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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

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〈39〉置き土産

 

 胸騒ぎがした。

 外が騒がしい。それに、さっき聞こえたのは間違いなく悲鳴だった。


 それなのに、リトラは何が起ころうとも絶対に部屋から出るなと釘を刺して出て行った。

 それがユーリの指示なのだと言う。任せた以上、彼女が言うのなら、必ず従わなければならない。

 それでも、ザルツは胸騒ぎがした。リトラは今、何をしているのだろうか。



 それからしばらく、ザルツは耐えた。どれくらい時間が経った頃だろか。ドアをノックする音に心臓が大きく打った。


「ナーサス様! ご無事ですかっ?」


 メイドの硬い声が、起こった事態の深刻さを物語っている。ザルツは覚悟をして扉を開いた。


「無事とは? 何か騒がしかったようですが……」


 すっかり青ざめた顔と唇で、歳若いメイドは必死に声を上げた。


「だ、旦那様が殺害されたのです」

「え!」

「犯人は、マリアージュ様が追い詰められたのですが、すごく身が軽くて……逃げられてしまったのです。それで、念のためにナーサス様のご無事を確かめさせて頂きに参りました」


 ザルツは動揺を隠し切れず、口もとを押さえてうつむいた。それから、ぽつりと言葉を漏らす。


「それは……残念でなりません。お悔やみ申し上げます。私なら大丈夫ですが――」


 身の軽い暗殺者。思い当たる顔がある。

 けれど、もし彼だとするなら、何故ルースケイヴを襲ったのか、動機がわからない。だから、別の誰かだと思う反面、根拠のない何かがその存在を肯定していた。


「あの、身が軽いというのなら、犯人の姿を見たのですか?」


 メイドは大げさなくらい、何度もうなずいた。


「ええ、ええ。私を含め、数人が。まだ少年かと思うような人物でした。すぐに手配をする手はずになっています。……早く捕まるといいのですが」


 もし、暗殺者がリッジだとしたら、随分とへまをしたものだ。闇から現れて消えるように得体が知れないのに、目撃されたなんて――。

 そこで、ふと気付く。


「マリアージュはどこですか? 詳しい話を訊きたいのですが」


 リトラはもしかすると、リッジが現れると確信していたのではないだろうか。だから、隠れていろと言ったのだ。

 けれどそれは、助けられるはずの人間を一人、見殺しにしたということになる。

 それは、ザルツには知らされず、リトラのみに託したユーリの指示だ。


 無関係な人間を巻き込んだ、無慈悲な策略。


 だとしても、ザルツに彼女を責めることはできなかった。

 手が、嫌な汗でじっとりと濡れる。これはすべて、彼女に託した自分の責任だ。

 なのに、人道的な問題を抜きにするなら、これは自分たち組織にとって有益なこととなると認めてしまった。

 ユミラの存在がある限り、協力者はクランクバルドとなるのだろう。そうするなら、公爵の寝首をかこうとする可能性のあるルースケイヴの存在は命取りだった。その存在を、手を汚さずに消し去れたのだ。利がないはずがない。


 そして、リッジを目撃させることにより、リッジがこのリレスティの町に近付かないようにした。

 この町は、リッジに対してだけで言うのなら、安全地帯となる。協力者となるクランクバルドの命も脅かされる心配が減る上、仲間たちもこの地では安心して休息を取ることができるようになる。

 そこまで計算した上で、ユーリとリトラはルースケイヴを見殺しにした。


 その策を立て、決断したユーリの心情を思うと、ザルツは言い様のない罪悪感を覚えた。

 どんなにか苦しかっただろう、と。彼女に甘えすぎた自分のせいだ。

 こんな痛みは、本来自分が抱えなければいけないものだったのに。



 メイドがリトラのもとへ案内すると言う。


 けれど、ザルツはその前にふと、あの本の存在が妙に気になった。今朝、急にリトラがユーリからだと言って押し付けて来た、あの本。『メトローナの河』だ。

 この国に存在するはずがない本。それを持つ娘。彼女は――。

 最初に開いた時には気が付かなかったが、表紙を開いた裏側に、一言、


  “ユーリへ

   一日百回読みなさい”


 という文字があった。

 そして、反対側の裏表紙の内側にはユーリの手による文字がある。


  “シュティマさんの正体はリッジさんです

   知らせる、知らせないはお任せしますが、

   どうか、ゼゼフさんを気遣ってあげて下さい”


 その文字が、彼女の置き土産なのだと、ザルツは悟った。そして、この本の価値を知る自分にこの本を託したことこそ、彼女の自分たちに対する期待なのだと思いたかった。


 多分もう、追いかけたところでリトラにもユーリにも会えないだろう。

 一言謝りたかったけれど、それは自己満足でしかないのかも知れない。

 またいつか、出会える日のために、今はこの戦いを終わらせるしかないのだ。

 

 貴族たちと接触していたザルツとリトラは、クランクバルドの当主がユミラの祖母だということは知っていました。ただ、あの父親が次期当主になるんだろうなと思ってうんざりしていました(笑)

 ユーリは宿から出ませんでしたが、宿の中で客や従業員を捕まえ、独自に情報収集をしていたという……。

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