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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ 

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〈20〉向いてないよ


 レヴィシアとユミラはクランクバルド邸から伸びた坂道を下りた。来た時と同様、早朝なのでやはり人気ひとけは少ない。

 屋敷の外へ出てしまえば、レヴィシアはメイドの装いを解いても構わなかったのだが、貴族の令息にしか見えないユミラと歩くには、このままの方が違和感がない。結局、この扮装のままでいることにした。


「ね、ユミラ様、一番性格の歪んでる貴族のところへ早く行きましょう?」


 と、レヴィシアは急かす。きっと、そこが人攫いの拠点だと。

 けれど、ユミラは苦笑するばかりだった。


「あのね、そんなことを言われて選べるわけがないよ。あまりに失礼だ」


 ユミラ様は行儀がよすぎるな、とレヴィシアは思う。そんなことを言っている場合ではない。それでも彼なりに真剣だった。


「でも、僕がこの方はあり得ないと思うところは除外するよ。そこは信じてほしい」


 そこは素直にうなずく。けれど、優雅な所作で考え込むユミラが、レヴィシアにはのん気に思えた。


「ユミラ様、急がないと手遅れになっちゃいますよ! ほら、急いで急いで!」


 と、再び思い切り急かす。

 かろうじて敬語の欠片は残っているが、すでに敬意はない。名門貴族の総領息子として大事に育てられて来た彼としては、この態度に驚いてはいるものの、新鮮さも感じていた。笑いがこみ上げて来て、ユミラは思わず言った。


「レヴィシア、無理して敬語を使わなくてもいいよ。今の僕たちは主従ではなく、同じ目的のために動く同志だ。そうだろう?」


 レヴィシアはきょとんと瞬きを繰り返した。


「でも、ユミラ様は貴族でしょう?」

「それを言うなら、レヴィシアは僕よりも年上だろう? ほら、おあいこだ」

「あたし、十六ですよ」

「僕は十五だ」


 え、とレヴィシアはユミラを見上げる。背も高く、落ち着いているので、勝手に年上だと思っていた。老成していると言うべきか、一見して十七、八に見える。


「大体、貴族だから親しくできないなんて理由、差別だよ」


 そう言ったユミラの表情は、ほんの少しだけ歳相応だった。確かに、レヴィシアだって平民だという理由で見下されたら嫌だ。それと同じことだろう。


「そうだね。了解」


 レヴィシアはにっと笑って答える。ユミラもつられて笑った。


「――じゃあ、レヴィシアがいうところの、多分性格が歪んでいる貴族のところへ行こうか。爵位が高い方か、低い方、どちらから行く?」

「えっと、高い方」


 深い考えもなく、即答した。


「わかった。じゃあ、馬車を雇おうか。徒歩だと怪しまれるから」


 朝も早い時刻であっても、クランクバルドの令息が道端で声をかければ、すぐに最上級の馬車が用意された。礼儀正しい御者が重々しい扉を開いてくれる。二人にとっては父親のような年齢の御者だったけれど、彼の緊張がひしひしと伝わって来た。ユミラを乗せるということが、それだけの意味を持つのだろうか。けれど、レヴィシアは御者のそんな態度を見ても、まあいいやと思っただけだった。

 いつも使う、安くて粗末な辻馬車とは格が違い、腰かけはふかふかだった。きょろきょろと落ち着かないレヴィシアとは対照的に、ユミラは優雅に腕を組んでいた。


「これから向かうのは、ルースケイヴ卿のお屋敷だ」

「ルースケイヴ?」

「そう。この町に邸宅を置く貴族の中では当家に次ぐ有力貴族だ。……ただ、僕の祖母がルースケイヴ卿を毛嫌いしていて、僕が彼らと親しくするのをよく思われなくてね。父は別で、表面上の付き合いはしているようだけれど」


 ユミラの祖母は、心優しく純粋なユミラがかわいいのだろう。そんな俗物に染まってほしくないからこそだ。なんとなく、気持ちがわからなくもない。


「ちなみに、ユミラ様はどうなの? ルースケイヴって人、嫌い?」

「嫌いかと訊かれると、まあ……特別好きとは言えないかな。でも、調子のいいメンテナール卿も苦手だし、それを言ってしまうと、スティング卿も捕まると長くて、ちょっと……」

「ユミラ様、貴族に向いてないんじゃない?」

「……そうかも」


 そんな話をしているうちに、ルースケイヴの屋敷の敷地に差しかかっていた。中に潜むのは、蛇か悪魔か。

 しかし、勢いでここまでやって来たものの、どう切り出せばよいのだろう。まさか、正面切って人攫いですかと尋ねることもできない。


「どうやって探ろうか?」


 屋敷の前で、使用人たちが客人の馬車の到着を待ち受けている。それが迫るにつれ、レヴィシアは少し早口になった。


「じゃあ、ユミラ様がそのルースケイヴって人の相手をしてる間に、あたしがお屋敷の中を探索する。だから、なるべく注意を引いておいてね」

「駄目だ。そんな危ないことはさせられない」

「あの、危ないの承知で来たんだけど」

「君はあくまで僕の連れだ。レヴィシア、君自身に卿が敬意を払ってくれるとは限らない。使用人にしか見えない君が不審な動きをすれば、すぐに罰を与えるかも知れない。とにかく、それは危険だから止めてくれ」


 レヴィシアがユミラの言葉の意味を知るのは、このすぐ後のことだった。だから今はまだ、不満げにユミラを見遣る。けれど、ユミラは譲らなかった。


「僕のそばを離れないように。とにかく、慎重に行こう」


 カラカラカラカラ、と規則正しく回る車輪の音と振動の中、レヴィシアは不満げに口を尖らせていたが、ユミラは頑として引かない。


「わかったよ……」


 ため息混じりに、レヴィシアは折れた。


 敬語を使わなくなっても、レヴィシアは『ユミラ様』と呼んでいます。ただ、これは敬意の表れではなく、あだ名的な感覚で呼んでいます(笑)

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