〈15〉弟
町の一角で、唐突に混乱が生じていた。誰のせいかは、予測がつく。
サマルは自分の脇をすり抜けて行く人たちの中、自分がすべきことを考えた。
「レジスタンスが出たって!」
「突き出したら、褒美が出るぞ!」
そんな声が、平穏だった町の中に響き渡った。
この騒ぎのもとは、十中八九レヴィシアたちだ。騒動を起こすことに関して、レヴィシアにはかなりの前科がある。疑いようもなく、そう思った。
ただ、走る男たちの、褒美に目が眩んだ顔がたまらなく嫌だった。国の行く末より、目先の金銭が大事かと、腹立たしくなる。けれど、サマルは駆け出す男たちを追いかけて殴り付けるようなことはしなかった。
サマルは別の道に走り、先回りをする。そして、レジスタンスを捕まえようと走って来たかのように振舞い、その周囲で騒いだ。
「さっき、捕まったよ! 俺が捕まえてやろうと思ったのに、出遅れた!」
笑いながらそんなことを吹聴する。
勇んでいた男たちは、がっかりしたように力を抜いた。
「なんだ、そうなのか」
捕まったんだってさ、とぼやきながら、人々は散って行く。騒動はまだ向こうの通りでは収まっていないけれど、少なくともこちら側から向かう人数は減ったはずだ。レヴィシアたちが上手く逃げおおせるように、事態を収束させる噂を撒かなければならない。
ユイが付いているのだから、そうすれば大丈夫だと信じる。今更、ここへ来たことを後悔してもしかたがないのなら、せめてうまくやり過ごすだけだ。
サマルは再び駆け出した。
※※※ ※※※ ※※※
そんなサマルの撒いた誤報が一人歩きし、町中に蔓延した頃。
「――だから、私が最初に見付けたんだ! そう言ってるじゃないか!」
グレホスの剣幕に、迎賓館の門番は困り果てていた。
「いや、なんの話だかわかりませんが。そもそも、レジスタンスなんて捕らえられていませんし」
「嘘だ! いたんだ! 捕まって突き出されたと聞いて来たんだ!」
門番の一人につかみかかったグレホスを、もう一人が力ずくで引き離して抑える。けれど、彼も軍人であり、腕力だけはあるので、てこずっていた。
「放せ! 私は子爵家の人間だぞ! 国に帰ったら、貴様らなど――!」
そんな様子を、ハルトとその連れである彼女――リンランは遠巻きに見ていた。
「あれ、収まるまで待ってるつもり?」
リンランが指をさす。
「なるべく目立たずに、中に入りたいんだけどなぁ」
うんざりとため息をついたハルトは、何故か急に振り返ったグレホスににらまれてしまった。門番を蹴散らし、グレホスはハルトに詰め寄って来る。
「貴様、路地裏にいたやつだな! そうか、貴様が私を出し抜いたんだな! 私の手柄を、貴様が!!」
「え? いや、ちょっと誤解が……」
仰け反りながら弁明するハルトの声も、血走った眼の彼の耳には届かなかった。グレホスはそのままの勢いでハルト胸倉をつかもうと手を伸ばす。けれど、その太い腕は、女性のしなやかな腕に払われた。
一瞬の出来事だ。グレホスは何が起こったのかわからず、勢いを持て余して転ばないように踏ん張るだけで精一杯だった。
リンランはハルトとグレホスの間に体を滑り込ませ、グレホスを軽く突き飛ばした。冷ややかな目をグレホスに向け、言い放つ。
「この方は、あんたが触れていいような存在じゃないの。身の程を知りなさい」
貴族であるグレホスは、見下されることに慣れていない。赤黒い憤怒の形相で、自らに恥をかかせた彼女をねめ付ける。当のハルトはなんとなく疲れてしまった。面倒なことになって来たな、と。
そんな彼に気付かず、リンランは自分のことのように自慢げに胸を反らせ、高らかに声を張る。
「いい? この方はね――」
しかし、その先はあっさりと遮られた。
「ハルト様! ハルトビュート様!!」
頬をうっすらと薔薇色に染め、息を弾ませて駆けて来たティエンは、上下する胸を押さえ、ハルトの前に立つ。潤んだ瞳は、ハルトだけを見つめていた。
「お帰りなさいませ」
「ああ、だだいま。ティエン、元気そうだな。兄上はどちらに?」
先ほどまでの悶着が嘘のように、ほのぼのとした空気が流れる。
「お部屋におられます。さあ、参りましょう」
「うん」
二人はさっさとその場を去り、取り残されたリンランとグレホスを横目に、門番たちはささやき合った。
「ハルトビュート様といえば、確かネストリュート様とご母堂を同じくする弟君じゃなかったか?」
「ああ、あまり公の場には出られないし、この国に来られているとは知らなかったな」
リンランは、待ちなさいよっ、とプリプリ怒りながら二人の後を追った。グレホスは、一人その場でがっくりとひざを折る。
三章の終わりで、公爵はハルトに「あなた」と呼びかけてました。他の人たちは「お前」ですから(笑)




