〈3〉いってらっしゃい
そうして、公爵は、彼らの熱弁のために冷めた紅茶を再びすすった。
「それで、今後、まずはどう動く?」
「はい。……次は、守りに入らず、攻めに転じるつもりでおります」
公爵は、ザルツの発言を無言で促す。
「今度、王都ではレイヤーナ大使を歓迎する式典が開かれるとのことですね。表向きは歓迎しているという姿勢を示さないわけにもいかないのでしょうが……。とりあえず、まずは偵察に赴き、それから可能であれば妨害するつもりです」
「今のお前たちにそれが可能か? 警備の数は相当なものだろうに。勝算のほどは?」
ザルツはゆっくりとうなずく。
「壊滅的な被害を与えようというのではありません。欲をかかずに、抵抗する意志を示せれば十分です。それくらいであれば、と申し上げます」
緊張の面持ちで言い切ったザルツに、公爵は眉ひとつ動かさずに言った。
「まあよい。王都なら当家の屋敷もある。必要であればその都度、言い付けるように。それで、出立はいつに?」
「えっと、明日です」
レヴィシアが答えると、公爵は隣のユミラをちらりと見遣った。ユミラはその視線にうなずくと、口を開く。
「では、明日から僕も同行するよ」
「は?」
思わずレヴィシアは声をもらしてしまった。そんな彼女に、ユミラは上品に微笑む。
「少し世間を見て来るべきだと思ってね」
簡単に言うけれど、ユミラが兵士と戦ったり、みんなと雑魚寝したりする姿が想像できない。好奇心からだろうが、無謀だった。
「あの、ユミラ様、すごく危険なので」
「我々も、お守りできるとは限りませんし」
ユミラに何かあったら、すべては水の泡だ。公爵の恨みを買ってしまう。二人は、公爵の顔色を伺いつつ、やんわりと断った。
すると、公爵は威厳を誇示するかのように言った。
「私が勧めた」
レヴィシアとザルツは思わず顔を見合わせる。
「危険は承知の上だ。けれど、いずれ貴族制が廃される可能性を含むのなら、余計に強くあらねばならない。世間を知り、真実を知る。その必要があるからこそ、同行させるのだ。もしその身に何が起ころうとも、そこで天命が尽きるのなら、それだけの器だということ」
実の孫に言う言葉だろうかと、レヴィシアはユミラを心配したが、彼はやはり平然としていた。慣れているのだろう。それもどうかと思うが。
ユミラの同行はもう決定したようなもので、逆らえたものではない。けれど、気がかりなこともある。
「でも、リュリュが寂しがりますね」
リュリュというのは、ユミラの父親の再婚相手の連れ子である。まだ四歳の女の子なのだが、この家で気を許せる人間はユミラだけだろう。
ユミラも彼女が心配なのは間違いない。少し困ったように言った。
「実は、まだ話していないんだ。そばにいてやりたいけれど、連れてはいけないし……」
すると、公爵はそんな孫に軽く微笑んだ。それは珍しいことのように思われる。
「もう、私から話してある」
「え……」
「あの子は聡い。お前が思う以上に。……連れて来なさい」
公爵は執事に合図をした。執事は一礼すると退室し、それからほどなくしてリュリュを連れて戻って来た。
赤い頬に短い手足。見る者を癒すような女の子だ。髪を二つに分けてくくり、シンプルだけれど質のいいワンピースを着せられていた。
リュリュはぺこりと頭を下げる。
「リュリュ、僕のことをおばあ様から聴いたのか?」
恐る恐る、ユミラは尋ねる。レヴィシアも、彼女は泣き出してしまうのではないかと思った。
ところが、リュリュはしっかりとうなずいて、力強い口調で言った。
「おききしました。リュリュはここでごぶじをおいのりしています」
「リュリュ……」
涙をこらえているのではない。無理をして搾り出した声ではなかった。
何故だか、強い決意がそこにある。ただ、その理由がわからない。
「この子にも成すべきことがある。自らの意思で選び取った結果だ」
公爵は満足そうに言った。
「おばあ様、それは一体――」
「望むものを与えられたければ努力せよと、当たり前のことを言ったまで」
四歳の幼子に対しても、子供ではなく一人の人として接する。それがこの公爵の在り方なのだろう。
リュリュは少し前までの不安げな面持ちではなく、むしろ堂々と笑った。
「はい。リュリュはこれからたくさんがんばります」
一体、何を選んだのだろうか。いつか訊いてみたい。
「……そうか。リュリュは偉いな。僕も見習わないと。でも、無理はしないように」
「はい!」
そうして、会見は締めくくられたのだった。
リュリュには野望ができました(笑)
少しずつ、お行儀見習いしてますので、言葉遣いが変わりつつあります。




