〈13〉事件の後で
「ほんとに? ほんとだとしたら、すごい話だな……」
箝口令を敷いたというものの、人の口に戸は立てられない。聞き上手のサマルにかかり、迎賓館の調理場に勤める男はあっさりと、ことの顛末をもらしていた。
ただ、暗殺者の背景など、細かな情報までは下々の者にまで伝わっていない。その辺りは憶測になる。
「王子の暗殺を企てたなら、やっぱりレジスタンスの連中じゃないか? けど、失敗した上に、相手の評価を上げてるんだから、間抜けなもんだよな」
酩酊した男はくぐもった笑い方をしながら酒を煽った。サマルは言いようのない不安感を隠すようにして、続けてカップに口を付ける。味なんてわからなかった。
レジスタンスなら、彼を暗殺しようなどと思うだろうか。数多くある組織の中の、浅はかな連中がそれを実施したという可能性も否定できないけれど、まともな連中ならまずやらない。
そんなことをすれば、もっと事態は悪くなるのだから。
この国の連中にレイヤーナ王子が殺害されたとあっては、全面的に攻め入る口実にされてしまう。そうなったら、内戦どころの話ではない。両国間で戦争が起こる。
今、攻め入られずに済んでいるのは、諸島内で他の国々との関係が抑止力となっているからだ。無闇に均衡を崩しにかかるのならまだしも、正当な理由ができてしまえば、他国もレイヤーナに口を出しにくくなる。
他国の抑止も援助もなければ、今のこの国に勝てる見込みはない。蹂躙された挙句の支配が待つだけだ。
もしかすると、それが狙いなのかも知れない。
それを期待して、王子を利用しようとしている者がいたと考えるべきか。
この国のため、レジスタンスの仕業と見せかけて殺害されないように、王子にはがんばってもらわなくてはならないようだ。
※※※ ※※※ ※※※
その時、打ち合わせ通りにユイはレヴィシアとルテアを宿に残して酒場まで向かっていた。一人にすると不安だが、ルテアが付いているので、レヴィシアもおとなしく待っていてくれるはずだ。
夕闇に紛れて町を歩く。見知った顔はない。
そう思っていたユイは、不意に背後から呼び止められてしまった。
「おニイさん」
ごく最近聞いた声だった。誰とは思い出せなかったけれど、その姿を見てすぐにわかった。
名も知らないが、確かに出会っている。
「また会ったわね。すごい偶然!」
若い女性らしい、軽い無邪気な仕草。黒い髪を左上でひとつに束ねていて、悪戯好きな猫のような小悪魔的な印象を受ける。青い瞳がくるくるとよく動いていた。
「ああ、弟さんには会えたのか?」
リレスティの町で一度会った。確か、弟がクランクバルド邸で働いているので会いに行くと言って、道を尋ねて来た彼女だ。彼女は何度も瞬きをしながらうなずく。
「うん。でも、実はもうお屋敷勤めは辞めちゃったのよね。一緒に帰るって言うし、戻って来ちゃった」
ユイはその一言でハルトを思い起こしたけれど、眼前の女性はどう見てもハルトよりも歳若い。それに、微塵も似ていない。
もしかすると、前回の事件で解雇されてしまったのは、ハルトだけではないのかも知れない。
「そうか。エトルナが故郷なのか?」
「ううん。この国じゃないの」
「じゃあ、国に帰るのなら気を付けて」
ユイはそう言って話を切る。長話をすると、迎えを待つサマルが痺れを切らしてしまう。
彼女はにっこりと無邪気に微笑んだ。
「ありがと。すぐには帰らないけどね。もうちょっと、やることやってからじゃないと」
そうして、ユイは足早にそこを離れた。女性もそれ以上ユイに興味を示さず、どこかへと去った。
ユイがサマルを連れて宿に戻った後、四人は丸い机を囲んで対策を練る。
「ね、どこに行けば王子に会える確率が高いかな? やっぱり、直接迎賓館前に張り付いてちゃ駄目だよね」
そうつぶやいたレヴィシアに、サマルはうなずく。
「当たり前だろ。情報によると、時々歴史資料館に足を運んでるらしいし、狙い目はそこじゃないか?」
「歴史資料館かぁ。なるべく迎賓館の外に出て来てもらわないと、どうにもならないしね」
「こればっかりは、なんとも言えないな」
そう言って、サマルは大きく伸びをした。少し、疲れているように見える。
「とりあえず、俺は明日、迎賓館の周辺で聞き込みをしながら様子を探るから、お前らは目立たないようにこっそり、資料館周辺に潜んでろよ」
「目立たないように、か」
そう言って、ルテアはユイを見遣った。
すらりと背が高く、見目のよい彼は、町中では人目を引く。サマルもそう感じたのかも知れない。
「三人そろってると目立つか。ユイは少し距離を保って二人に付いてた方がいいのかも。いざって時に駆け付けられる程度のところにいれば大丈夫だろ」
「わかった」
そうして、四人は明日に備えて眠りについた。




