〈19〉推薦状
シーゼは、正直にいって高をくくっていた。いくら腕が立つとはいえ、身元も怪しいような男が一夜にして推薦状を持って来るなんて無理だと。
けれど、翌日の斡旋所にヤールの姿があり、得意げな笑みをシーゼに向けていた。それを無視してカウンターまでまっすぐに進む。マスターは納得し切れないシーゼに言った。
「驚いたことに、推薦状は間違いなかったよ」
「嘘……」
呆然としているシーゼの隣で、シェインが登録証を見せた。
「ああ、シェイン=マクローバさん、ね。おや、キャルマール出身か。どうりで珍しい鮮やかな赤毛だと思ったよ」
「よろしく頼むよ」
と、シェインは人当たりのよい笑顔を見せた。けれど、マスターはシェインの登録証を見て、片眉を跳ね上げる。多分、妻帯者であるという記述を見付けたのだろう。シーゼが連れて来たものだから、恋人だと思われたらしい。しきりに不思議がっているが、シーゼは面倒なので説明しなかった。
「ねえ、マスター」
「ん?」
「あのヤールって人、誰の推薦? よりによって、この次期によ? ごり押しができるなんて、よっぽどでしょ?」
シーゼのもっともな疑問に、マスターは何故か言いよどんだ。
「いや、それがだな、お前が知るとややこしくなると言うかな……」
「なんだそれ?」
シェインが横で苦笑すると、マスターは観念した。
「ここで言わないと、シーゼは本人を問い詰めるだけだしな。仕方がない、教えてやるよ」
長い前置きに、思わずシーゼは身を乗り出す。
「推薦者はフォード将軍……ユイトルの親父さんだ」
「!」
シーゼは明らかに動揺していた。シェインも、表情を強張らせる。
「なんでっ? なんでユイトルの――」
勢いよく振り返り、彼を見たシーゼを、隣からシェインが押し留める。
「落ち着け、シーゼ。あいつ、多分オレたち二人がかりでも無理だぞ。あんまり関わるな」
シェインの言い分は正しい。下手に動けば、組織の面々に迷惑もかかる。
どの道、味方でないことだけは確かなのだから。
そう考えると、迷いが生じる。味方でないというのなら、トアだってそうだ。レジスタンスに属するということは、マスターの信用も裏切ってしまう。
勢いで下した決断は、本当に正しかったのか。今後も後悔せずにいられるのか。
不安が止め処なくあふれ出す。
けれど、関わるなと言ったユイトルの言葉を無視し、組織に加入したのは自分だ。
たったひとつの想いのために、今は他のことは考えないでいたかった――。
※※※ ※※※ ※※※
今、ティーベットはここに自分を向かわせたザルツを恨んでいた。そこは、酔っ払いの巣窟だった。
「おぅ、その通りだ、辞めてしまえ――!」
と、フーディーが酒を高々に掲げ、そのグラスから酒が盛大にこぼれる。
「辞めてやる辞めてやる――って、もう辞めたんだけどなっ」
「俺が雇ってやるから、心配すんなって!」
「お! じゃあ、よろしくな! フィベル先輩!」
真っ赤に染まった、自分よりもはるかに年上の大男にそう呼ばれ、フィベルは顔をしかめた。ティーベットは深々とため息をつく。
このやり取り、何回目なのか、もうすでにわからない。
ティーベットも汚い工房のテーブルで安い酒を煽った。フーディーやスレディはもともと、酒が入っても入らなくてもこういう人間だが、問題はこっちだった。
顔を真っ赤に染め、管を巻いている大男。まさか、こんな形で再会することになるとは。
「おい、ニカルド」
スレディが名を呼びながら揺さぶる。けれど、ニカルドはテーブルに突っ伏して眠っていた。
「酔うと人が違う……」
ティーベットは思わずぼやいた。
トマス=ニカルド。
このアスフォテの町で駐屯兵を束ねていた軍人である。辞めてしまったらしいが。
レヴィシアが彼らに捕まった時、話を聞く限りでは敵ながらできた人間だと思ったのだが、今はただの酔っ払いだった。
ただ、彼が辞めた原因は、間違いなく自分たちなので、あまり強くも言えない。
スレディは煙草に火を付け、ふぅと煙を吐き出した。
「こいつはもともと武器の愛好家でな。戦うより眺めてたいってタイプなんだ。それが、レヴィシアの騒ぎの責任うんぬんだろ。いい機会だから辞めちまえって言ったら、ほんとに辞めちまった」
げへへ、とスレディは罪の意識もなく笑っている。なんて無責任な、とティーベットはあきれたが、敵対する相手がこうして減ったのなら、その無責任さも役に立ったのだろうか。
「で、こいつの相手してたら、仕事がはかどらなくてなぁ」
「それでも、戦力がほしい。フィベルは連れてくぞ」
すると、フィベルが無言で恨みがましい目を向けて来る。ティーベットはなるべくそちらを見ないように努めた。フーディーは酔っ払っているのか、眠っているニカルドに落書きするという悪戯をしていた。
スレディはクク、とくわえ煙草をしながら言う。
「ま、手ぶらじゃ戻れねぇだろうし、連れてけよ」
師匠のお許しが出た。それはありがたいのだが、視線が痛い。
「やだ」
「やだじゃねぇよ。師匠の仕事を手伝うのが弟子だろうが」
「仕事じゃない」
「細けぇな。どっちでもいいだろ」
「よくない」
「得意先に死なれたら、仕事が減る。きっちり守って来い」
フィベルはムッとしていたけれど、横暴な師匠はケケケと笑った。
「その代わり、しっかり役目を果たして戻ったら、それなりの褒美はやる。新作も手を付けないで待っててやる。悪い条件じゃねぇだろうが」
ぴく、とフィベルの耳が動いた気がした。
「褒美?」
「お前のやりたがってた作業、ひとつだけやらせてやる」
その一言で、フィベルの細い目が輝いた。無口で無愛想なくせに、こういう時はわかりやすい。俄然、やる気が出たようだ。
「じゃあ、行く」
ティーベットは小さく、ああ、そうか、とつぶやいた。スレディの弟子に対する扱いはあんまりなようでいて、案外フィベルには合っているのかも知れない。
久し振りなのに、ただの酔っ払い(笑)




