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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

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〈33〉すべてが動き出す

 翌朝。

 サマルとユイはユーリの部屋を訪れた。そこにはすでにユミラとハルトの姿がある。


「おはようございます」


 ユーリはにっこりと微笑んだ。こんな状況であっても、ゆとりさえ感じられる。

 そして、いつも唐突に思えることを口にする。


「今日は私も出かけますね」

「え!」


 サマルは思わず声を上げた。ユイもぽつりとこぼす。


「彼が怒るよ」


 すると、彼女は不適に笑った。


「大丈夫。すべては事後報告です」


 リトラが心配になるわけだと、ユイとサマルは思ったけれど、口には出さなかった。おとなしくしていないと、機嫌を損ねたリトラが思うように動いてくれないからという理由で外に出なかっただけなのだろう。

 ユーリは淡々とした口調で続ける。


「まあ、さすがに一人歩きはしません。ちゃんと護衛にフィベルさんをお借りします。ですから、サマルさん、フィベルさんと見張りの交代をお願いします。それから、今回は見張りだけではなく、動いてもらいます。ユイさんもそのつもりでいて下さい」

「それはいいけど、ユーリはどこへ行くんだ?」


 そうサマルが尋ねると、その問いに答えたのはユミラだった。生まれてこの方、こんな安宿に泊まったことなどないだろうが、あまり気にした風でもない。むしろ、新鮮だったのだろうか。


「うちの当主に会うのだそうです」

「当主? クランクバルド家の?」

「はい。ユミラ様の紹介状があれば、お会いできますから。こちらの活動内容と理念をお話し、協力を願い出て来ます」


 緊張しているでもなく、柔らかな声だった。ユミラは申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「皆さんにはお世話になりますし、目指されている理想にも、僕は個人的に興味があります。当家が支援するということになればいいのですが、当主がどう出るか、僕からはなんとも……。僕もユーリさんと一緒に行けたらよかったのですが、今はリュリュを迎えに行ってやりたいので」


 ザルツの報告によると、ユミラの父親はいけ好かない人物だったという。後妻の連れ子に対する仕打ちをとっても、それは間違いなかった。

 けれど、ユーリには何か考えがあるようだ。余計な気は回さず、ユーリを信じるべきかも知れない。


「……わかった。フィベルと交代して来る。それで、どう動けって?」

「はい。では――」


 ユーリの説明に、サマルは力強くうなずいた。そして、そんな彼女に、ハルトは温和な顔を向けて言った。


「しっかし、ご当主に自分から会うなんて、君は勇気があるな。俺なんて、未だに慣れないし。いつも冷や冷やする」


 身内を前にそんなことを言うけれど、ユミラは気を悪くするでもなかった。ただ苦笑している。


「でも、ユーリさんなら大丈夫。そんな気がします」

「ありがとうございます」


 にこりと微笑む。その笑顔には気品があった。彼女は多分、それなりの身分のある家で育った人間だ。ユミラもそれを感じたからこそ、そう言ったのだろう。

 そんなことを思ったユイに、ユーリは視線を向ける。その視線を受け、ユイは尋ねた。


「それで、俺は何をすればいい?」


 ユーリはうなずくと、はっきりとした口調で言った。それは、ユイが待ちに待った一言だった。


「そろそろ、レヴィシアさんたちを迎えに行って頂きましょう」


 レヴィシアの居所がわかってから、ユイは少し落ち着きを取り戻していた。居場所がわからずに一人でふらふらしている状態よりもずっといい。ルテアと同じ場所に辿り着けたのなら、彼がレヴィシアを守るだろう、と。

 それでも、早く助け出したい気持ちはある。その急いた感情に水を差すような一言を、ユーリは発した。


「ただし、いくつかの約束事はありますから、それはちゃんと守って下さいね」


 まずは落ち着けと。そういうことだ。



         ※※※   ※※※   ※※※



 その頃、ヘイマン邸の見苦しく雑草の伸びた庭で、用心棒の男はひとつ伸びをした。そうして、考えを整理する。

 雇い主のヘイマンは、ルースケイヴの頼みを断るつもりらしい。ヘイマンは自分の願望を優先する。けれど、ルースケイヴに逆らって、この先になんの得があるというのか。

 人知れず消されるか、罪を告発されるかのどちらかだ。

 ルースケイヴが今までに買い手となったこともある。同罪ではあるものの、地位の高いルースケイヴに言い逃れられたらそれまでだ。

 それを、ヘイマンは理解しようとしない。

 このままでは、あの男と共倒れだ。そんな馬鹿げたことはない。

 絶対に嫌だ。一人で逝けと思う。

 

 男はすでに選んでいた。


 そんな時、正門を勝手に進入して来た青年がいた。門番のいないこの屋敷の門は、あってないようなものである。

 男は思わず物陰に隠れた。

 どこにでもいそうな垂れ目の青年だ。ただ、貴族の館に相応しいような風体ではない。

 そんなことを考えた男の視線に気付いた風でもなく、青年は屋敷の扉を叩いた。貴族の館ではあるが、青年は少しの緊張も見せずに飄々としている。

 奥の間からすっ飛んで来たヘイマンの方がうろたえていた。急な来訪者に警戒するのは、叩けばほこりが出るからだ。


「ど、どなたかな?」


 いつもはピシッと撫で付けてある髪が、幾筋か乱れている。身支度の途中だったのかも知れない。

 青年は人懐っこく微笑んでいた。


「ヘイマン卿、ルースケイヴ卿からの使いの者です」


 貴族の使いには見えない、普通の青年だ。けれど、用心深いルースケイヴなら、あえてそう見えない者を用意したと考えられなくはない。


「な、なんだね?」


 目に見えて狼狽するヘイマンに、青年は顔を近付けた。ぼそぼそ、と何事かを伝えている。物陰にまでその声は届かなかった。

 ヘイマンは顔色を変えたが、それでもとぼけることにしたのだろう。


「そ、その件なら、今日伺うつもりだった。生憎だが、今回ばかりはご期待に添えそうにない。私の不手際だ。申し訳ない……」


 あのメイドのことだ。間違いない。

 やっぱり、手放すつもりがないのだ。

 青年はヘイマンの返答に、少し声を低くした。


「じゃあ、そう伝えますが、代わりになりそうなのはいませんか? 場合によっては、それで手を打つしかないでしょう?」

「あ、ああ、そうだな。それならなんとか……」


 ここに来て、ヘイマンはやっと安心したようだった。それが声に表れている。


「とりあえず、私は報告に戻りますけど、よろしくお願いしますよ」


 青年はそう言い残し、きびすを返した。

 青年が通り過ぎた後も、用心棒の男は物陰から動かずにいた。けれど、ふいに気になって青年の向かった先に足を向ける。角を曲がった。

 けれど、その道の先に青年の姿はなく、青年は曲がり角に背を持たれかけて立ち止まっていた。まるで、誰かが自分を追って来ると確信していたかのようだった。青年は頭が切れるようには見えないけれど、男はほんの少し薄ら寒いものを感じた。青年は人懐っこく笑う。


「よう。あんた、ここの雇われ者?」

「ま、まあ……そう、だ」


 ルースケイヴの使いだという以上、あまりぞんざいにもできない。


「そりゃあ大変だなぁ。なんていっても、この屋敷だもんな」


 すべてを知っているのだろう。青年は急に真顔になる。


「ところで、さっきヘイマン卿が言ったように、ルースケイヴ卿がご所望の娘、ほんとに用意できなかったのか? どこか他にいい買い手が付いたとか、そんなんじゃないだろうな?」

「それは……」


 ヘイマンに義理立てするつもりはなかった。そのことを、すでに見抜かれていたのかも知れない。


「もし、あの娘を連れ出せたら、ルースケイヴはあんたを重用してくれるはずだよ。それくらい大事な取引に、あの娘が必要なんだ」


 心の中を見透かしたような言葉だ。青年は最後にもう一度笑ってみせる。


「少し、考えてみたらいい。また来るから」



 無言で佇むヘイマン邸の用心棒を残し、サマルはその場を後にする。シェインもいるので、後から合流するつもりだ。

 とりあえず、ユーリの指示通り、ヘイマンに揺さぶりをかけた。雇われの男にも、離反を促す。


 もうすぐ、すべてが動き出すだろう。

 

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