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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈6〉放っておけない

「いい加減にしろ!」


 子供特有の甲高い声で思わず怒鳴ったクオル=マクローバは、ぜぇぜぇと肩で息をした。

 現在七歳の赤毛の少年は、更に目をつり上げ、目の前の塊に指を突き付ける。


「一体いつまでそうしてるんだよ! だから! 早く支度しろって言ってるだろ!」


 ベッドの上で鬱々と丸くなってシーツを被っている塊は、ゼゼフ=アーネットという青年だった。小太りで存在感は極めて薄く、性格も内向的だ。レジスタンスに参加したはいいが、特に目立った働きはまだできていない。


 ゼゼフは十歳以上も年下のクオルに叱られ、情けない顔をシーツの隙間から覗かせた。


「だって、ここを離れるって……そうしたら、シュティマと連絡が取れなくなっちゃうんだ」


 そう言って、ゼゼフはうぅ、と泣き濡れるのだった。クオルは女子には弱いが、白膨れた男には厳しかった。スッと目を細める。


「あ、そ。だったら、もうここにいれば? じゃあね」


 ゼゼフには、親友のシュティマという青年がいたらしい。それが、急に勤め先を無断で休み、突如いなくなってしまったのだった。なんの知らせもなく消えてしまった親友が心配だったり、水臭くて悲しかったりで、ゼゼフはこの調子なのだ。


 とにかく陰気。


 わかってはいるけれど、時々腹が立つ。案外、親友というのも怪しい。ゼゼフの思い込みで、相手はなんとも思っていなかったのではないか、とクオルは疑っていた。


「ごめ、ごめんよ。僕がもっとしっかりしていたら……。僕なんか、いない方がいいよね」


 すぐにこういうことを言う。

 きびすを返しかけたクオルは、たまりかねて振り返ると、その勢いのまま、ゼゼフからシーツを剥ぎ取った。


「あー!! 来るのか来ないのか、はっきりしろ!!」


 クオルは、父親シェインと母親アーリヒが共にレジスタンス活動をしており、自らも時々手伝っている。年齢よりも肝は据わっているし、はっきりものを言う。だから、こうしたタイプには苛々するのだった。


 その剣幕に、ゼゼフは小さくつぶらな瞳を更に丸くして、それから言葉をもらす。本当に、もれたと言った方が適当な、蚊の鳴くような声だった。


「行き、ます」

「だったら、さっさと荷造りしろ!」


 クオルはベッドに飛び乗り、ゼゼフを追い落とす。言葉にならない声を上げつつ、ゼゼフは慌てて転がるようにして、なんとか前に進んだ。クオルはベッドの上に仁王立ちしたまま、その荷造りを監督する。


「世話の焼けるやつだなぁ」


 そう言って嘆息したけれど、勝手に焼いているだけである。

 この少年は、苛々しながらも手を差し伸べる。ゼゼフはゼゼフで、人を苛付かせながらも、放っておけない何かを持っているのかも知れない。



         ※※※   ※※※   ※※※



 サマル=キートは、皆が出立の準備で慌しく動いていた時、一人まだベッドの中にいた。それは、朝が弱いわけでも、惰眠を貪る怠け者だからでもない。ただ、眠った時間が遅かったからだ。


 サマルは組織一忙しい人間だと言われている。一見すると、垂れ目ののん気そうな風貌なので、そうは見えないのだが。

 彼は組織で最も情報収集、操作を得意とする構成員である。レヴィシアやザルツの幼なじみで、プレナの兄でもある。それ故、ザルツの信頼が厚く、仕事を任されるのだが、その量が人一倍多かった。

 当の本人はその忙しさに慣れてしまったが、周囲の人間は時折、体を壊すのではないかと心配になる。特に、両親をすでに亡くしたプレナにとって、サマルはただ一人の家族なのだから。



 寝返りも打たず、泥のように眠っていた彼の額に、突如固いものが振り下ろされる。


「うぁ?」


 垂れた寝ぼけ眼をこじ開けると、どうやらそれはこぶしだった。ごつごつと硬い、男の手。

 疲れていたので、部屋に誰かが入って来たことすら気付かなかった。


「コラ、垂れ目」


 微かに酒臭い。サマルは嫌々起き上がった。眠い。


「スレディさん……」


 レイシェント=スレディ。

 七十を越えた、老齢の武器職人である。白髪をひとつにまとめているものの、年齢の割に筋肉もよく付き、若々しい。その瞳は、水面の波紋のように澄んでいて、いつも引きずり込まれるような気分になる。


「俺たちは一度帰るからな」


 武器職人として、依頼された品物を届けに、工房のあるアスフォテからリレスティの町までやって来たのだ。そして、新たな創作意欲の赴くまま、槍使いのルテアに会えるまでこの町に残っていたのである。


 念願の少年に会えたスレディは、どこかはしゃいでいるようで、説明もせずにルテアを小突き回していた。ルテアは突然現れたおかしな老人に戸惑い、抵抗を試みていたものの、スレディの力は強く、つかまれたが最後、逃れることもできずにいいように扱われていた。老人に力で負けてしまったことに、ルテアは少しショックを受けていたのだが、スレディはお構いなしである。


 そんなわけで、スレディの機嫌はどこかいいようだった。

 そして、その背後にいつも控えているのが、弟子のフィベル=ロットラックという青年だ。


 糸目のせいで、いつも何を考えているのか読めない。影の薄さはゼゼフといい勝負だった。ただ、ユイが言うには、かなり腕が立つらしい。

 本人は活動に積極的ではなく、むしろあまり関わりたくないようだ。なのに、師匠に引きずられるようにしてこき使われている。


「またすぐに呼ぶかも知れませんけど。なんなら、フィベルさんは置いて行きませんか?」


 試しにサマルが言うと、フィベルは短く、


「やだ」


 と言った。この青年、口数は少ないが、主張ははっきりとしている。スレディはクク、と余裕の笑みをもらした。


「色々試してぇもんがあんだよ。お前らにとっちゃ、それも戦力強化になるだろ。まあ、待ってな」

「はい。じゃあ、よろしくお願いします。道中、お気を付けて」


 そして、サマルは二度寝した。


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