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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈25〉才能

 ユイはその頃、王都のクランクバルドの敷地内で弓術の稽古に励んでいた。

 本来なら、ティーパーティーのために美しく整えられた庭なのだが、今は木に下げられた的へひたすら矢を射る場でしかない。

 どれくらい矢を放ったのか、すでに定かではなかった。けれど、失敗は許されない以上、どれだけ繰り返しても安心はできなかった。


 弓を引き絞ると、汗が額を伝い、目に入った。ユイはゆっくりと力を抜き、弓を下ろすと肩口で汗を拭った。ふぅ、と小さく息をつく。

 すると、いつの間にやら木陰にフィベルがいた。相変わらず、気配はない。


「いたのか」


 思わず口に出すと、彼は無表情でこくりとうなずく。


「退屈だから見てた」

「退屈なら、稽古したらいい」

「やだ」


 即答だ。

 ユイよりもひとつ年上なのだが、反応が子供のようだった。思わず返答に困る。


「嫌って、それだけの才能があるんだ。伸ばしたいとは思わないのか?」


 昔の自分は、それしか頭になかった。どうしたらより強くなれるか。誰よりも勝ることができるのか。そればかりだった。

 けれど、フィベルにはそうした欲がまるでない。生まれ付き持ち合わせた能力が、たまたま人よりも優れていただけで、興味はない。信じがたいが、そうなのだ。不思議そうに首をかしげている。


「なんのため?」


 なんのため――そう言われてしまうと、昔は自分のためでしかなかったな、と思う。

 フィベルと話していると、過去の自分の愚かしさが際立って来るようだった。

 ただ、今は守るために強さを必要とするようになった。他人を屈服させるための力ではない。

 今の自分は、彼の問いに答えられる。


「守るために」


 そう、口にした。

 奪った自分が守ると口にする。勝手だと言われるかも知れない。それでも、そう思う。

 ただ、フィベルはそんなユイの心情など知らず、守るため、とつぶやいて納得したようだった。


「じゃあ、やる」


 意外と素直だった。わからない男だ。

 すくりと立ち上がると、フィベルはユイの刃のない稽古用の剣に目をやった。


「ああ、使えばいい」


 こくりとうなずく。


「相手して」


 二本用意したのは、フィベルの分というつもりではあった。だから、突き出された一本をユイは受け取る。

 無表情でマイペース。この男を従えているスレディは、やっぱりすごいのかも知れない。

 ひたすらに弓術に打ち込むより、気晴らしも必要だろう。

 それに、少し興味もあった。


「了解」


 弓を下ろして答えると、フィベルは何故か驚いたようだった。糸目を瞬く。


「どうした?」

「いいって言うと思わなかった」

「そうか?」


 またしても、こくりとうなずく。そんなにも付き合いが悪いように見えたのだろうか。見えても仕方がないけれど、フィベルに言われると少し複雑だった。

 ただ、彼の言葉は、ユイが受け取ったような意味のものではなかった。


「みんな嫌がったから」

「え?」

「遊びでも、俺と組むの」


 その一言に、すっと寒いものが漂う。多分、加減を知らないのだろう。

 ユイは嘆息した。


「今まで、誰かに剣術を師事したことは?」

「少しだけ」

「……わかった。始めよう」


 ぼうっとしているようでいて、対峙してみると無心と言った方がいいのか、隙がない。こういう直感型の人間の先を読んで動くのは至難の業だ。

 お互いに剣を構え、動かずにこう着状態が続く。かと思えば、いきなり動いた。するりと剣先が横に揺れる。


「っ!」


 それを受け止めたけれど、すぐに剣筋が跳んだ。ガ、とぶつかり合う鈍い衝撃が来る。表情の乏しいフィベルが何を考えて打ち込んでくるのか、まるで窺えなかった。

 これが刃のない抵抗の大きな稽古用の剣であるからいいものの、真剣であったなら、相手をするのはもっと難しかったかも知れない。このまま、守りに入るとまず勝てない。流れを変えなければ――。

 ユイは一度受けた剣を押し戻すと、間髪入れずに斬り込んだ。フィベルは一瞬にして後ろに引き、正確に弾き返す。

 それでも、彼のペースに戻されてしまっては勝機はない。


 カン、カン、と甲高い硬質な音が響き、それが無言のうちに会話のように思われた。

 勝とうという欲がないフィベルは、それが唯一の弱点だった。長引くと、粘り切れない。

 ほんの少しゆるんだ手もとをユイが責めると、フィベルは剣を放り出して一撃を逃れた。


「こ――さん」


 弾む息を整えながら、フィベルは両手を軽くあげた。ユイも大きく息を吸って、それから言う。


「ほら、まだ鍛錬も、必要、だろう?」


 頬の汗を拭うと、フィベルは大きくうなずいた。


「ん」


 けれど、正直に言って、彼が熱心に剣術に打ち込むようになったら、自分では敵わなくなるかも知れない。それくらいの、天性の才能と認めなくてはならないだろう。

 昔なら、それでも無欲な彼に嫉妬したかも知れない。他人に負ける可能性のある弱い自分に耐えられなかっただろう。

 ただ、今は誰かと自分を比べるようとは思わない。今の自分には、やるべきことが見えているから、どんな自分でもそれは変わらない。


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