〈25〉大事な役割
その日、ゼゼフは『白鹿亭』に向かっていた。
仕事も長期休暇をもらっているし、することもない毎日だ。シュティマはゼゼフが先に抜けたお陰で忙しくなり、たまにしか話せない。気の弱いゼゼフは、店に顔を出すどころか、店のある通りをうろつくことさえできないので、シュティマの顔すら見られなかった。
新しい働き手が早く見付かって、二人で一緒に参加できたらいいのに。
そうしたら、クオルにもシュティマを紹介したい。きっと、仲良くなれると思う。
いつも、どちらが年上だかわからなくなるくらい、口うるさく駄目出しをされているけれど、クオルはあれからゼゼフによく構ってくれた。食事も一人で食べるくらいなら、一緒に来いと言う。
クオルの母親のアーリヒは、美人でさっぱりとした性格だ。父親のシェインは、活動が忙しいようでたまにしか顔を合わせないが、その時にはいつもにこやかに、また来いよと言ってくれる。
あの家族のそばは居心地がよかった。シュティマのそばと同じように、あたたかい。
ただ、レジスタンス活動らしきものは今のところしていなかった。今回のお呼びが、ようやく始まりなのかも知れない。そう思っていたのだけれど、クオルが言うには、みんな交代に呼ばれてユーリと雑談するだけなのだという。彼女はそうやってみんなの適性を調べているらしい。
他愛のない雑談が、何かに繋がるのだろうか。
あのきれいな娘を前にしたら、多分上がってしまってろくに口も利けなくなる。役に立たないな、と思われるだけかも知れない。
そう考えて、ゼゼフは落ち込んだけれど、すでに宿の前だった。教えられた通り、その白い外壁の宿の二階に上がり、部屋をノックする。中からあの凛とした声がした。
「――ツキハ」
「カゲラズ――」
合言葉。この一言でさえ、緊張した。
けれど、この合言葉を教えてもらって、やっと仲間に入れてもらえたと思えた。だから、わくわくしたのも事実だ。
「わざわざすみません、ゼゼフさん。どうぞ、お入りになって下さい」
と、扉を開いたユーリは微笑む。名前を覚えていてくれただけで、ゼゼフはひそかに感激していた。
夢見心地のゼゼフを、ユーリは中へ招く。極度の緊張のため、ゼゼフは右手と右足が同時に動いていた。
ユーリに促されるままにソファーに腰かけたけれど、背もたれに体を預けることなく、浅くしか座れなかった。
「難しい話ではありませんから、楽にして下さいね」
ゼゼフは正面に姿勢よく座ったユーリの目を見ることなく、うつむいている。
「は、はい……」
彼女がどんな表情でいるのか、ゼゼフには見えなかった。
「では、何からお話しましょうか? ゼゼフさんが活動に参加されたのは、比較的最近だとお伺いしたのですが」
ゼゼフが話しやすいように、他愛のないやり取りから始めてくれた。
これなら言える。ゼゼフはたどたどしい口調でなんとか語った。その焦れったい会話を、ユーリは優しく相槌を交えて聴いてくれた。
こんな風に、自分の言葉に耳を傾けてくれる。それだけで、ゼゼフは活動に参加してよかったと思えた。シュティマに出会い、レヴィシアやクオルに出会い、自分の中では何かが着実に変わっているような気がしたなんて、都合のいい勘違いだろうか。
「なるほど。ゼゼフさんはシュティマさんというお友達と一緒に参加しようと思っていたのですね」
ユーリは聴き上手で、気が付けばゼゼフの緊張は少し解れ、自覚もないままに口調も変わっていた。
「うん。シュティマはなんでもできるから、きっと活躍すると思うよ」
「そうですか。早く合流できるといいですね。みなさんには一人でも多くの仲間が必要でしょうから」
さらりと短い髪を揺らしてそう答えるユーリに、ゼゼフはうなずく。そして、おずおずと尋ねた。
「あの、僕、噂も流してないし、役に立ててないよね……。僕って、実は必要ないんじゃ……」
しょんぼりと肩を落とす。言ってしまってから後悔した。どうして、こんなことを口にしてしまったんだろう。
けれど、ユーリはそっとかぶりを振った。
「あなたは、ご自分が思う以上に重要な方ですよ。一見、役割を振られていないかに思われるかも知れませんが、そうではありません。いずれ、時が来たらわかるでしょう」
その一言に、ゼゼフはぱっと顔を輝かせる。ユーリはそのつぶらな瞳を優しく見つめ、柔らかく言葉を続けた。
「もし、不安だと仰るのなら、ほんの少しだけお話しましょう――」




