放課後のスケッチブック 中
あれから、私たちはよくグラウンド横の芝生で会うようになった。
私は、学校の風景を描き、内海くんはグラウンドにカメラを向けて写真を撮って。
横に並んで座っても、それぞれが作業をしていて、最初に挨拶を交わした程度で他には何も話さない日もあった。
もちろんいつもそうではない。話す日もある。
最初は、何を描いてるとか、いつから絵を描き始めたりカメラを始めたのかとか、きっかけとか、そんな絵やカメラについてだったけれど、最近では今日何があったとか、好きなテレビの話とか・・・そんなことを話したりしていた。
放課後の、そんな交流が約二週間くらい続いた今では、そんな他愛のない会話がなんだか楽しくいと感じるようになって。放課後になるのをうずうずと待っている自分がいる。
まあ、相変わらず何を考えているのかはあまり分からないんだけど、でも、よく見れば表情だって柔らかだし、あっさりとした物言いで突き放したように聞こえるけど、話してみればそんなことはない。落ち込んでいるときには、優しい・・・とまではいかなくても、私のこと考えて話をしてくれる。
時々、素直すぎてこちらがどう反応すればよいか分からなくなるときはあるけどね。
「それでね、先輩が」
「土曜日に誘ってくれたんでしょ?もうそれ三回目だよ」
「そ、そうだっけ?」
頬を染めながら、先輩とのデートについて報告するせいら。
相変わらず可愛いなあ。
前から可愛いとは思っていたけど、好きな人ができたことで、好きな人と一緒にいられるようになったことで、前よりもっともっと可愛いと思うようになった。
よく笑う子だったけれど、今はさらによく笑っていると思う。もちろん、けんかしたとかで落ち込むときも多いけれど、でも表情が前よりずっと豊かになった。
顔を赤くして、笑うせいら。それに対して私は・・・こんなに可愛く笑う方法なんて知らない。
男の子は、やっぱり可愛い女の子の方が好きだよね。
私とせいらだったら・・・内海くんはやっぱり、せいらの方を可愛いと思うよね。
「・・・・・・」
「それでね、・・・」
「・・・・・・」
「純ちゃん?」
「・・・・・・。あれっ?」
(私、今何考えた?)
内海くんは今全く関係ない。
今はせいらのこと考えてたんだから。どうして今内海くんが出てきたの?
な、なんだか分からないけど恥ずかしくて、頭を大きく振った。
「純ちゃん、どうかした?もしかして、先輩の話いやだった・・・?」
「え?あ、そんなことないよ!そうじゃなくって・・・」
まずいまずい、せいらに勘違いさせちゃいそう。
ちゃんと弁解しなきゃと思うのに、廊下の向こう側から歩いてきた一人の男の子から視線を外すことができない。
内海くん。
そういえば、放課後に会うようになってから、廊下ですれ違うことは全くなくなった。
だからこうして、学校内で会うのは久しぶりだ。
たった今考えていたばかりだからなんだか恥ずかしいけれど、でもせっかく会ったんだから、声を掛けようと近づいていく。
「内海く・・・」
手を挙げて、いつものように、軽く挨拶しようとして。
だけど、彼は私の横をスッと通り過ぎていった。
あれ?
振り向くと、既に小さくなった彼の背中。
おかしいな、聞こえなかったのかな。
・・・あんなに近くで声を掛けたのに?
「純ちゃん、どうしたの?」
「え?あ・・・」
「あれ、5クラスの内海くんだよね?カメラ好きで有名な。純ちゃん、友だち?」
「と、友だちっていうか・・・」
放課後にちょっと会って話をする関係、これは友だちって言うんだろうか?
「前髪、もうちょっと切ると良いのにねえ。あれじゃあ目が悪くなりそう」
「そ、そうだね・・・」
「それに、写真撮るとき、前髪邪魔になりそうだよね」
「あ、そ、それは・・・」
「わ、予鈴だ!・・・あ、ごめん純ちゃん、何か言いかけたよね」
「う、ううん、何でもない。行こ!」
前髪はね、私もそう思って、2日目くらいに話したんだよ。そうして、結局その時に私がピンを二本あげたんだ。
それから、彼はいつも私の前じゃ、前髪を上げてカメラのレンズをのぞいてる。
知ってる?せいら。男の子が前髪をピンで上げると、ちょっと可愛いんだよ。
でもそのことは、せいらには言えなかった。なんだか・・・秘密にしておきたくて。
放課後に、さっきのこと聞いてみよう。なぜだか不安になる気持ちを落ち着けるよう、そう思いながら、教室に急いだ。
だけど。
だけど内海くんは、その日の放課後、いつものグラウンド横の芝生には来なかったんだ。
どうして来なかったんだろう。
どうして、どうして、どうして?
昨日から、どうして、ばかりが頭を渦巻いている。
「・・・純ちゃん、大丈夫?なんだか顔色が・・・」
「大丈夫だよ。ちょっと寝不足なだけ。心配しないで」
「そう・・・?」
心配そうに顔をのぞき込むせいら。
ごめんね、言えないんだけど・・・やっぱり昨日のことが頭から離れなくて。自分でも意外だけど、思ったより落ち込んでいるみたいだ。
「ほら、次体育でしょ?早く移動しないと・・・」
「純ちゃん?」
既視感を覚える。昨日も、この辺りを歩いていたとき、あちらから歩いてきた。
内海くん。
今日は、ちゃんと声が届くだろうか。
近くになっても、内海くんが私を見ることはない。
この距離なら、視界には入っているような気がするんだけど。
「内海くん」
「・・・・・・」
「内海くん、昨日どうして来なかったの?」
「・・・・・・」
全く反応を見せない内海くん。
聞こえていて、無視している。きっと、昨日のあれもだ。
どうして?
昨日と同じく、私の横をすり抜けていく内海くん。
でも今日は、私だってただ黙って見逃すわけにいかない。
「ちょっと、内海くん!」
「・・・・・・」
「もうっ」
私の方を向いてほしい。その思いで、肩を掴んだ。
こちらを振り向かせる。
ようやく、私の方を向いた。
「話しかけないで」
「・・・え?」
「手を離して」
「・・・・・・」
言われたままに、というか驚いて、思わず肩から手を離す。
すると、また私に背を向けて歩いて行ってしまった。私の方を一度も見ることもなく。
「え、え、どうしたの」
「・・・・・・」
「純ちゃん、内海くんとどうかしたの?・・・純ちゃん?」
せいらが何か言っているけど、耳から耳へと流れていってしまって、頭に入ってこない。
「あ、た、体育行かなきゃね・・・」
「純ちゃん」
「行こ」
何も考えたくない。
せいらが何か言いたげにこちらを見ていることは知ってるけど、ごめん、私も何が何だか分からなくて。
私たちはそのまま、体育館へと向かった。
私は、それからグラウンド横に行くことはなくなった。
行きたい気持ちもある。だけど、内海くんがいたら?何を話せばいい?・・・話しかけないでと言われたんだから、話しかけない方がいい?
どうして突然そんな風に私を突き放すのか、全く見当がつかなくて。
会うのが怖いんだ。
会うのが怖い。会って話すのが怖い。内海くんのことを考えるのが怖い。
それなのに。
(すぐに見つけちゃう)
(あ、避けないと・・・ほら、当たっちゃったじゃない)
グラウンドでサッカーをしている5、6組。
あんなに人数がいても、すぐに見つけてしまうくらいには内海くんの姿を覚えてしまったんだろう。
ちょうどすぐ下にグラウンドが見える私の教室、それがラッキーなのかアンラッキーなのか。
でも、今は考えたくないのにすぐに見つけちゃうんだから、やっぱりアンラッキーなのかな。
(やっぱり運動神経、あんまり良くないんだ)
さっき見た光景を思い出す。
誰かが蹴ったボールを顔面で受け止めていた内海くん。
(漫画じゃないんだから)
シュートじゃなくて近くの人が、きっと違う人に出したパス。
その軌道になぜか入り込んできて、顔面にバーンと当たっちゃったボール。
絶対あれは痛いだろうなあ、どこ当たったんだろう、前歯とか折れてなきゃいいけど・・・。
とは思いつつ、漫画のような展開に、ボールが当たった瞬間くすっと笑ってしまったのは事実。
心の中でごめんなさいとわびた。
(・・・あれ?)
体調が悪かったのか、さっきからグラウンド横に座っていた女の子が走ってきて、内海くんに寄り添った。
・・・寄り添った?
見ていると、そのまま付き添って一緒に歩いて校舎の方へと向かっていく。
どこか怪我でもしたのかな。っていうか・・・内海くんに、寄り添う、女の子?
だって、そんな、最初から内海くんは有名人で、カメラオタクってみんな、遠巻きに見ているだけで・・・。
女の子と一緒のところなんて見たことない。
いや、あの、もし怪我したのなら、まあ付き添ってもらった方が良いんだろうけど、だけど・・・。
「なんか嫌だ」
「そうか。先生も授業を聞いてもらえないのは嫌だなあ、小川」
「え!?」
気がつけば、横には数学の広沢先生。
まっず!
「放課後、プリント3枚な」
「・・・・・・はい」
仕方ない、私がよそ見していたのが悪いんだもんね。
頭を下げつつ、それでもやっぱり気になって、先生から見えないようにちらと窓の外を見てみるけれど。
もう内海くんと女の子は見えなかった。