〈29〉接触
その日の夕方、サマルは食堂の一角でザルツの到着を待っていた。情報交換のためである。
サマルは毎日同じ時刻の同じ時間、ここにいる。ザルツが来る日もあれば、来ない日もあった。
このところ、ルテアの捕らえられている屋敷は、自分かシェイン、それから運悪く帰りそびれ、使われるはめになってしまったフィベルのうちの誰かが交代で見張っている。
スレディは弟子に働かせ、エイルルーでくつろいでいるらしいが、最年長のフーディーを『ご老体』と呼んでキレられ、老人戦争が勃発したという。フーディーの言い分によると、ジジイにジジイ呼ばわりされる筋合いはないのだそうだ。
ちなみに、ティーベットはでかくて目立つので、見張りは不向きとユーリに判断されたので、居残りである。
見張りをする限りでは、ヘイマン邸には来客もなく、出入りするのは用心棒らしき男一人だ。
今の状況を、ユーリは静観していた。ユーリはすべてを話してくれるわけではない。一体、何を描くつもりなのだろう、と時々不安になるのも事実だ。
ふぅ、とため息をつきながら茶の入ったカップを傾けていると、大衆食堂に不釣合いな仏頂面がやって来た。声をかけて手を振りたくなるが、それを堪える。
何事もなかったかのように正面に向き直った。彼はサマルのそばを通り過ぎ、紙片を差し出す。サマルはそれを素早く受け取り、今度は自分は便箋を彼に握らせる。二人は会話を交わすことなく、騒然とした大衆食堂に紛れて用を済ませた。
ザルツはサマルから離れたカウンターの端に座り、軽い食前酒を注文している。サマルはそれを横目で確認すると、勘定をテーブルの上に残し、店員に一声かけて店を出た。
サマルは夕暮れの街角を行く。ザルツの報告は、記号の羅列だった。
一見しただけでは読めない。これは、レジスタンス組織を立ち上げた時、ザルツが考えた暗号である。サマルも無理やり覚えさせられ、今では読めるようになったけれど。
そこに書かれていたことに目を通すと、サマルはうんざりとした。
「あいつは……」
ため息ばかりをつかされる。ザルツが頻繁にため息をつくのは、間違いなくあいつのせいだ、と。
ユーリは、この好き勝手動き回るやつをどのように策には当てめるつもりなのだろうか。邪魔にならなければいいが、と心配になるばかりだった。
それにしても、ここに記されていることが信じがたい。
宿を抜け出したレヴィシアが、王国最高峰の貴族、クランクバルドの令息と共に動いている、と。
彼はリュリュという名の女の子を捜しており、その女の子は人攫いに攫われた様子。
上手く女の子を救出し、クランクバルドの令息ユミラの信頼を勝ち得ることができたなら、クランクバルドとの繋がりができる。ただし、息子は利発で人品優れた少年だが、その父親は小物だ。それが心配だ、と。
ザルツは、レヴィシアたちを発見しやすいようにか、ユミラの特徴まで事細かに記している。わかりやすいが、書かなくてもこんな身分の少年が歩いていたら目立つだろうと思われた。
案の定というべきか、夕暮れの中、広場の時計台の下にいた少年は浮いていた。サマルは広間を突っ切って宿のユーリのところへ行くつもりだっただけである。
ここで出会ったことに意味があるのだと、サマルは覚悟を決めた。
ただ、そばにレヴィシアの姿はなく、報告にない男の姿がある。誰なのか、一見しただけでは判別できなかった。ただ、ユミラの態度からして敵ではないように思える。
だからこそ、サマルはこの時を逃してはいけないと、意を決して近付いた。
「ユミラ=フォン=クランクバルド様とお見受けいたします――」




