〈8〉心配いらない
翌朝、準備を整えたレヴィシアたちは、質はよいが簡素な服に身を包んだユミラを前に、誰もが唖然としていた。
「お一人……ですか?」
思わずザルツがつぶやく。ユミラは照れたように微笑んだ。
「はい」
「え? 護衛なし? ハルトは?」
レヴィシアはきょろきょろと辺りを見回したけれど、それらしい人影はなかった。ユミラは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ハルトは、おばあ様が暇を出してしまったんだ。僕も会えずじまいで……」
「ええ!」
けれど、サマルはふむ、と冷静にうなずく。
「まあ、本来なら止めるべき門番が、ユミラ様と一緒になって町をふら付いていたわけだし、クビになっても不思議じゃないか」
確かにそうなのだが、ユミラは目に見えてしょんぼりとしてしまった。
「そう、僕のせいなのに、謝ることもできなかった。行き先さえ、わからなくて……」
レヴィシアは力任せにサマルをどついた。ぎゃ、と悲鳴が上がったが、サマルが悪い。
「そ、そのうち、また会えるよ。きっと」
「うん。そうだといいんだけどね」
そこで、ザルツはさて、と切り出す。
「エトルナに向かうにしても、さすがに全員というわけにはいかない。俺は王都で下準備をするつもりだが」
すると、プレナは一歩前に出てザルツの隣に移動した。
「じゃあ、私も王都かな。しばらく住んでたから、知り合いもいるし、声をかけに行って来るね」
それに続けて、ユミラも言った。
「僕も王都に邸宅があるから、そちらの方が役に立てるかも知れない」
サマルはどつかれた肩をさすりながら、ちらりとレヴィシアを見て嘆息する。
「俺は……エトルナかな。レヴィシアたちだけじゃ不安だし」
その言葉に、レヴィシアは反論しなかった。確かに、不慣れな土地で要領のよいサマルがいてくれたら心強い。ユイとルテアは尋ねられることもなくエトルナに割り振られた。
「他に誰か連れて行くか? あまり大所帯になるのは得策じゃないが」
「十分だよ。王都だって警戒が強まってるはずだし、そっちも気を付けてね」
「ああ。じゃあ、落ち合う時は八日後。始まりの場所と言えばわかるな。もし、その段階で王都の警備が強化されていて潜入できそうになければ、無理に近付かないこと。その場合は、クォート川上流に待機していろ」
「了解」
このところ、集団で生活することが多かった。だから、四人という少人数での旅は、活動を始めた当初のように身の引き締まる思いがする。
ほんのりとあたたかい日差しの中、彼女たちは準備を整えると、先にリレスティの町を発った。
※※※ ※※※ ※※※
レヴィシアたちを見送ってから、ザルツたちも町を出る予定だった。シーゼに、エイルルーの仲間たちに出立を促す連絡に行ってもらった。準備はできているはずだ。
ただ、そのシーゼが何故かリレスティに戻って来た。それも、皆を連れて。
王都に向かうのなら、エイルルーを経由すればいい。マクローバ一家に、エディア、ティーベット、ゼゼフ、足の悪いロイズまで連れて、何故こちらに来たのかがわからなかった。すると、シーゼは苦笑する。
「向こうに行く前に、すぐそこで会っちゃったのよね」
「……どうかされましたか?」
ザルツがロイズに問うと、彼は穏やかに微笑んだ。
「エイルルーにいた皆にはすでに話したんだが、私はこの町に住むことにした」
「え?」
「私が立ち上げた組織のメンバーたちも、もう十分に馴染んだ。私が退いても、組織は一丸となれる。この町なら、クランクバルド公の恩恵により、軍も無闇に立ち入れない。心配はいらないよ」
もし、自分が彼の立場であったなら、同じ選択をした。ザルツはそう思うから、その決断を否定できなかった。すると、隣にいたユミラがロイズに向けて口を開く。
「この町に滞在されると仰るのなら、当家にいらして下さい。お一人では、皆さんが心配されますから」
「お気遣い、痛み入ります。ですが、そこまでご迷惑をおかけするわけには……」
「あなたは十分に戦い抜かれました。これは僕からの敬意としてお受け取り願えませんか?」
「ですが……」
渋っていたロイズに代わり、エディアは深々と頭を下げた。
「どうか、父をよろしくお願いいたします」
ユミラはにっこりと微笑む。
「はい」
そんなやり取りを後ろで聞いていたクオルは、ゼゼフにそっとつぶやいた。
「貴族のボンボンなんて仲間にしたくないって思ってたけど、ユミラ様っていい人なのかも?」
「そうだね。あんな方もいるんだね」
それから、ロイズを連れて皆でクランクバルド邸に向かった。シーゼもリュリュにきちんと別れを言えて嬉しそうだった。公爵は、ロイズを興味深そうに受け入れた。善意のみでないことは明らかだ。
去り際、ザルツはロイズを振り返る。
「ロイズさん、あなたの心配事のひとつを、可能な限り気にかけておきます」
それは、彼を慕い、それ故に許せず離れたリッジ=ノートンのことである。
彼の動きに、ロイズは誰よりも心を痛めているけれど、犠牲になった命もある。その手前、口には出せずにいた。
「ありがとう……」
ロイズはそう、頭を下げる。ザルツはそれから――と続けた。
「何も、戦うばかりが活動ではありません。公爵のそばには、民主国家へ向け、たくさんの問題があるはずです。ロイズさんなら、そのお手伝いができるのではないかと思います」
その言葉は、何よりの救いであり、薬となる。誰の目にも明らかなほど、ロイズの瞳に光が見えた。




