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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈21〉戸惑い

 そして、その日の集会の後に、レヴィシア、ユイ、ルテアの三人は王都に戻って来た。予定よりも随分と早い。どうやら、かなりの強行軍で戻ったらしく、到着してすぐは疲れ果てた様子だった。

 ただ、サマルだけは遅れていて、彼が戻ったらまとめて詳しい報告を受けるつもりでいた。


 サマルが戻ったのは、その翌日の朝で、彼は三番街の住処ではなく、クランクバルド邸の方にやって来た。そして、皆はそこへ集結する。ただし、シェインだけは斡旋所に立ち寄ってから合流するから遅れて行くとのことだ。



 レヴィシア、ザルツ、サマルがそれぞれに報告する。ユミラは、レヴィシアの話を聞き終えると、穏やかに微笑んだ。


「ハルトが家族のところへ、か。そう聞いて安心したよ。ありがとう……」


 レヴィシアはかぶりを振る。出会えたのは偶然だ。しかも、ハルトに助けられたのはこちらの方で、礼を言われるようなことは何もしていない。

 そして、レヴィシアたちが逃げ出した後も更に情報を集めていたサマルの報告は、皆にとっては寝耳に水と言えるものだった。


「ネストリュート王子の弟君?」


 レヴィシアが思わず声に出すと、サマルはうなずいた。


「ああ。どうやら、そういう人物が迎賓館入りしたって、町の一部で噂になってた」


 信憑性のない噂なら、サマルはこの場で言わなかっただろう。目撃証言等があったということだ。


「表舞台にはほとんど上がらないから、情報はほぼない。名前すら、はっきりわからなかった。あの兄がいたら、目立てなくても仕方ないのかも知れないけど」


 そんな兄に、プレナが問う。


「兄さんも、ネストリュート王子に会うことはできなかったの?」

「うん。無理だな、あれは。ちらりとも出て来なかったし」


 ザルツには、弟王子の情報と共に報告された、迎賓館での出来事も不安要素だった。


「それでも、迎賓館内の人心は掌握してしまったと」

「そんなのがやって来て式典が行われたら、レイヤーナに反発する民衆も、大多数が懐柔されるか――そこまで行かなくても、不信感が和らぐ。そうしたら、俺たちレジスタンスの活動は、ますますただのテロ行為ってな」


 おどけて言ったサマルだったけれど、その表情は強張っていた。


 自分たちが正義だと言うつもりはない。

 ただ、もし、大多数がレイヤーナに属することを望むのだとしたら、自分たちはみんなの願いを阻むだけの存在になる。優れた王に統治してもらいたいとみんなが願うなら、自分たちは誰のために戦うのか。

 そうなったら、意味を失う。それでも戦い続けるべきなのだろうか。

 それは、自分の考えを人に押し付けるだけのエゴではないのか。


 迷って、悩んだとしても、絶対的に正しい答えなどない。

 だったら、信じることを選ぶしかない。

 自分たちは、優れた一人の王が治める国よりも、助け合って生きて行ける国がいい。

 それこそが、危うい平穏ではなく、長い安寧への道だと、声が嗄れても叫ぶから。


 レヴィシアは強くこぶしを握り締めた。


「会うことはできなかったけど、少しだけわかったよ。悪い人じゃないのかも知れない。でも、あたしたちにとっては危険な人。それだけは事実なんだね」


 ザルツは一度ゆっくり目を閉じ、それからつぶやいた。


「式典の妨害――町中での行動を最小限にする。そうなると、エトルナからこちらに向かって来る王子一行に仕掛けるしかない」

「でも、やりすぎは危険ですよね……」


 エディアが心配そうに言う。王子に万が一のことがあれば、戦争になりかねない。


「そうだ。けがはさせない。ただ、歓迎はしないという意向を示すだけだ」


 そんなザルツの言葉を、サマルが引き継ぐ。


「歓迎式典そのものの中止はないだろうけど、それでも、簡略化するようにできるかも。精々、ケチ付けてやろうな」


 一同はそれぞれにうなずいた。その中で、ユイがおもむろに口を開く。


「エトルナから王都への道で仕掛けられる場所はそう多くない。向こうも警戒はするだろう。どう出る?」


 すると、サマルはそういえば、ともらす。


「ネストリュート王子って、自身もかなりの剣術の使い手なんだって。そのせいか、護衛は側近の最低限しかそばに寄せないらしくて。でも、それだと示しが付かないから、いつもその他の護衛は遠巻きにしてるって」

「そのお付の側近って、ものすごく強いのよね? 大勢を相手にするのも嫌だけど……」


 ふぅ、とプレナが嘆息する。そんな時、部屋の扉が叩かれた。


「オレだ、シェインだ。遅れて悪い!」


 斡旋所に寄って来ると聞いていたが、レヴィシアは存在を忘れていた。クオルが椅子から飛び下り、扉の施錠を解く。


「……どうだった?」


 シーゼが不安げに尋ねると、シェインは苦笑した。


「うん、キャンセルしたよ。あいつ、今日はいなかったな」


 皆がほっとした様子だった。詳しい事情を知らないレヴィシアたちはようやくそのヤールという人物についての話を聞いた。ユイは表面上では反応を見せなかったが、レヴィシアは将軍の名前に動揺した。


「そんなやつが街にいるなら、外を歩く時も警戒しないとな」


 と、ルテアが言う。確かにその通りだ。

 気をしっかり持たなければ、とレヴィシアはまぶたを閉じた。そして、ザルツの声に再び眼を開く。


「後はティーベットがフィベルを確保して来てくれると期待して待つ。それまでは各自、気持ちを落ち着けて待機していてくれ」


 本日はここで解散だった。

 皆が席を立ち始めた時、レヴィシアはプレナのそばに駆け寄り、その腕を抱え込んだ。プレナは不思議そうに首をかしげる。


「どうしたの?」


 けれど、話したいことがあるのだと、プレナはすぐに察してくれた。そっと微笑み、プレナはユミラに向けて言った。


「ユミラ様、私たち、少しだけここに残らせてもらってもよろしいでしょうか?」


 聡いユミラはすぐに理解し、うなずいた。ユイは部屋の入り口で一度立ち止まり、振り返っていたが、そのまま部屋を出た。



 室内は二人の他に誰もいなくなると、広すぎた。テーブルも大きすぎて落ち着かない。プレナとレヴィシアは、一点の曇りもなく磨き上げられた窓際に立った。

 プレナはレヴィシアに優しく問う。


「ユイのこと? それから、シーゼの……」


 そのプレナの言葉に、レヴィシアは自分でも驚いてしまった。少し前まではそのことで頭がいっぱいだったのに、今、プレナに相談しようとしていることはそれではなかった。二人のことは頭から抜け落ちていたと言ってもいい。


「それもだけど――」


 歯切れが悪くなった。それを、プレナは急かさずに待ってくれる。

 レヴィシアはうつむいて、ぽつりと言った。


「ルテアのこと」


 今度は、プレナが驚いたようだった。


「ルテアが、どうかしたの?」

「どうかしたって言うんじゃないけど、あたし、ルテアが近くにいて一緒に戦ってくれることを当たり前みたいに思ってたから……」


 どう言っていいのか、自分でも段々わからなくなっていた。それでも、プレナは辛抱強く口を挟まずにいる。


「でも、当たり前なわけないよね。ちょっと、わかんなくなっちゃった」


 レヴィシアはそこでようやく、プレナの顔を見上げた。すがるように、彼女の瞳を見る。


「ね、プレナから見て、ルテアってどう見える? なんで一緒に戦ってくれるのか……あたしのこと助けてくれるのか、プレナにはわかる?」


 戸惑う気持ちを、否定してほしかったのかも知れない。気のせいだと安心させてほしかった。

 そんな勝手な願いを、プレナは叱らなかった。いつもの穏やかな笑みで、そっと頭を撫でてくれる。


「そうね。私は客観的に見られるから、多分正解を知ってると思うわ。でも、私が言うことじゃないでしょ? それじゃあ、ルテアに悪いから。どうしても知りたくなったら、それは彼に訊かなくちゃ」


 当たり前だ。プレナの言うことは正しかった。

 しょんぼりとレヴィシアは肩を落とす。


 優しく諭してくれたプレナを、レヴィシアは見上げた。彼女はいつもきれいだったけれど、このところは前よりもずっときれいになった気がした。


 ザルツもプレナも何も言わず、以前と変わらないように接しているけれど、二人の関係は、なんとなく以前とは違うような気がした。融通の利かないザルツのことだから、気の利いたことも言わず、どうせ改革が終わるまで待ってくれたら――というようなことしか言わなかったのだと思う。

 プレナが話してくれる気になるまでは、とレヴィシアは尋ねずにいた。

 もどかしいけれど、それでも、プレナは幸せなのだろう。


 いいな、と思った。好きな人が自分を好きでいてくれる。

 こんなに幸せなことはない。

 

 野宿するにも宿に荷物置いて来ましたので、三人は結構無理して歩きました。途中、小さな村に立ち寄るまで、飲まず食わずだったという。宿に置いて来た荷物は、サマルが一人で持ち帰れない分は質に入れて処分しました。

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