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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈5〉不安だから

 走るというほどではなかったけれど、極力早足で宿から離れた。レヴィシアは必死だが、ユイはそんな彼女を眺め、悠然としている。レヴィシアは勢い余って人にぶつかりそうになり、何度か謝りつつ、目指す場所もないくせに先を急いだ。


 ユイはどこに行くとも尋ねない。引かれるままに歩いている。

 不意に不安になって、レヴィシアは振り返った。ユイはそんなレヴィシアの心境に気付いているのか、そっと微笑む。

 迷惑がっているかも知れない。けれど、それを表には出さない。気が済むように付き合ってくれている。

 その笑顔に、ズキリと胸が痛んだ。

 逆らわないと知っているから、わがままに振舞える。ずるいのはわかっている。けれど、不安が何にも勝っていた。

 レヴィシアはユイの隣に回り込み、すがるように腕にしがみ付く。泣き出したくなる気持ちを抑えるのに必死だった。


「どこにも行かないでね……」


 喧騒に消されてしまうような声だったけれど、ユイはそれを確かに拾った。そして、自由になる方の腕で、レヴィシアの頭をそっと撫でる。


「レヴィシアがそれを望む限り」


 ユイにとっては、自らが殺めた命との最後の約束だ。

 何を捨てても、守ってくれる。疑うわけではないけれど、それでも拭い去れない気持ちにさせるのは、シーゼの存在が眩しすぎるから――。



         ※※※   ※※※   ※※※



 エディア=メデューズは、父の言葉に耳を疑った。


「お父さん、今、なんて……」


 エディアの父、ロイズ=パスティークは、不自由な脚をさすりながら、穏やかな顔で言った。


「私はリレスティに残ると言ったんだよ」


 ロイズは以前、レジスタンス組織を立ち上げ、活動をしていたのだが、それがもとで投獄され、その時に受けた拷問のため、足の自由を失ってしまった。組織はそのままレヴィシアに預け、今では後方に控えている。ロイズという名も偽名なのだが、組織ではすでに本名よりも通りがよいので、未だにそれを名乗っていた。


「どうして急に……」


 すると、ロイズはかぶりを振った。


「急じゃないんだ。以前からずっと考えていた。リレスティは、領主クランクバルドとの繋がりができたお陰で、我々にとっては安全になった。ここなら、私を残して行っても、皆が不安になることはないだろう?」


 この先、激しい戦いが予想される中、足手まといにしかならない自分を、ロイズは理解していた。連れ回すことに対し、皆が申し訳なさそうにする様子も、当人にとっては周囲が思う以上につらかったのかも知れない。エディアも、それを薄々は感じていた。

 だから、いつか組織から離れることも覚悟はしていた。けれど、いざそうなってみると、答える声に覇気がなくなってしまう。


「わかりました。私も残ります。身の回りの世話をする人間が必要でしょう?」


 すると、ロイズは娘の目をまっすぐに見つめた。

 自らが家を空け、その後で病み付いた母親を一人で看取らせた娘に、彼は常にやましさを持って接していた。だから、これほどまでにまっすぐな父の眼差しに、エディアの方が戸惑ってしまう。


「その必要はない。それは、お前の望みではないはずだ」


 穏やかな声だった。けれど、エディアはひどく落ち着かなくなる。


「必要がない? 望み? ねえ、放っておけるはずがないでしょう?」


 それでも、彼の決意は固かった。


「お前なら、わかるはずだ。今、真にお前のことが必要なのは、私なのか、彼女たちなのか」


 その一言が、エディアを導く。



 あの日、初めて活動をの当たりにし、あの凄惨な光景に叫びを上げた。

 あんなことを許してはいけないと思った。

 けれど、今になって思う。

 あの時、彼らを否定した自分は、あのまま過ごしていたらどうだったのかと。

 きっと、安全な場所で、争いを厭い、消え行く命を嘆いていた。


 けれど、それは何もしないでいるということだ。

 否定はたやすい。

 ひどいと叫ぶことなんて、誰だってできる。


 あの時の叫びと、今の自分との矛盾をどう埋める。

 自分は何のために、何を目指すのか。

 もっと明確に、確かなものとして前に進みたい。

 みんなを支えたい。力になりたい。



 それを、ロイズは見透かしていた。

 そうして、ぽつりともらす。


「それから、私の願いを――」


 父の願いもまた、エディアには知り得た。しっかりとうなずくと、エディアは父の視線を受け止める。その決意を伝えるために。


「わかりました。では、私はレヴィシアさんたちと共に行きます。お父さんの無念……私が引き継ぎます」


 体が思うように動かず、消えかけた憂国の心。


 レジスタンスの仲間たちに、王にと望まれ、一人ですべてを背負ったつもりになっていたと語った。そうではないと、国の未来は皆で背負うのだと、レヴィシアが再び照らし、火を灯してくれた。

 それでも、再び希望を抱いたからこそ、荷物にしかなれない自分が歯がゆく、きっと人知れず涙したことだろう。どんなに嘆いても、再び戦える体には戻れない。


 いつもその体を支え続けたエディアだからこそ、その震えを我がことのように知っている。



「ありがとう」


 力強い眼差しの娘に、あふれる気持ちの中から、それ以上の言葉を探せなかった。そんな彼に、エディアは笑った。


「でも、必ず元気で戻るから。心配しないでね」


 この芯の強さは、母親譲りだ。いつだって笑って送り出してくれた妻のように、笑っている。

 ロイズは微笑み返しながら、頬が濡れた理由を考えた。


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