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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈24〉互いの距離

 ザルツとユミラは何度か襲撃地点と決めたノゼルの谷を訪れた。岩場ばかりの殺伐としたこの場所の風速を計り、地形を知り、もっとも効果的な場所を探る。

 ユイはしばらくおろそかになっていた弓術の精度を上げるため、クランクバルドの敷地内にて鍛錬を続けていた。

 その妨げとならないように、とザルツに釘を刺され、レヴィシアは一人で膨れていた。そんな彼女に、プレナが声をかける。


「ねえ、レヴィシア、アプランさんたちの店に顔を出してこようと思うんだけど、一緒に行く? みんな、レヴィシアに会いたがってたから」


 それは、活動を始める前から世話になっていた商店の人々だ。共に戦っているわけではなくとも、後援してくれた人々がいてこそ、今の自分たちがある。王都にいるなら、自分たちを心配してくれているみんなに挨拶くらいして当然だった。


「うん、行く」


 ただし、二人では駄目だ。行くならルテアを連れて行くように、とザルツからうるさく言われていた。

 この微妙な時期にと思ったけれど、他のメンバーたちは出払っていた。シェインは斡旋所を探りに出かけたままだし、フィベルはユイと鍛錬しているらしい。ティーベットも昔なじみのところだ。仕方がない。


 なんとなく、気まずくなるかと思えば、ルテアはいたって普通だった。そんな様子を見て、レヴィシアも変に意識するのは止そうと思った。何もかも、勘違いだったような気がして来る。



 二番街、商工組合の長でもあるアプランの青果店の前まで来ると、まず恰幅のよい夫人がレヴィシアに気付いた。


「あぁ! レ――っ」


 大声で名前を呼びそうになって、慌てた亭主に口を押さえられる。亭主――アプランは背は低いが筋肉質だ。けれど、夫人はそれを押しのけ、キラキラした目をしてレヴィシアを強く抱き締めた。


「元気そうで何よりだわ。いっぱい、大変な目に遭ったでしょう? ああ、会いに来てくれて嬉しいわ」

「うん、ありがと。おばさんも元気そうでよかった」


 レヴィシアを抱き締めたまま、夫人はルテアの存在に気付く。目が合うと、ルテアは軽く会釈した。


「あらあら、このかわいらしい子は? お仲間かしら?」

「あ、うん。ルテアっていうんだけど」


 ようやく解放されたレヴィシアが息をついてから言うと、ルテアは真顔のままで口を開いた。かわいいという一言が癪に障ったのだろうか。


「ルテア=バートレットです」


 すると、夫人は目を丸くした。


「バートレット? もしかして、ホルクさんとこの?」

「はい。息子です」


 それを聞くなり、夫人は隣に立つアプランのがっちりとした腕を叩いた。


「ちょっとあんた、聞いたかい!?」


 アプランは刈り上げた白髪混じりの頭を掻きながらつぶやく。


「ホルクさんのかぁ。似てねぇな」


 その発言で、ルテアは複雑そうに表情を硬くした。けれど、それに反してアプランは相貌を崩して笑っていた。


「あんたの親父さんには世話になりっぱなしだったよ。ほら、行商人だったろ? よくこの辺でも取引してくれてな。損得越えた付き合い方をする人だったから、みんなから慕われてたよ」


 それを聞くと、ルテアはきょとんとしていた。あまり、よそで父の話を聞いたことがなかったのかも知れない。優しい父親であったのは事実なのだが、ルテアが共に過ごせた時間は少なかったのだ。


「だから、亡くなったって聞いた時は、本当に悲しかった。あんたもね、活動も大事だけど、お父さんと同じようにはならないようにね。あの時のレブレムさんみたいな思いを、レヴィシアにさせないであげてね」


 うっすらと涙ぐむ夫人の言葉に、ルテアは小さくうなずいた。


「はい――」


 少ししんみりとした空気を払うようにして、アプランは声を張った。


「よし、ちょっと待ってな。いい葉物があるから、分けてやるよ」

「いいんですか? この間も頂いたばかりなのに」


 プレナが口もとを押さえて恐縮する。


「ほら、しっかり栄養摂らないと、病気になったらなんにもできねぇだろ?」

「ありがとうございます。じゃあ、私、お手伝いしますね」


 その申し出を、アプランは遠慮しなかった。


「じゃあ頼む」

「はい。レヴィシア、他のところにも顔を出して来たら? 戻って来る頃には用意もできてると思うし」


 その言葉に、レヴィシアは素直にうなずいた。


「うん。行って来るね」


 同じ通りで挨拶するだけだ。ルテアはレヴィシアの横に付いた。二人きりということもない。数歩歩けば、すぐに知り合いに会って話し込む。その繰り返しだった。


 誰もがレヴィシアの無事を喜んでくれた。活躍を耳にすると言って、期待してくれる。

 仲間たちがいてくれてこそだけれど、ほんの少しでも父のようにみんなの希望になれているのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

 そして、ホルクの息子であるルテアがレヴィシアに協力していることも、皆には喜ばしいことだったようだ。


 赤ちゃんを抱いた若い母親が、レヴィシアの手を引いて自分の方に寄せる。知り合ったばかりの頃は、彼女は靴屋の息子に嫁いだばかりで初々しかったのだが、今では立派な母親だ。

 レヴィシアがその赤ん坊の無邪気な笑みに癒されていると、その耳もとで彼女はささやく。


「ねえねえ、ルテア君って、レヴィシアのいい人なの?」


 この時期にこの質問は駄目だ。レヴィシアは目に見えて動揺した。


「ち、違うよ! そんなんじゃないもん!」


 少し前だったら笑い飛ばしたのに。彼女はふぅんとつぶやく。


「歳の割には落ち着いた子よね。無鉄砲なレヴィシアには丁度いいかと思ったんだけど」


 前はああじゃなかった。落ち着いたというけれど、それがいいことなのか、レヴィシアにはわからなかった。昔みたいに無邪気な顔をしていた方がよかったと思ってしまう。それができなくなったのは、ルテアのせいではないけれど、思い詰めた顔よりも、もっと笑っていてほしい。


「えっと、じゃあ、もう行くね」


 逃げたと言っても過言ではない。逃げたかった。


「うん。気を付けて。あんまり無理しちゃ駄目よ。それから――」


 嫌な予感がして、レヴィシアはびくりとする。案の定だった。


「何か進展したら、ちゃんと報告しに来て。あ、プレナとザルツのことも気になるから、そっちも」

「はいはい」


 なんて平和な会話だろう。

 レヴィシアは気まずさを抱えたまま、少し離れた位置で待っていたルテアに声をかける。


「プレナのところに戻ろう?」

「ああ」


 ルテアは穏やかにうなずく。レヴィシアはその隣を歩いた。こうして並んでみると、また少し背が伸びたような気がする。

 そんなことを考えていると、ルテアはレヴィシアの方を見ずにつぶやいた。


「親父の話、色々聴かせてもらった。みんな、俺より詳しいんじゃないかと思うくらいだ」


 レヴィシアが話し込んでいた間、ルテアもまた商店の人々と喋っていたようだ。


「あ、うん。おじさんは人気者だったもん」

「そっか」


 ホルクは行商人で、家族と毎日を過ごすことはできなかった。ルテアにとって、そのことは、彼が死んだ今となっても多少のわだかまりとして残っていたのかも知れない。ルテアにとって、ホルクよりもラナンの方が父親のようだったと前に言っていたから。

 何か吹っ切れたような顔をするルテアを見ていると、ここに連れて来てよかったと思えた。

 ルテアはぽつりぽつりと語り出す。


「親父は、みんなを助けたかったんだろう。でも、死ぬつもりなんかなかった。まだ、死にたくなかったはずだ――」

「うん……」


 それ以上の言葉は何も言えなかった。なんとなく、うつむいてしまう。そんなレヴィシアに、ルテアは先を続けた。


「親父の心残りは、俺たち家族だったのかな? 俺は……俺がもし、このまま死ぬことになったら、心残りはやっぱりお前のことだけど」

「え?」


 顔を上げたレヴィシアは、急に強い力で腕を引かれた。視界が一気に薄暗くなる。

 一瞬、わけがわからなかった。ルテアが狭い建物の間に、自分と一緒に入り込んだのだと、ようやく理解する。そこは狭くて、ひんやりとしたレンガの壁が背中に当たった。


 ルテアの腕の力が徐々に抜けて行く。薄暗いのに、まっすぐに自分を見据える瞳だけは感じ取れた。

 この空気を破って、言葉を遮って、何事もなかったかのように済ませてしまおうかと思った。この先を聞いてしまったら、多分後戻りができなくなる。

 けれど、戸惑ったレヴィシアに、ルテアははっきりとした口調で言った。


「俺――お前のことが好きなんだ」


 ごまかしの利かない、明確な言葉。


 レヴィシアは今、自分がどんな顔をしているのかわからなかった。わかりたくなかった。

 困った顔をしてはいけないと思うのに、多分そんな表情になってしまっている。

 ルテアは、悲しげに見えた。その顔を見た途端、胸がズキリと痛む。


「お前が迷惑でも、俺はお前のことを守りたいからここにいる。応えてくれとは言わないから、それだけは否定しないでほしい」


 そんなルテアの気持ちに甘えてしまっていいのだろうか。ずるいとわかっていても、どうにもできなかった。

 ルテアが他の人を好きになるまで、こんな関係が続いて行く。早くその日が来て、ルテアが幸せになって、心から笑える日が来ればいい。そんな風に思ってしまうのは、気持ちを受け入れられない証拠だろう。

 レヴィシアはうつむいて目をそらし、小さくこぼした。


「ありがとう」

 と。


 本当は、ごめんと言った方が相応しかったかも知れない。なのに、その一言が言えなかった。

 やっぱり、自分はずるい。

 傷付けたとしても、断る。それが優しさだ。

 なのに、その覚悟もできなかった。


「戻るか……」

「うん」


 うなずく。


 今すぐ、ユイに会いたくなった。すぐそばで、何も考えずに寄り添っていたかった。

 自分の心を占める想いは、あの人だけに向かっている。それを感じていたかった。

 その身勝手さに、ただ嫌悪感が湧いたけれど、それでも今は――。


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