表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

122/311

〈41〉いつかまた

 隣室の様子が気になって仕方がなかったレヴィシアに、ザルツは座るように促す。


「うん? 何?」


 気もそぞろなレヴィシアに、ザルツは厳しい口調で言った。


「いいから座れ。大事な話がある」


 仕方なく、レヴィシアは腰を下ろした。すると、ザルツは眼鏡を光らせ、重々しい口調で切り出した。


「ユーリとリトラは、すでにここを離れた。次に会えるのはいつだかわからない」

「え?」


 近く、別れが来るのはわかっていた。けれど、最後に挨拶もなく去るだろうか。ザルツの勘違いだと思いたかった。


「どうして? ちゃんとお別れもしないで行っちゃうなんてこと、ある? リトラはするかも知れないけど、ユーリは……」


 すると、ザルツは手を組み、それからゆっくりとした口調で言った。まるで、自らの罪を懺悔するかのように。


「ルースケイヴ卿が殺害された。犯人はリッジで、そうなるように仕向けたのはユーリだ」

「!」


 あの、ルースケイヴの人を見下すような視線を思い出す。好感など微塵も持っていなかったけれど、関わりを持った人が死んだと聞かされて、嬉しいはずがない。しかも、リッジが犯人だと。


「どうして……」

「そうすることで俺たちが動きやすくなるからだ。リッジを抑制し、クランクバルドに対する横槍を防げる。死者に対して申し訳ないが、このことは俺たちにとって利が大きい」


 そう言われても、にわかには信じがたかった。

 ユーリは微笑みながら、そんなことを考え、決断したという。あの笑顔と、冷徹さ。どちらが本当の彼女なのだろう。

 ほんの少し、薄ら寒いものを感じてしまった。


「別れを告げずに行った理由はそれ?」


 そんなレヴィシアの心情を読み取ったかのように、ザルツは言った。


「彼女は強いけれど、策士にしては心が優しすぎる。あれではいつか、心が付いて行けくなる」


 そうして、ただ――と言葉を切った。


「彼女がどんなに弱音を吐かずに心を隠そうとしても、見守り続ける存在がいる限り、それが救いになると思いたいが――」


 そうだといいな、とレヴィシアは思った。


「……また、会えるかな?」


 すると、ザルツは眉間の強張りを解き、ゆっくりと表情を柔らかくした。


「ああ。俺たちが本懐を遂げた時、多分また会える」

「うん」


 再び会えたその時に、お礼とお詫びを言おう。レヴィシアはその時を楽しみに待つことにした。

 その気持ちは、この戦いを勝ち抜く意志を、更に強くしてくれた。


 

         ※※※   ※※※   ※※※



 その日の夜のこと――。


 ハルトはぼうっと、公爵邸の中庭のベンチに腰かけて月を眺めていた。今日の出来事も含め、頭を整理してみたかったのだ。

 この頃は平穏な毎日だったので、目まぐるしい二日間に、自分は付いて行くのがやっとだった。

 けれど、この国も捨てたものではないなと思った。ユミラのように優しい貴族がいて、レヴィシアたちのような連中がいて。


 最初にこの屋敷に来た時、ユミラは父親のどす黒い感情と必死に戦っていた。何故、あんなにもあの父親は息子を疎んでいるのかが理解できなかった。


 その理由は、案外簡単なことだった。


 婿養子の彼は、先王の姉である当主の血を受け継いでいないからだ。それに引き換え、ユミラは祖母と亡き母親から、王族の血を受け継ぎ、王位継承権を持つ。生まれながらにして、ユミラは父を越える存在となってしまった。

 日に日にそれを感じた父親も苦しかっただろう。もとはああいった人間ではなかったのかも知れない。次第に歪んで行ったのだとしても、仕方のないことだった。


 ただ、それらはすべて、ユミラのせいではない。彼に避けることなどできない運命だ。

 それでも、自分のことよりも必死にリュリュを守ろうとするユミラを、放っておけなかった。あの姿に思い起こされたものがある。

 すべての流れに逆らい、彼が宿命から解き放たれる時を、ハルトは願わずにはいられなかった。その手段が、どんなことであったとしても、救いとなればいいと。


 そんな、束の間のあたたかな気持ちは、次の瞬間には一気に冷え切る。夜気の中、鋭く通る声がハルトを射抜いた。


「――ハルトといいましたね」


 心臓が飛び出しそうになったけれど、ハルトは慌てて振り返った。そこには、結わえてあった髪を解き、黒いショールで細い体を包んだ当主がいた。珍しく一人に見えるが、多分近くには誰かがいるのだろう。

 直接声をかけられたことなどなく、あまりの驚きから、ハルトは言葉を忘れてベンチから飛び降り、ひざまずいた。すると、彼女の方から口を開く。


「このたびは、ユミラが世話をかけたようで、礼を言っておきましょう」


 冷血女卿と陰で噂される当主からの、思いも寄らない言葉に、ハルトはただ目を白黒させていた。


「い、いえ、勿体ないお言葉で……恐縮です」


 けれど、彼女の薄青い瞳は、夜気よりもハルトの体を凍て付かせる。


「ですが、あなたはもう、在るべき場所にお戻りなさい」

「え……」


 言葉が続かなかった。頭が白く塗りつぶされ、だらしなく口を開いたまま、ハルトは呆然としてしまった。そんなハルトを、女卿は眉ひとつ動かさずに見遣る。


「二度は言いませんよ」


 それだけを告げると、女卿はドレスの裾をひるがえしてハルトの視界から消えた。自分の気が変わらぬうちに去れと、そう言うのだろう。

 ハルトは、ひざを地面に付いたまま、ぼうっと空を見上げた。そこには欠けた月が皓々とある。


「……まいったな」


 別れを告げる暇もないのだろう。ユミラには悪いけれど、仕方がない。

 ハルトは観念して立ち上がると、中庭を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ