〈10〉『ゼピュロス』の条件
レヴィシアの挨拶が済むと、サマルは頭をかきながらつぶやいた。
「それで、『ゼピュロス』の残党を見付け出して繋ぎを付けることはできたんだ。協力要請も断られたわけじゃない。……ただ、少し条件を付けられたけどな」
「条件って?」
そのレヴィシアの問いに、サマルは続ける。
「ロイズさんの拘束後、組織を持たせているのは、リーダー補佐のリッジ=ノートンってやつなんだ。そいつは、協力を願うなら、組織の要人だけで尋ねて来いって。それくらいの度胸と誠意がある人間でなければ、失意のメンバーたちの信用は勝ち取れないと思えってさ」
確かに、言い分はわからなくもない。
絶対と信じたリーダーの不在に、メンバーたちはどれくらいの不安を覚えているだろう。
レヴィシアは、リーダーだった父を亡くした後の組織のが崩れて行くところを見届けたわけではないけれど、多分同じように悲惨な状態だったのだと思う。
「それで、向こうの指定は明後日だ。拠点はルイレイル。あんまりのんびりしてたら間に合わないし、さっき馬車の手配はして来たけど」
ルイレイルの町。
貴族が領主の中規模の町だ。町をぐるりと囲む堅牢な外壁があり、治安は内戦の続くこの国の中では安定しているとされていた。レヴィシアは進入しづらいこの町には近寄ったことがない。
それなのに、堂々と『ゼピュロス』のアジトがあるという。それは盲点だった。
よく見付けられたものだ。確かに、サマルの働きはすごいのかも知れない。
彼が不在中のプレナの心配を知っている分、認めたくないけれど。
レヴィシアは、唇に指を当て、軽く首を傾ける。
「要人だけ、ね。じゃあ、あたしと、後は誰が来てくれるの?」
「ああ、ルテアも決定な。ふたつの組織のリーダーは必ず来るようにって」
「言われなくても行くつもりだったから、別にいいけど」
ルテアはすまして言う。強がりかと思ったけれど、そうでもなさそうだ。
臆病と慎重の区別が付かないような年頃ではある。
そして、間髪入れずにユイの穏やかな声が上がった。
「俺も行くよ。最低限の護衛は必要だ」
それがレヴィシアの不安を最大に取り除いたと、当の本人は気付いていない。
「後は、俺とザルツだな。言い出したあんたがいないと話にならないだろ」
ラナンの指摘に、ザルツはうなずく。
「ええ。もちろんです」
「この五人で……」
ラナンがそう締めくくろうとした時、プレナがそれを遮った。
「あ、あの、私もご一緒させて頂いてもよろしいですか?」
その一言に、誰よりもサマルが唖然とした。
「な!」
けれど、そんな兄をプレナは無視して続ける。
「私、要人ってほどではないけど、結成当時からいるし、一緒に行きたい。……駄目ですか?」
レヴィシアは、プレナの必死の想いを知っている。置いて行かれたくないと思う彼女の気持ちを、駄目だと一蹴することはできなかった。
「ううん。プレナがいてくれなかったら、あたしは組織を立ち上げようなんて思わなかったよ。集めてくれた情報で、どれだけ助かったかもわからないし。うん、一緒に行こう」
そう、レヴィシアが笑うと、プレナもほっとしたように微笑んだ。ただ、衝撃から立ち直ったサマルはわめき出す。
「そんなの駄目だ! プレナ、自分の身も守れないのに、駄目に決まってるだろ!」
レヴィシアは面倒くさくなってぼやく。
「ザルツだって戦えないし」
「男はいいんだ! プレナは女の子だろ!」
「あたしもなんだけど」
「お前は別だ!」
うんざりしたレヴィシアは、視線をユイに向ける。ユイはレヴィシアが何を言い出すのかわかったけれど、言われるまでは黙って待った。
「ユイ、プレナを守って。お願い」
その返答を聞かずに、レヴィシアはサマルに向き直った。
「これでいいでしょ? ユイは強いから、プレナは安全だよ」
「よくない! プレナに行かせるくらいなら、俺が行く!」
「家出人は来なくていいよ!」
ぎゃあぎゃあとわめく二人を眺めながら、ザルツはぼそりと言った。
「サマル、留守の間は頼んだぞ」
「え?」
「こちらからの連絡をすぐに受け取れるように構えていてくれ。俺たちの留守中、残ったメンバーたちだって、必ず安全とは言えない。そういう時、サマルなら敏感に立ち回れるだろう?」
「え」
「じゃあ、頼む」
あっさりと丸め込まれた。
ザルツとサマルは友人同士だ。その扱いには慣れている。レヴィシアとプレナは顔を見合わせて少しだけ笑った。




