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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈10〉王都ルート

 ザルツたち王都へ向かう面々は、人数が多すぎるため、二手に分かれることとなった。

 ザルツとプレナは住んでいたことがあるので、王都の下町方面の地理に詳しい。二人は皆を案内するために別行動を取ることにした。


 ザルツの方に、ユミラ、シーゼ、エディア。

 プレナの方にマクローバ一家とゼゼフ。


 どちらにも割り振られなかったティーベットとフーディーはというと、ザルツに嫌な役を申し付けられていた。


「戦力が必要になります。どうしても、フィベルを確保して戻って下さい」


 工房まで帰るという二人を、もう少しだけと言って引き止めたのだが、聞き入れられなかった。創作意欲が湧いたスレディに従うフィベルは、すげなく嫌だと言って帰った。確かに、武器の製造も大事なのだが、即戦力もほしい。

 なんとかして連れ戻して下さい――そう、二人に頼んだのだった。



「それじゃあ、気を付けて。向こうで会おう」


 そう言って締めると、彼らはそれぞれに出立した。



         ※※※   ※※※   ※※※



 町を先に出たザルツたちは、道中辻馬車を使うつもりでいた。プレナたちにもそうするように言ってある。戦力の分散された今、早く目的地で合流したかった。


 だから、徒歩の時間は短かった。それでも、こうした街道を歩くことの少ないユミラには新鮮な旅だったのだろう。物珍しげに歩いている。

 ユミラは並んで歩くザルツに顔を向けた。


「道中、これまでの活動の話を聴かせて頂きたいのですが」

「ええ。旅は始まったばかりですから、道中いくらでもお話しますよ」


 その熱心な表情に、ザルツは微笑んだ。ユミラは真剣にうなずく。


「はい。僕は知りたいんです。もっと詳しく、たくさんのことを。それがきっと、今後のためになると思っています」



 ――公爵である祖母は、レジスタンス活動をその目で見て来いと言った。


 貴族制度を廃するとは言っても、それはまだ先のことである。自分が家督を継ぐ日の方が先に来るかも知れない。

 そして、貴族制度が消え去った後も、その名残は色濃く残る。

 差別も偏見も、人々の意識からすぐに消えるわけではない。その時、自分はどうするべきなのか。

 今までの当主以上に難しい立ち位置となることは、自分にも祖母にもわかっている。

 だからこそ、今までの通りでは駄目なのだ。もっとたくさんのことを知り、学ばなければ。


 そして――。


 発言力のない弱い者は、歴史の大きなうねりの中で何を成そうとも、後世に跡を刻むことはできない。改竄された歴史書の中、ひと欠片も存在を残さずに葬り去られる。

 このままなら、レヴィシアやザルツの行ったことは、他の誰かの名で記されるのだろう。

 祖母は、誰かが都合よく記し、整えられたことを事実とするのは、誰にでもできることだと言う。己で見聞きし、感じろ、と。真実を自らが記せる人間になれというのだ。


 歴史の闇。影の英雄。

 きれいなものも、目を覆うような惨状も、すべて焼き付けて後の世の問いに答えられる人間であれと。

 それが、公爵家でなくなった後でも、クランクバルド家当主となるお前に、自分が望むことだと。


 多くを知る。そうすれば、確たる自分になる。

 今はそう、信じている――。



         ※※※   ※※※   ※※※



 エディアは先を行くザルツとユミラの背を眺めていたが、それから視線を落としてシーゼの腰にある細身の剣を見た。鍔から柄にかけて美しい細工が施されている。長さはあるけれど、皆が扱うものよりも随分と細身だ。腕力で劣る女性が振るえるように作られたのだろうか。


「ねえ、シーゼさん」

「なぁに?」


 女性にしては長身なので、シーゼはエディアに視線を合わせるために軽く下を向いた。


「あの、そういう剣なら、私でも練習すれば扱えるかしら?」


 一瞬、シーゼは困ったような目をした。その表情で、簡単にできることではないのだと、返事を聞かずとも気付いてしまった。


「扱えないことはないけど、何年もかかるかな。わたしはようやく八年目だし」


 少し、気が遠くなった。エディアはがっくりと肩を落とした。


「そうですよね。そんなに甘くないですよね」


 それでも、シーゼが女性の剣士だと聞いて、ほんの少し光明が見えた気がしたのだ。努力すれば、女性でも戦えるようになるのだと。


 後方支援も立派な活動だとは思う。けれど、サマルのように機転が利くわけでもなければ、活動の幅は限られる。もっと、できることを増やしたい。何かないかと自問する日々だった。

 父の手前、もっともっとと欲を出してしまう。


 エディアの落胆が目に見えたのか、シーゼはそっと微笑んで付け足した。


「剣じゃなくても、他に戦い方ってあると思うよ。それに、護身術程度の体術でも、体得しておけば無駄にはならないと思うし。……わたしが教えられるくらいのものでよければ、少しかじってみる?」

「いいんですか?」

「うん。あ、でも、わたしは教え方があんまり上手じゃないって、前にユイトルに――」


 そう言ってから、シーゼは自然にその名が口からこぼれたことを恥じるように言葉を切った。そんな姿が、少し痛ましい。


「……急に変えられない気持ちって、あると思います。私もそう……。でも、私は忘れてみせるって決めましたから。シーゼさんは、忘れたいですか? それとも、忘れたくないですか?」


 一瞬、シーゼの瞳が揺らいだ。


「わたしは――」


 彼女の声は、風にかき消される。ただ、音はなくとも、艶やかな唇の動きを見て、エディアはそっと微笑んだ。

 


         ※※※   ※※※   ※※※



「――ああ、もう、置いてっていい?」


 ぼそりと、それでいて聞こえるようにクオルは言った。


「ご、ごめんよ」


 ゼゼフは慌てて皆の後に続くけれど、足がもつれて転がった。その道はたまたま、ゆるい傾斜があったので、丸いゼゼフはしばらく転がり落ちて皆に追い付いた。


「あの、大丈夫ですか?」


 思わずプレナは手を差し伸べたが、奥手なゼゼフはその手を取る勇気がなかった。


「大丈夫……です」


 のっそりと立ち上がる。その隣で、アーリヒは嘆息した。


「ちょっと落ち着きなよ。危ないだろ」

「そうそう。ついでに言うなら、もうちょっと痩せろ」


 シェインはゼゼフを助け起こすと、陽気にその丸い肩を何度か叩く。ゼゼフはしょんぼりとうな垂れた。クオルはそんな彼の顔を下から覗き込む。


「ほら、落ち込むのは勝手だけど、足は動かしなよ。ボクたちだけ遅れたらどうするのさ」


 言葉は厳しいけれど、少年の中には思いやりがあった。ゼゼフが、自分は駄目な人間だと言うと、すぐに叱りに来る。一緒になって否定してしまえば楽なのに、ゼゼフ自身が作り上げた泥沼から救い上げようとしてくれる。


 友人だと思っているのは自分だけかも知れないけれど。


 そう考えて、ふとゼゼフはシュティマの姿を思い浮かべた。小柄な体格に黒い瞳と黒い髪。優しい微笑。その姿を、どこにいても探してしまう。きょろきょろと辺りを見回しては、また遅れてしまう。


 どこにいるのか。何故いないのか。


 悲しみは深く胸にあるけれど、今だけはしっかりと前を向いて進まなければならない。

 シュティマも願ったこの活動を続けていれば、またいつか会える。そんな気がしていたのだから。


「うん、がんばるよ……」



 そんな二人のやり取りを眺めながら、プレナは複雑な心境だった。


 出かける前に、ザルツに告げられた話の内容のせいである。ゼゼフは本人の知らないうちにリッジの駒となっていたのだと。そうして、それが露見したために、捨てられたのだと。

 ただ、捨てられたことにも気付かず、今もゼゼフは彼を親友だと信じている。


 ひどいことをする。


 孤独の中、差し伸べられた手が、どんなに深く心の奥に入り込むのか、知らないはずがない。わかっていて利用した。真実を知れば、彼はどうなるのだろう。


 ザルツは、彼に知らせるつもりはないのだと言った。それどころか、レヴィシアにさえ話していない。

 騙されていただけで、彼が悪いわけではないからか。

 それでも、また大事な情報をもらす危険があるにもかかわらず、ザルツは黙っている。


 一度は、適当な理由を付けて排斥する考えは持ったらしいのだが、結局そうしなかった。それは、クオルがゼゼフを急に構い出し、共にいるようになったからだ。クオルが、ゼゼフにとってもうひとつの居場所となれば、盲目的にリッジに傾くこともなくなる。


 本人たちは何も知らない、内緒の勝手な願い事だ。

 だから、二人がじゃれあうさまを、プレナは嬉しく思いながら、願う気持ちを強く感じていた。


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