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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

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〈38〉公爵家当主

 レヴィシアたちを囲み、歓声を上げる人々が次第に落ち着きを取り戻し、まばらになり始めた頃、規則正しい馬車の車輪の音がした。

 近付いて来る白い車体と、それを牽く馬車馬たちも、誰も目にも明らかなほどに上等だった。

 緊張の空気の中、馬車が路地の中央に停車した。御者がまず降り、馬車の扉を開く。人垣は、示し合わせたように一部を開き、馬車とレヴィシアたちとに道を開けた。


「な、何?」


 打ち合わせをろくにしていないレヴィシアとルテアは、何事かと狼狽した。けれど、その馬車からまず降りて来たのは、見知った顔だった。

 チェリーブロンドの髪をさらりと揺らし、御者に手を預けながら優雅に降りる。そうしていると、どこぞの令嬢のようだ。


「ユーリ……」


 ユーリは、レヴィシアににっこりと微笑む。それから、道を譲るようにして横にずれた。

 彼女の後に馬車から出て来たのは、燕尾服に白い手袋。四十代後半くらいの執事だった。細身で温和そうに見えるけれど、どこか油断ならないような気がする。

 その執事は手を差し出し、馬車から伸びた手を恭しく受けた。大きなサファイアの指輪がはまっているその手は、驚くほどに小さかった。

 ユミラは気を引き締め、前に出る。

 執事に支えられ、地面に下り立ったのは、一人の老婦人だった。藍色のドレスの裾をひらりと整え、羽のたくさん付いた扇子を優雅に動かしながら前に出た。小振りな帽子の下のおもては、しわが刻まれながらも整っているが、恐ろしく冷たい印象を受ける。

 彼女は、頭を垂れたユミラを見遣った。口を開いたのは、ユミラが先だった。


「勝手をいたしましたこと、ただただお詫び申し上げます」


 すると、彼女は鋭い視線をユミラに投げた。


「後悔がないのなら、謝罪など不要。お前はもっと強く在りなさい」


 しわの奥の薄青い瞳には、凍て付く冬のような厳しさがはっきりと表れていた。ユミラは言葉もなく、顔さえ上げられずにいた。リュリュもその後ろでおびえている。

 あまりの威圧感に、誰も口が利けなかった。

 その中で、彼女はレヴィシアに視線を留めた。レヴィシアはぎくりとして身を硬くする。けれど、頭のどこかで、この視線を受け止め切らなければいけないと思った。

 まっすぐな視線がぶつかり合う。普段の喧騒が嘘のように、誰一人として物音を立てなかった。

 彼女は、不意ににやりと笑う。笑ったら笑ったで、何故か更に怖い。

 そして、彼女はおもむろに振り返り、ユーリに向かって言った。


「よろしい。お前の口車に乗ってみよう」

「そのご決断をお待ちしておりました」


 あの視線を受け流すように、ユーリだけは動じずに微笑み返す。

 呆然としているレヴィシアのもとへ、ユーリは歩み寄ると、耳打ちした。


「あの方は、ユミラ様のおばあ様でもある、クランクバルド家のご当主だよ。ご協力頂けるそうで、よかったね」

「え? え?」


 レヴィシアは混乱してしまった。頭の中がぐちゃぐちゃだ。


「ご当主って、ユミラ様のお父様じゃなかったの?」


 思わず口をついて出てしまった言葉に、ユミラとハルトがそろってかぶりを振っていた。

 ハルトはともかく、孫のユミラまでおびえている。相当に厳しい方なのだろう。

 レヴィシアはどうするべきか迷ったけれど、クランクバルドの当主はすでにレヴィシアに関心を向けていなかった。その視線の先にはヘイマンがいる。ヘイマンは真っ青になって、口から泡を吐いていた。


「彼らの処遇はどうぞお好きなように」


 ユーリは笑顔でひどいことを言った。女卿は鷹揚にうなずくと、執事に指示を出した。ハルトも手伝わされ、人攫いたちは通りかかった荷馬車の荷台に押し込まれる。この先、彼らがどこへ送られ、どうなるのかは、心がけ次第だろうか。


「ユミラ、来なさい」


 びく、と顔を上げたユミラは、歳相応の少年のように情けない顔をしていた。


「あの、リュリュも連れて行きますが……」

「好きになさい。そんな幼子よりも、排斥すべきは他にあります」


 連れて帰ってもいいと言っているのだが、若干の引っかかりも覚える。それでもユミラは深く考えることを止めたようだ。リュリュの手を握り、レヴィシアたちに言う。


「本当にありがとう。今度は僕が君たちの力になる番だから、またすぐに会うことになると思うけれど。それじゃあ――」


 祖母のもとへ歩むユミラの隣から、リュリュも手を振っていた。とりあえずの一件落着だろうか。

 ほっとしたけれど、レヴィシアはどっと疲れた。

 ユーリは相変わらずにこにこして、それから言った。


「後日、クランクバルド邸を訪れる時は、ザルツさんと一緒に行くようにね。細かい打ち合わせは彼に頼むといいよ」

「うん、そうだね。ありがとう、ユーリ」


 今回、ユーリが作戦の要だった。

 勝手な行動を取って、引っ掻き回してしまって申し訳なかったけれど、それでも上手く収めてくれた。あの公爵から協力を得るなど、よく説得できたものだと思う。


 こうしてみると、すでに約束の期日であり、別れが迫っているのだと思うと、やっぱり寂しかった。

 レヴィシアはなんとなくユーリの手を繋いだ。ほっそりとした指は、ひんやりと冷たかった。

 残ってほしいとは頼めないけれど、自分たちの都合を曲げてまで協力してくれた。今は、どんなに感謝しても足りない気持ちだった。

 手を繋いだ一瞬だけ、ユーリの瞳が微かに揺らいだような、そんな気がした。彼女も別れを惜しんでくれているのだと解釈するには十分だった。


「みんなががんばった結果だから。私も、お手伝いができてよかったよ」


 そんな二人に水を差すように、ルテアが口を挟んだ。


「……レヴィシア、地下室に戻らないと。忘れてるわけじゃないだろ?」

「あ」


 忘れているつもりはなかったけれど、忘れていたのかも知れない。


「どうした?」


 ユイが心配そうに尋ねる。それに、シェインがああ、とつぶやく。


「あのねぇちゃんか? さっきはまだ寝てたけどな」


 シーゼを迎えに行かなければ。レヴィシアは慌てて駆け出した。


 叙述トリック第二弾です(笑)

 当主は王都に行っていました。〈1〉の会議があったからです。

 当主が不在だからこそ、ユミラの父ははめを外していました(汗)

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