〈34〉それぞれの思惑
ユミラはユーリとサマルが去った後、宿の部屋の中でユイとハルトと向き合っていた。
いくつかの注意をユーリから受け、それを自分に納得させる。それでも、指先がピリピリと痺れるようにうずいた。リュリュの方がよほど怖い思いをしているはずなのに、自分がこれでは駄目だ。こぶしを強く握り締める。
そんなユミラに、ユイは柔らかな声で言った。
「大丈夫。妹さんにはレヴィシアや他の仲間も付いています。きっと、上手く行きますから」
「そうそう。それより、この先のことを心配した方がいいんじゃないか? リュリュを連れて帰って、親父さんと大げんかするんだろ? なんて言って言い負かすのか、それだけ考えてろよ。な?」
ハルトも、ユミラを元気付けようとしてくれる。その心遣いが手に取るようにわかった。ユミラはようやく微笑む。
「そうだったな。本当に、そうだ……」
一度うつむいて、再び顔を上げたユミラは、不安よりも強く、決意を抱いた。
必ず助けるから、と。
「それでは、そろそろ向かいましょう」
ユイが長い髪を揺らして動く。ハルトが常に佩いているものよりも少し短い剣を腰のベルトに固定し、上から薄手のコートを羽織る。背の高い彼は、そんな姿もさまになっていた。
「俺、戦力にならなかったらごめんな。門番なんて、腰から剣をぶら下げてるだけで、そうそう振るうこともないし、あんたたちほど場数踏んでないんだ」
ははは、と乾いた笑いと共にハルトが言う。
確かに、彼が自分で言うように戦闘経験が少ないのは、ユイから見ても感じ取れた。けれど、それが普通だろう。ユイは苦笑する。
「けれど、素質はあるんじゃないか?」
そんなフォローをする。
ただ、その場で、一番の戦力外は自分だと自覚していたのはユミラだった。
※※※ ※※※ ※※※
朝食を終え、ルースケイヴは中庭に面した拱廊を通る。穏やかな午後の時間、それでも彼の心中は漣のように揺れていた。
中庭の木陰には、あの男がいる。クスクスと笑う耳障りな甘い声が時々聞こえた。また、メイドにでもちょっかいをかけているのだろう。あのクランクバルドの小倅が連れていたメイドのことなど、もう忘れてしまっているようだ。ヘイマンからも返答はない。もう、どうでもよかった。
あの二人、レイヤーナの調査官とやらは、この屋敷に滞在している期間が他とは違って格段に長い。
クランクバルドに至っては、足を向けようともしない。それは、先にあの愚物と出会ったせいかも知れない。息子がいかに秀英であろうと、あの父親が台無しにする。いかに名門貴族であろうと、先が知れているというものだ。それを察したのだろう。
だとするのなら、レイヤーナの上層部ともそのうちに会う機会が来るのかも知れない。
そうしたら、向こうの有力貴族や王族とも繋がりができる。そのいずれかへ娘を嫁がせれば、さらに繋がりは強くなる。そうしたなら、自分の代でクランクバルドを押しのけて這い上がることもできるのではないだろうか。
虫けらでも見るようなあの目を、這いつくばらせることができるのではないだろうか。
調査官、リトラ=マリアージュ。
邪険には扱えないが、あの見境のない男が娘に手を付けたりしないよう、まだ戻って来ないように連絡しなければ。警戒はしておこう。
そんなことを延々と考えていたルースケイヴは、注意力が散漫だった。すぐ後ろに調査官ことリトラ=マリアージュが立っていても、一向に気付かない。
「こんなところでぼうっとされていると、お風邪を召しますよ」
息がかかるような距離で、ぞくりとするような低音の声がする。ルースケイヴは肩を跳ね上げると、勢いよく距離を取りながら振り返った。リトラはにやりと笑う。
「あ、ああ、そうですな。つい考え事に没頭してしまいまして……」
柔和を意識して作った笑顔を横目に、リトラはすれ違いざま、はっきりとした口調で一言を残した。
「あなたに決めました」
ルースケイヴは、遠ざかるリトラの背を、高揚する感情を抑えながら眺めていた。
ただその言葉を噛み締め、頭に深く刻み込む。
ようやく、この時が来たのだと。
リトラは甘くささやいているだけなんですけどね。女性は声のいい男性に弱いですから、いい声をしているという設定です。
一時滞在の彼に怖いものはありません。後先なんてどうでもいいんですよね(笑)
ちなみに……あの娘をご所望ですか? ――あんなちんちくりん要るか、と内心で思っていたリトラでした(ひどい)




