〈24〉獲物を見る眼
「この屋敷にリュリュたちはいない。それだけはわかった。すぐに出よう」
ユミラは事情の説明もないままに言った。ザルツとリトラがいるのなら、確かにここはハズレだろう。けれど、ユミラが何故それを知り得たのか。それが不思議だった。
「ユミラ様、どうしてそれを――」
言いかけて、あ、と声をもらしてしまった。ユミラはザルツと会っていたのだ。ザルツが何かを言ったのだろう。
「どうしたんだ?」
ユミラは首をかしげた。説明しようと思うと長くなるので、それよりも先にザルツと何を話したのかを聴きたかった。
「あ、うん。後から話すけど、まずそっちから聴かせてよ。何を話して来たの?」
すると、ユミラは力強くうなずいた。
「お客人はナーサスさんといって、理知的な方だったよ」
レヴィシアは話の腰を折らずに聴く。
「ルースケイヴ卿の客人ではあるけれど、彼のことを信用している風でもなかった。だから、思い切って尋ねたんだ。人を探しているって」
ザルツはもしかすると、ルテアの居場所を知っているのだろうか。サマル辺りが伝えた可能性もある。
「それで?」
「うん。レヴィシアが言うように、確かにこの町では誘拐事件が起こっていて、ここ数日のうちに誘拐されたなら、きっと無事でいるはずだと。そして、近いうちには必ず帰って来る。それは確かなことだと仰られた」
ザルツがリュリュが無事だと断言する理由は、ルテアが守っていると思うからだろうか。きっとルテアは、いつもレヴィシアにしてくれているように、リュリュたちのことを守っている。
けれど、そんなルテアのことは誰が守ってくれるのだと、レヴィシアは胸騒ぎを抑えられなかった。
「レヴィシア?」
ユミラが心配そうに声をかけて来る。レヴィシアははっとして、うつむき加減だった顔を持ち上げる。
「あ、ごめん。それで、これからどうする? 無事に帰って来るっていう言葉を信じて待つ?」
訊き方を誤った。待っていられるのかと訊くべきだった。
ユミラはかぶりを振る。
「待ってなんかいられないよ。少しでも早く、助け出したい。摘発する動きがあるのなら、僕だって協力したい」
その、摘発する動きがレジスタンスだとしてもだろうか。
今更ながらに思う。ユミラは心優しい貴族だけれど、本来なら雲の上の存在で、どちらかといえば国の上層部に近い。レジスタンスによい感情など持てるのだろうか。
そう思うと、レヴィシアは正直なことが言えなかった。
「……じゃあ、行こう。次のところへ」
そのうちには話さなければと思うけれど、もう少し後にしたいと思った。それは、せっかく仲良くなったこの少年に拒絶されたくなかっただけなのかも知れない。
思い立ったらすぐ行動に移る若い二人は、その日のうちに引きとめようとするルースケイヴに謝り、屋敷を後にすることにした。レヴィシアは、ザルツに見付かる前に去りたいのだ。とにかく気が急いていた。
また後日、と約束をして去るユミラに、ルースケイヴは名残惜しそうな表情を作って言う。
「ユミラ様、ヘイマン卿を覚えておいでですかな?」
「ええ、もちろんです。卿が何か?」
すると、ルースケイヴは眉根をきゅっと寄せて深々とため息をついた。
「最近、どうにも疲れた顔をしておりまして、何か心配事があるのではないかと思うのです。彼は以前、ユミラ様のような息子がいたら、どんなに幸せだっただろうかとこぼしていました。きっと、家族のいない生活にふと寂しさを覚えてしまったのではないかと……。ユミラ様のご尊顔を拝むことができたなら、彼も少しは気分が軽くなるはず。もし、できることならば、少しでよろしいのです、お立ち寄り頂くことはできませんか?」
レヴィシアは、知らない人の話なので、真剣に聞いていなかった。ユミラはうなずく。
「そういうことでしたら、一度出向いてみましょう。では……ありがとうございました」
「いえ、大したお構いもできず、恐縮です。どうか、今度は娘のいる時にいらして下さい」
そう言って、ユミラを自家用の馬車へと誘う。彼が先に乗り込むと、後に続いたレヴィシアに、ルースケイヴは視線を向けた。何故、向けたのかがわからなかったけれど、それはぞっとするような視線だった。
今までは存在していることを認識されていなかったのに。この瞬間、はっきりとレヴィシアを一人の人間として捉えていた。人間というよりも、物と言ってもよかったかも知れない。値踏みするような視線だった。
悪寒が走った。正体がばれたのかと。
けれど、ルースケイヴはあっさりと二人を見送った。取り越し苦労だったのならいいのだが。
※※※ ※※※ ※※※
ユミラは、ルースケイヴとの会話に出て来た、ヘイマンという貴族のところへ行くという。
「ヘイマン卿は盲点だった。よく考えてみると、ヘイマン卿は商人たちとも親睦が深いらしい。市井の情報をよく知る方だ。何か、有益な情報が聞けるかも知れない」
「そうなの? その人が人攫いだったらどうしようか」
冗談半分でレヴィシアが言うと、ユミラもあはは、と笑った。
「彼は慎ましやかな暮らしをしている方だ。人を攫って儲けているようには見えないよ」
「ふぅん。何か聞けるといいね」
気軽に考えた二人だったが、この選択がある意味正解で、失敗でもあった。




