〈22〉妙案?
レヴィシアとプレナが部屋に残り、他のメンバーは廊下に出た。それでも、ユイトルはレヴィシアを気にして廊下の壁に寄りかかり、二人の会話が終わるのを待っていた。
まるで番犬だ。シーゼはそんなユイトルの前を通り過ぎる。
レヴィシアがそばにいない今なら、話すいい機会だ。けれど、そんな隙に付け入るのは卑怯なようで、とても声はかけられなかった。
屋敷の外へ向かう。宿泊させてもらっている部屋へ戻ってもよかったのだが、何か歩きたい気分だった。どこというあてもなく、広い屋敷の敷地を抜けて町へ出た。一番街の通りを歩く。そのまま二番街まで足を伸ばした。そちらの方が人が多く、そこに紛れたいと思った。
けれど、それでもざわつく心を隠すことはできなかった。
ユイトルがいなくなってから、毎日ただ無事だけを祈っていた。生きていると信じているつもりが、不安でなかったとは言えなかった。
生きてさえいるのなら、後はなんだっていいと思った。記憶を失くしていようと、心変わりして別の女性と一緒にいようと――。
その気持ちに嘘はなかったのに、いざ再会してみれば、欲を出してしまう。
以前とは別人のように無口になり、表情も乏しくなったけれど、本気で別人になったわけではない。こんなにも近くにいて、他人のように接することの苦しさは、無事を祈っていた時よりもはるかに――。
自分で選んで付いて来たのに、いちいち胸が痛む。それなら、いっそ離れてしまえばいいのに、それもできない。迷惑でしかないとわかっているのに。
ぽつりと涙が落ちた。
そんな自分が嫌だった。
がんばって独りで生きて来たつもりが、今はこんなにも情けない。
袖口で涙を拭うと、正面から声がかかった。
「そんなに隙だらけで歩いてたら、付け込まれるぞ。俺みたいなのに」
シーゼはその声の主をきつくにらみ付けた。けれど、ヤールはにやりと笑う。その余裕の表情がひどく不穏に思えた。シーゼは後ろに下がり、彼からなるべく距離を取る。
「わたしに関わらないで」
すると、ヤールは軽く口笛を鳴らした。そんな様子に、ますますシーゼは目くじらを立てる。
「あなた、一体何者なの?」
「何って?」
「この国の人間には見えないわ。なのに、一日で将軍からの推薦状を持って来たり、普通じゃないでしょ」
警戒しているのはシーゼの方だけで、ヤールは相変わらず人をくった態度だった。一歩前に踏み込み、シーゼに顔を近付ける。
「別に教えてもいいけど、見返りは?」
からかわれている。話すだけ時間の無駄だ。
「もういい! じゃあね!」
シーゼはそう言い捨てて来た道を駆け戻った。追って来る気配はない。
できれば、二度と会わずにいたいと願う。
※※※ ※※※ ※※※
そうして、ザルツの要請通り、ティーベットはフィベルを連れて戻った。ただ、フーディーは戻って来なかった。もっとゆっくりしてから帰るとのことだ。いつもながら、気ままな老人である。
ザルツは皆の前で、式典妨害の計画を話し始めた。
「来賓である王子の乗る馬車は、他とは設えの違う、最上級のものだ。だから、けがなどさせないため、あえてその馬車は狙わない。道中の混乱を招ければそれでいい」
「……勝算は?」
シェインが問うと、ザルツはユイを見遣った。
「ユイの腕があれば、警備もされていないような位置からの奇襲ができる」
飛距離、それから、的を絞る精度が求められる。それでも、ユイはいつも期待に応えてくれた。今回も、きっと――。
「矢を射るなら高所を確保しなくちゃいけないんだろ? それから、逃走ルートもだ。そうなると、まあ、わかり切ってはいたけど、危険だな」
サマルが難しい表情を作る。けれど、ユイはまっすぐな視線で答えた。
「それでも、必要ならやるだけだ」
そんな彼に、ザルツはうなずくと目を伏せた。
「もちろん、補佐は付ける」
「それなら、少数にしてほしい。逃げ切ることまでを思うと、多勢ではかえって邪魔になる」
そう答えたユイに指名されそうな予感がしたのか、フィベルは顔をしかめた。サマルはやれやれ、と肩をすくめる。
レヴィシアは、まるで表情を変えずにいるユイを見遣った。
ユイは、自分が危険な場所へ赴くことを当たり前のように割り切ってしまう。自分がそばにいない時でも、生きることを諦めずにいてくれるだろうか。ちゃんと帰って来てくれるだろうか。
そんな不安が騒ぎ出す。そして、そう感じたのはレヴィシアだけではなかった。
「でも、いざという時に少人数だと危険――」
思わず発言してしまったというようなシーゼの声に、レヴィシアの肩がびくりと跳ね上がる。それを感じ取ったのか、シーゼは途中で言葉を飲み込んだ。そんな心配をするのは、もう自分の役目ではなかったのだと思い知ったように。
ザルツは眼鏡を押し上げながら思案すると、言った。
「その辺りはユイに任せる。……ただ、一度の失敗も許されない。それだけは心しておいてくれ」
ユイはゆっくりとうなずいた。
そしてやはり、フィベルが指名されたのだった。
「了、解」
嫌々答えた。それから、サマルが口を開く。
「よし、俺たち非戦闘員も俺たちなりの戦いをしないとな」
その途端、エディアは身を乗り出すようにして言った。
「サマルさん、私にも手伝えますか?」
その勢いにサマルは少し驚いたようだが、もちろん、と答えた。
「頼む」
短く、ザルツは親友に声をかけた。サマルは大きくうなずく。
他の戦闘員たちは、ユイの矢の命中率を上げるため、行列の進行速度を落とすためのかく乱を担当する。
それぞれの打ち合わせの最中、クオルはずっと丸く縮こまっているゼゼフに言った。
「なんか考えとかないの? あったら言うだけ言えば?」
突然そう振られ、ゼゼフはびっくりして顔を上げると、ぶるぶるとかぶりを振った。
「え、いや、僕の考えなんて、ろくなものじゃないし。役になんか立たないから」
「そんなの、決めるのはゼゼフじゃないって」
苛立ちと勢いで、クオルは手をあげた。
「はい! ゼゼフが何か考えたって!」
ザルツの鉄面皮がゼゼフに向く。サマルは楽しそうににやりと笑った。
「なんだなんだ? どんな?」
「え? あ、その、あの……」
緊張で顔が真っ赤に染まり、どもってしまった。そんなゼゼフに、プレナが優しく言う。
「ゆっくりでいいんです」
「う、うん……」
涙目で声をひねり出すと、ザルツはうなずいた。それで、ようやく怒っているのでもなく、呆れているのでもないと思えた。
こぶしを握り、ゼゼフはたどたどしくも言葉を繰り出す。愚図だ馬鹿だと言われ続けた彼の言葉は、この時ちゃんと聞き手を得て広がって行く。
必死で語り終えたゼゼフに、サマルは言った。
「おもしろそうだな、それ」
「え?」
「うん。ボクもそう思う」
クオルはゼゼフの丸めた背中を何度か叩いた。しゃんとしろ、と。
アーリヒも腕組みを解いて笑う。
「それなら、けが人も少なくて済みそうだね」
ゼゼフはぽかんと口を開けていた。
「反対意見もないなら、試してみてもいいだろう」
そんなザルツの声に、ゼゼフは信じられない気持ちでいっぱいだった。自分の意見が通った。あまりのことに、体が震える。そんな彼の隣で、クオルがにやりと笑った。
「よかったな」
ゼゼフはようやく、はにかみながらも笑い返すことができた。




