すことを完全に拒絶している。

 ルテアの困惑に、ラナンは苦笑した。


「レジスタンスなんて、事情のある人間がたくさん集まってる。ただ、どんな人間でも、国を想うなら同じだ。活動に参加するための制限なんて、あっちゃいけない。そうだろ?」


 そう言ったラナンの目は、どこか遠く、何かを憂えている。

 だから、一方的な言い分に対する、噛み付きたくなった気持ちが次第に引いて行った。


「……わかった。言わない。約束する」


 ルテアがそうつぶやくと、ラナンは昔と変わらず、父とよく似た顔と同じ口癖で微笑んだ。


「よし、いい子だ」


 いい加減、子供扱いは止めてほしいと思うのに、これはすでに刷り込みなのか、その笑顔には弱かった。


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