〈20〉向いてないよ
レヴィシアとユミラはクランクバルド邸から伸びた坂道を下りた。来た時と同様、早朝なのでやはり人気は少ない。
屋敷の外へ出てしまえば、レヴィシアはメイドの装いを解いても構わなかったのだが、貴族の令息にしか見えないユミラと歩くには、このままの方が違和感がない。結局、この扮装のままでいることにした。
「ね、ユミラ様、一番性格の歪んでる貴族のところへ早く行きましょう?」
と、レヴィシアは急かす。きっと、そこが人攫いの拠点だと。
けれど、ユミラは苦笑するばかりだった。
「あのね、そんなことを言われて選べるわけがないよ。あまりに失礼だ」
ユミラ様は行儀がよすぎるな、とレヴィシアは思う。そんなことを言っている場合ではない。それでも彼なりに真剣だった。
「でも、僕がこの方はあり得ないと思うところは除外するよ。そこは信じてほしい」
そこは素直にうなずく。けれど、優雅な所作で考え込むユミラが、レヴィシアにはのん気に思えた。
「ユミラ様、急がないと手遅れになっちゃいますよ! ほら、急いで急いで!」
と、再び思い切り急かす。
かろうじて敬語の欠片は残っているが、すでに敬意はない。名門貴族の総領息子として大事に育てられて来た彼としては、この態度に驚いてはいるものの、新鮮さも感じていた。笑いがこみ上げて来て、ユミラは思わず言った。
「レヴィシア、無理して敬語を使わなくてもいいよ。今の僕たちは主従ではなく、同じ目的のために動く同志だ。そうだろう?」
レヴィシアはきょとんと瞬きを繰り返した。
「でも、ユミラ様は貴族でしょう?」
「それを言うなら、レヴィシアは僕よりも年上だろう? ほら、おあいこだ」
「あたし、十六ですよ」
「僕は十五だ」
え、とレヴィシアはユミラを見上げる。背も高く、落ち着いているので、勝手に年上だと思っていた。老成していると言うべきか、一見して十七、八に見える。
「大体、貴族だから親しくできないなんて理由、差別だよ」
そう言ったユミラの表情は、ほんの少しだけ歳相応だった。確かに、レヴィシアだって平民だという理由で見下されたら嫌だ。それと同じことだろう。
「そうだね。了解」
レヴィシアはにっと笑って答える。ユミラもつられて笑った。
「――じゃあ、レヴィシアがいうところの、多分性格が歪んでいる貴族のところへ行こうか。爵位が高い方か、低い方、どちらから行く?」
「えっと、高い方」
深い考えもなく、即答した。
「わかった。じゃあ、馬車を雇おうか。徒歩だと怪しまれるから」
朝も早い時刻であっても、クランクバルドの令息が道端で声をかければ、すぐに最上級の馬車が用意された。礼儀正しい御者が重々しい扉を開いてくれる。二人にとっては父親のような年齢の御者だったけれど、彼の緊張がひしひしと伝わって来た。ユミラを乗せるということが、それだけの意味を持つのだろうか。けれど、レヴィシアは御者のそんな態度を見ても、まあいいやと思っただけだった。
いつも使う、安くて粗末な辻馬車とは格が違い、腰かけはふかふかだった。きょろきょろと落ち着かないレヴィシアとは対照的に、ユミラは優雅に腕を組んでいた。
「これから向かうのは、ルースケイヴ卿のお屋敷だ」
「ルースケイヴ?」
「そう。この町に邸宅を置く貴族の中では当家に次ぐ有力貴族だ。……ただ、僕の祖母がルースケイヴ卿を毛嫌いしていて、僕が彼らと親しくするのをよく思われなくてね。父は別で、表面上の付き合いはしているようだけれど」
ユミラの祖母は、心優しく純粋なユミラがかわいいのだろう。そんな俗物に染まってほしくないからこそだ。なんとなく、気持ちがわからなくもない。
「ちなみに、ユミラ様はどうなの? ルースケイヴって人、嫌い?」
「嫌いかと訊かれると、まあ……特別好きとは言えないかな。でも、調子のいいメンテナール卿も苦手だし、それを言ってしまうと、スティング卿も捕まると長くて、ちょっと……」
「ユミラ様、貴族に向いてないんじゃない?」
「……そうかも」
そんな話をしているうちに、ルースケイヴの屋敷の敷地に差しかかっていた。中に潜むのは、蛇か悪魔か。
しかし、勢いでここまでやって来たものの、どう切り出せばよいのだろう。まさか、正面切って人攫いですかと尋ねることもできない。
「どうやって探ろうか?」
屋敷の前で、使用人たちが客人の馬車の到着を待ち受けている。それが迫るにつれ、レヴィシアは少し早口になった。
「じゃあ、ユミラ様がそのルースケイヴって人の相手をしてる間に、あたしがお屋敷の中を探索する。だから、なるべく注意を引いておいてね」
「駄目だ。そんな危ないことはさせられない」
「あの、危ないの承知で来たんだけど」
「君はあくまで僕の連れだ。レヴィシア、君自身に卿が敬意を払ってくれるとは限らない。使用人にしか見えない君が不審な動きをすれば、すぐに罰を与えるかも知れない。とにかく、それは危険だから止めてくれ」
レヴィシアがユミラの言葉の意味を知るのは、このすぐ後のことだった。だから今はまだ、不満げにユミラを見遣る。けれど、ユミラは譲らなかった。
「僕のそばを離れないように。とにかく、慎重に行こう」
カラカラカラカラ、と規則正しく回る車輪の音と振動の中、レヴィシアは不満げに口を尖らせていたが、ユミラは頑として引かない。
「わかったよ……」
ため息混じりに、レヴィシアは折れた。
敬語を使わなくなっても、レヴィシアは『ユミラ様』と呼んでいます。ただ、これは敬意の表れではなく、あだ名的な感覚で呼んでいます(笑)




