〈19〉親の仇
「ねぇねぇ、わたしたちって、いつまでここにいなくちゃいけないのかな?」
突然、シーゼがそんなことを言った。
ルテアも正確にはわからないが、捕まった日を入れて多分二日は経っている。シーゼはその少し前で、リュリュが一番最初だ。
この部屋はもともと、本当に使用人たちのための部屋だったのだろう。掃除などはされていないが、かろうじて風呂はあるし、着替えはもとから持っている。シーゼの服も自前のものが一緒に放り込まれているようだ。リュリュだけは着替えがなく、仕方がないのでシーゼはリュリュの服を洗濯し、自分のぶかぶかの服をリュリュに着せた。乾くまでは仕方がない。
それにしても、外の光に触れられないことにこれだけのストレスがあるとは知らなかった。
不安や苛立ちが、日々色濃くなる。シーゼが先ほどもらした言葉も、その表れだろう。
「もう少し人数が集まってから、とか考えてるのかな?」
「その前に、俺の仲間が助けに来る」
シーゼは小さく、うん、とうなずく。
この時、リュリュは昼寝をしていた。また、リボンが解けたと言って泣き出さなければいいが。
「しっかし、貴族が人身販売なんて、どういうことだ? 金なんて余ってるだろ?」
ため息混じりにルテアが言うと、シーゼは苦笑した。
「すべての貴族がお金持ちだなんて考えちゃ駄目よ。貴族なんて見栄っ張りだから、見かけだけ派手に繕って、実はそのせいで借金がかさんで没落することだってあるんだから」
そう言われてみると、この屋敷に使用人がいないのは、雇う金がないからだろうか。怪しげなことをしているから暇を出したのかと思ったが、逆なのかも知れない。
「詳しいんだな、シーゼは」
ルテアは十六年間、ルイレイルでのことを除けば、貴族と関わったことなどなかった。シーゼの方が年長で、用心棒などをして来たから知っていただけのことかも知れない。彼女のことも、リュリュと同様にまだよく知らなかったのだと気付いた。
「ずっと、用心棒とか傭兵稼業で食って来たのか?」
なんとなく、そう尋ねた。シーゼは少し笑ってうなずいた。
「そうよ。かれこれ五年かな」
腕の良し悪しはわからないが、五年間続いているのなら、それなりの腕なのではないかと思った。多少、抜けている部分があるような気もするが。
「ふぅん。次の契約がないなら、俺たちの仲間にならないか?」
「え?」
「人手が必要なんだ。よければ――」
駄目でもともと。言うだけ言ってみる。
けれど、シーゼは驚くほど真顔になっていた。にこやかな彼女にしては珍しいくらいに。
「シーゼ?」
この反応は普通なのかも知れない。争いを望んではいないけれど、理想を実現するには戦うことを求められる。兵士といえど、同じ国民同士。傷付けるなんて嫌だと言われれば仕方がない。
無理強いはできなかった。
「ごめん、忘れていいから」
すると、シーゼはようやく笑った。どこか憂いを帯びた笑みだった。
「うん、そうね。多分、わたしは仲間にはなれないと思う」
「残念だけど、俺たちレジスタンスは、シーゼにはよく思われていないみたいだな」
努めて明るい口調でルテアは言った。
「すべてのってわけじゃないの。ルテアのことだって、レジスタンスだけどいい子だと思ってるし」
子供扱いされたが、まあいい。彼女には彼女なりの事情があるのだろう。
尋ねるつもりはなかったけれど、シーゼは言った。
「レジスタンスって、親の仇なのよね」
「え!」
思わず声を上げてしまった。リュリュを見遣ったが、リュリュはすやすやと眠っていたのでほっとした。シーゼはようやくクスクスと笑う。
「うそうそ。ごめんね」
「あのなぁ」
「ほんとはね、恋人の仇」
「…………」
「あ、信じてないでしょ」
「ない」
「うん。まあ、嘘だし」
何か、はぐらかされただけだった。
シーゼは話題を変えようとしたのか、リュリュの寝顔を眺めながら言う。
「そういえば、リュリュのリボンって、シルクなのよ。刺繍も絹糸で豪華だし、着ている服は普通なのにね。特別裕福でもないと思うんだけど、お兄ちゃん、奮発したのかな?」
「そんなの奮発して買うくらいなら、美味いもん食わせてやった方がよくないか?」
すると、シーゼはあきれたような目をルテアに向けた。
「駄目ね、ルテアは。リュリュは小さくても女の子なんだからね。可愛くしてたいの。そんなこともわからないんじゃ、好きな子にプレゼントなんてしたことないんでしょ?」
ないけど、という一言をルテアは飲み込む。
そんなにも嬉しいものなのだろうかと、しばらく真剣に考え込んでしまった。




