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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈17〉空元気

 王都に到着していたザルツたちは、レヴィシアたちと共に過ごしていた三番街の家ではなく、ユミラの邸宅に向かう。あちらの家は、プレナたちが使うことになっていた。さすがにこの人数が寝泊りするには手狭すぎるのである。


 王都にあるクランクバルド公爵家の館は、もちろん一等地にあった。一番街の、それもより城に近い敷地だ。

 ただ、そちらへ向かう途中、ザルツにとっては見たくないものもあった。

 一番街の入り口に、慎ましやかな、それでいて人目を引く屋敷がある。ユミラはそっとザルツを見た。


「確か、ここはフェンゼース家の……」


 ザルツは苦笑気味にうなずく。


「はい。けれど、手放して随分経ちます。今はどういった方が住んでいるのかも知りません」


 そこで、シーゼも思い出したかのようにつぶやいていた。


「ユイトルの屋敷も、確かこの――」


 ユイの父親、フォード将軍。


 思えば、ここから見上げれば、視線の先にある王城か、その邸宅のどちらかにいるのかも知れない。

 そうそう会えるような人物ではないが、会えないことが幸いとも言える。いつかはぶつかる時が来るのだろうが、今はまだ――。


「なんて――もう関係ないか」


 シーゼは少し悲しげに笑った。そして、一度振り返ると、彼女はその場で立ち止まる。


「ねえ、ちょっといい?」

「どうかされました?」


 エディアが小首をかしげる。


「うん。ちょっと寄り道してから行くね」

「どこへ?」


 と、ザルツが問う。


「二番街まで。わたし、傭兵だから、同業者が集まる斡旋所に行ってみようかなって。だって、これから式典の準備が始まるのなら、警備の兵は民間からも募るんじゃないかな? そしたら、その警備に潜入するって手も有効なんじゃない?」


 シーゼの提案に、ザルツはうなずけた。反対する理由もない。


「確かにそうだな。でも、一人では危険だ。傭兵登録している人間はシェインくらいだから、潜入する時には彼と一緒に行ってくれ」

「了解。まあ、今日は様子を見てくるだけだから。じゃあ、行って来るね」

「無理はしないように」


 そう釘を刺すと、シーゼはひらひらと手を振って、魅力的な笑顔を振り撒いた。


「大丈夫。わたしは今までこうやって生きて来たんだから、無理をしないなんて当たり前よ」


 その黒髪がひるがえる背を眺めながら、ザルツは嘆息した。

 彼女の元気が、空元気に思えてならないのは、勘ぐり過ぎだろうか、と。



         ※※※   ※※※   ※※※



 三人と別れてから、シーゼは斡旋所にまっすぐに向かった。式典の警備の仕事があるとするなら、もたもたしていては定員割れになってしまう。

 食堂も兼ねているせいで、常に騒がしい王都の斡旋所。ここに来るのは二年振りくらいだろうか。


 足を向けなくなったのは、ここはユイトルと出会った場所であり、共に過ごした思い出が多いせいだ。

 ここにいると、隣にユイトルがいないことがつらくて、足が震えてしまった。だから、なるべく避けて来た。

 ベルの付いた扉を勢いよく開く。その途端、カウンターに座っていた青年と目が合った。それから、ひげ面のマスターにも目を向ける。


「ご無沙汰。元気だった?」


 笑ってみせると、カウンターにいた青年は椅子から飛び下りた。シーゼよりも年上なのだが、やや小柄なせいか、そんな仕草が子供っぽい。


「シーゼ! 驚いたな。どういう風の吹き回しだ?」


 青年はトアといい、ユイトルと共通の友人で傭兵仲間である。シーゼはカウンターまで進むと、彼が座っていた席の隣へ腰かけた。


「だって、王都ではもうすぐレイヤーナ大使の歓迎式典があるんでしょ? 警備の仕事があるんじゃないかと思って来たの」


 マスターはにやりと笑う。


「さすがにいい嗅覚だな。警備の定員はあと三人。お前がやるなら、後二人か」

「わたしの連れもいるから、後一人。明日には連れて来るから」


 それを聞くと、マスターもトアも目を丸くした。


「連れ?」

「男か?」


 二人が何を言いたいのかわかるから、シーゼは答えたくなかった。それ以上言われてしまわないうちに先回りする。


「もう、ユイトルのことは言わないで。わかった?」


 二人が強張った顔でうなずくと、シーゼは短く、よし、と言う。


「じゃあね。明日また来るから。よろしく」


 席を立とうとしたシーゼの背後から、今度は長身の男性が割って入った。ユイトルよりもまだ高いくらいだ。

 彼は椅子に座るのではなく、カウンターにもたれかかるような姿勢になった。


「今の話、俺も噛んでいいか? 空きは後一人なんだろ?」


 短く刈った黒髪の、長い手足の男性だ。三十歳くらいだろうか。むき出しの腕には筋肉がしっかりと付き、それを誇示しているように思えた。

 傭兵連中の中では見ない顔だ。けれど、多分、強い。それだけは誰にでもわかった。

 彼は、腰に二本の剣を佩いている。一方は赤、もう一方は紫の房が付いた細身のもの。布を巻き付けてある柄の形からして珍しい。

 マスターは興味津々な口調だった。


「あんた、強そうだな。強いのを斡旋できたら、うちの評価も上がるし、ぜひ参加してほしいもんだが、傭兵登録は済んでるのか?」


 それを言われた途端、男は精悍な顔に見合わない、きょとんとした表情になった。


「えっと……傭兵登録ってのは、すぐにできるのか?」

「いや、適性検査とか受けるのにしばらくかかるな。推薦状とかがあれば話は別だが」


 男が未登録と知り、マスターは残念そうだった。


「うーん、今回は仕方がない。次の機会に登録を済ませて来てくれ」


 すると、男は何故か不適に笑った。


「いや、明日にはなんとかして来るから、最後のひと枠は空けておいてくれ」

「明日? どうするつもりだ?」

「ま、その推薦状を書いてくれそうな心当たりがあるってことだ」


 シーゼはそんなやり取りをなんとなく見ていたが、とりあえずザルツたちのところに戻ろうと思った。


「じゃあ、わたしはこれで」


 長い髪を揺らし、シーゼは店を出る。すると男も、また明日、と言ってそれに続いた。

 シーゼは彼に構わずに歩く。けれど、彼はシーゼの前に回り込んだ。


「何?」


 見上げると、彼はにやりと笑った。


「せっかくの美人だし、名前でも聞いておこうかと思って」

「先に名乗って。じゃないと教えない」


 傭兵稼業はまだまだ男社会だ。女性を認めないだけでなく、下卑た視線を向けられることも少なくなかった。ユイトルの存在に守られていた時期もあったが、今は違う。それらをすり抜けることには慣れていた。

 男は、ああ、と納得した。


「そうだな。俺はヤールだ」

「わたしはシーゼ」

「じゃあ、シーゼ。明日、もう一度会えるかな?」


 軽い口調に対し、シーゼはにらみを利かせる。


「あなた、本当に推薦状のあてなんてあるの?」


 すると、ヤールはにやりと笑った。そして、自然な仕草でシーゼの肩を抱く。


「それが知りたきゃ、今から一緒に――」


 頭にきたので、シーゼは叫んでやった。


「この人、痴漢です! 誰か助けて下さい!」

「うわ……」


 周囲の人々の軽蔑の眼差しに弁解を試みるヤールを振り返りもせず、シーゼは駆け出した。 

 よくあることである。


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