魔鏡の神託『悪役皇女を過労死から救うため、無能な弟を生贄とする』
「エレオノーラ。お前を次期皇帝の座から除外する!」
建国以来最大の繁栄を誇るガルディニア帝国の謁見の間。
豪奢な大理石の床に冷たい声が響き渡った。
声の主は、私の義理の弟であるルドルフ。派手な金の刺繍が入った衣装に身を包み、傲慢な笑みを浮かべて私を見下している。
彼の背後には、かつて私に揉み手をして泣きついてきた大臣や貴族たちが、一転して勝ち誇ったような顔で並んでいた。
「……それは、私を次期皇帝の座から排し、この国から追放するということでしょうか?」
私はあえて悲痛な表情を作り、声を少し震わせてみせた。
目の下にできた濃い隈を隠すための化粧が、いかにも「絶望に打ちひしがれた悲劇のヒロイン」らしく見せているはずだ。
「そうだ! 往生際が悪いぞ、エレオノーラ! 先帝陛下が崩御された今、この帝国の正当なる後継者を決めるのは、我が国に伝わる最高位の国宝『真実の魔鏡』のみ。そして、先ほど行われた儀式の結果は明白だ!」
ルドルフが仰々しく指さしたのは、壇上に鎮座する巨大な鏡だった。
精緻な銀の装飾が施されたその鏡の表面は、私が触れた瞬間に禍々しい赤色の光を放ち、ひび割れるような音を立てて私を拒絶した。
しかし、その後にルドルフが前に立つと、鏡はまるで祝福するかのように神々しい黄金の光を放ったのだ。
「魔鏡はお前を『皇帝の器にあらず』と拒絶し、この俺を次期皇帝として選定した。有能ぶって国政を牛耳っていたようだが、所詮はお前など偽物の女王、いや、帝国の寄生虫に過ぎなかったということだ! さあ、今すぐその薄汚れた身一つで国から出て行くがいい!」
「……わかりました。魔鏡の信託と、新皇帝となられるルドルフ様の決定であれば、私は従うほかありません。」
私は深くうつむき、肩を震わせた。
周囲の貴族たちから「ふん、ざまあみろ」「女のくせに調子に乗るからだ」「これでようやく我らの時代が来る」という嘲笑の囁きが聞こえてくる。
(――やったあああああああああああ!!! やっと、やっとこの超絶ブラック労働から解放されるわーーーー!!!)
うつむいた私の顔に浮かんでいたのは、絶望ではなく、歓喜に歪んだ限界突破の笑顔だった。
内心で全力のガッツポーズをキメる。
私はこのガルディニア帝国の第一皇女として生まれ、病床に伏せっていた先帝(実父)に代わり、ここ数年間、帝国のすべての政務をワンオペで回してきた。
内政の書類仕事、予算の分配、地方領主たちの利権調整、さらには隣国との命がけの外交交渉――。
毎日の平均睡眠時間は3時間。ここ3ヶ月にいたっては、まともな休日など1日たりともなかった。
「影の女王」などと畏怖されていたが、その実態は、ただの「死にかけの超絶ブラック社畜」である。
私が必死に働いている横で、義理の弟であるルドルフや、怠惰な貴族たちは毎日夜通しで酒宴を開き、国費を湯水のように使い込んでいた。
私が「これ以上の予算の浪費は破綻を招きます」と進言しても、彼らは「うるさい、ケチな女だ」「これだからお前は器が小さいのだ」と鼻で笑うだけ。
そんな限界生活を送っていた私に、降って湧いた「追放宣告」。
しかも、国宝の魔鏡がお墨付きをくれたというのだから、これ以上ない合法的な退職届の受理である。
「では、私はこれにて失礼いたします。皆様、どうぞこれからのガルディニア帝国をよろしくお導きくださいね。」
私は丁寧に一礼すると、足早に謁見の間を後にした。
背後でルドルフたちの「ハハハ! 負け犬が逃げていくぞ!」という笑い声が聞こえたが、今の私には心地よい祝福の鐘の音にしか聞こえなかった。
自室に戻るやいなや、私は用意していた旅支度の魔導鞄を開いた。
そして、執務机の隠し引き出しから、あるものを取り出す。
それは、私がこれまで構築してきた「帝国の全財政データ」「物流ネットワークの暗号鍵」「魔獣防衛線の結界維持システム」といった、国家の根幹を成す魔導データ結晶だった。
「引き継ぎ? するわけないじゃない。だって私は『無能として追放された』んだもの。無能な私が持っていたデータなんて、新皇帝のルドルフ様には必要ないわよね。」
すべての重要データを結晶に吸い上げ、私の脳内にあるノウハウも完全にロックする。
これまでの仕事はすべて私の個人的な能力と魔力で強引に回していた「属人化の極み」のようなシステムだ。私が抜けたらどうなるか――そんなこと、私の知ったことではない。
「さようなら、ブラック帝国! 私は世界一ホワイトな国で、最高のバカンスを楽しませてもらうわ!」
私は夜闇に紛れ、長年私を支えてくれた数少ない忠実な従者たち(彼らにも事前に「退職金」を渡して巻き添えを食う前に逃がした)と共に、帝国の国境を越えた。
目指すは、大陸の北方に位置する「ドラゴニア皇国」。
通称、世界一ホワイトな竜の国である。
◆
「う、美しい……。これが、年中温暖で、労働基準法が完備されているという竜の国……!」
国境を越え、ドラゴニア皇国の領土に入った瞬間、私はその光景に目を奪われた。
ガルディニア帝国は常に煤煙と重苦しい空気に包まれていたが、ここは違う。澄み渡る青空、豊かな緑、そして街を行き交う人々(人間もいれば、角や尾を持つ竜人族もいる)の表情は、一様に明るく、活気に満ちあふれている。
何より驚いたのは、街の時計塔が夕方の5時を指した瞬間だった。
「お疲れ様でしたー!」「また明日な!」という声と共に、一斉に商店や役所の窓口が閉まり、人々が笑顔で酒場や家へと帰っていくのだ。
「素晴らしい……! 残業がない! 定時退社が実在するなんて、ここは天国かしら!?」
私は感動のあまり涙ぐみながら、事前に予約していた高級リゾートホテルのテラス席で、極上のフルーツパフェを堪能していた。
ここ数年、食事といえば執務机の上で冷め切ったスープを流し込むだけだった私にとって、太陽の光を浴びながら食べる甘味は、五臓六腑に染み渡る美味しさだった。
「はぁ、幸せ……。もう一生働きたくないわ……」
ベッドにひっくり返り、ふかふかの枕に顔を埋める。
誰にも邪魔されない睡眠。3時間でアラームが鳴らない幸福。
私は泥のように眠り、翌朝は小鳥のさえずりで目が覚めた。時計を見ると、なんと朝の10時。
「12時間も寝てしまった……!」と一瞬パニックになりかけたが、「あ、私、無職だったわ」と思い出して再びベッドに潜り込む。この背徳感、最高である。
そんな自堕落で最高なバカンスを満喫して一週間が経った頃。
ホテルの庭園で読書をしていた私の前に、一人の男性が現れた。
「――君が、エレオノーラ・フォン・ガルディニア皇女殿下だね?」
その声の心地よい低音に、私は思わず顔を上げた。
目の前に立っていたのは、息を呑むほどに美しい男性だった。
燃えるような真紅の髪に、深い琥珀色の瞳。均整の取れた高い体躯からは、隠しきれない圧倒的な覇気と気品が漂っている。そしてその頭部には、漆黒の美しい角が生えていた。
「……ドラゴニア皇国の、竜王陛下……?」
私は本を落としそうになりながら、立ち上がった。
間違いない。大陸最強の存在にして、このホワイト国家を統べる若き至高の王、アルド・レグザ・ドラゴニア陛下その人だった。
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。私はただ、我が国に滞在している高名な『影の女王』に挨拶をしたくてね。」
アルド陛下は優雅に微笑み、私の前に腰を下ろした。
護衛の騎士たちも連れず、あまりにもフットワークが軽い。
「影の女王だなんて、過去の話です。私は無能として国を追放された、ただの哀れな亡命者ですよ?」
「無能、か」
アルド陛下はふっと鼻で笑った。その瞳には、すべてを見透かすような知性が宿っている。
「ガルディニア帝国の国家予算、物流、防衛のすべてを一人で回していた人間を『無能』と呼ぶなら、この世の人間はすべて木石以下だな。君が国を出てから、あそこがどうなっているか、耳に入っているかい?」
「いいえ、全く。バカンスを満喫するのに忙しかったので」
「相変わらず肝が据わっている。君が抜けたガルディニアは、今、凄惨なことになっているよ。国家財政は破綻寸前、暗号化された物流データが誰も開けず流通がストップ。さらに、君が維持していた防衛結界が消失したことで、国境付近には魔獣の群れが押し寄せているらしい。」
「まあ、大変。でも、新皇帝のルドルフ様は優秀な方ですから、きっと何とかされるでしょう。」
私が完全に他人事としてお茶をすすると、アルド陛下は呆れたように、しかし愛おしそうな眼差しを私に向けた。
「エレオノーラ。君は自分を安売りしすぎだ。あんな泥船のために、君ほどの才能が毎日3時間睡眠で使い潰されていたと聞いて、私は胸が痛んだ。……いや、怒りすら覚えたよ。」
「え……?」
「我が国は、優秀な人材を何より重んじる。そして、過酷な労働環境で苦しんできた美しい女性を、そのままにしておくほど私は冷酷ではない。」
アルド陛下は突然、私の手を優しく取り、その甲にそっと唇を寄せた。
「エレオノーラ、我が宮廷へ来るといい。君に仕事はさせない。ただ、美味しいものを食べ、美しい服を着て、好きなだけ眠り、私に甘やかされる――そんな生活を君に提供したい。いや、私が君を愛したいんだ。」
「は、はいぃぃ!?」
あまりにも直球すぎる求愛(?)に、私の脳内処理が追いつかない。
大陸最強の竜王陛下が、初対面(に近い)の私に対して、何を言っているのだろうか。
「陛下、私は追放された者ですよ? 隣国とのトラブルになる可能性も……」
「トラブル? 望むところだ。我が竜の軍勢の前に、あんな崩壊寸前の帝国など一揉みにもならん。君はただ、安心して私に寄り添っていればいい。」
アルド陛下の琥珀色の瞳に、本気の熱が灯っているのが見えた。
こうして、私の「世界一ホワイトな国での、竜王陛下による過保護な溺愛生活」が幕を開けたのである。
◆
それからの日々は、まさに夢のようだった。
ドラゴニア皇国の王宮に迎えられた私は、最高級の客室を与えられた。
朝は私が起きるまで誰も起こしに来ない。朝食は、アルド陛下が自ら「エレオノーラ、今日は君の好きなタルトを用意させた」と、部屋まで持ってきてくれる。
「陛下、王様がそんなに頻繁に私の部屋に来ては、国政に障るのでは……」
「問題ない。我が国の官僚組織は非常に優秀で、権限移譲が進んでいる。私が一日中君を甘やかしていても、国は一ミリも揺るがない。これぞ真のホワイト国家だ。」
アルド陛下はそう言って、私を贅沢なソファに座らせ、自ら私の髪を梳かしてくれる。
彼の大きな手はとても暖かく、触れられるたびに、私のガチガチに凝り固まっていた心と体が、じわじわと解きほぐされていくのがわかった。
「エレオノーラ、少し肌が白すぎるな。もっと栄養のあるものを食べさせなくては。今日は最高級の魔力ハニーを使ったお菓子を用意しよう。」
「もう、陛下。これ以上食べたら太ってしまいます。」
「少しふっくらしている方が可愛いさ。君は今まで削られすぎていた。私がその細い身体を、たっぷりの愛で満たしてあげる。」
耳元で囁かれる甘い言葉に、私の顔はすっかり赤くなる。
冷徹な「影の女王」だったはずの私が、アルド陛下の前では、ただの初心な少女のように翻弄されていた。
至れり尽くせりの環境で、美味しいものを食べ、愛されて過ごすうちに、私の目の下の隈は完全に消え去り、肌は真珠のような輝きを取り戻した。髪も艶やかになり、以前よりもずっと美しくなったと、侍女たちからも大絶賛されている。
そんな、極上の幸せに浸っていたある日のこと。
「――エレオノーラ様! 大変です!」
部屋に飛び込んできたのは、私の専属侍女だった。
「どうしたの? そんなにあわてて」
「ガルディニア帝国からの使者が……いえ、新皇帝のルドルフ一行が、ボロボロの姿で我が国の謁見の間に押し掛けてきているのです! エレオノーラ様に会わせろと、門前で泣き叫んでおいでで……」
「ルドルフが?」
私はアルド陛下と顔を見合わせた。
「ふん、不法侵入同然だな。追い返してもいいが……エレオノーラ、どうする?」
「そうですね……。一応、かつての義弟ですし、どんな顔をしているのか、少しだけ見てみましょうか。」
私は不敵な笑みを浮かべた。
ここらで一発、きっちりと「前職の退職処理」を終わらせる時が来たようだ。
◆
ドラゴニア皇国の広大な謁見の間。
そこには、かつての栄華の影もない、無惨な姿の一行がいた。
「エレオノーラァァァ!! 戻ってこい! 戻ってきて責任を取れぇぇぇ!!」
叫んだのはルドルフだった。
かつてのきらびやかな衣装は泥と埃で汚れ、破れている。髪はボサボサで、顔は恐怖と疲労で引きつっていた。彼の後ろにいる大臣たちも、まるで物乞いのように地面にひれ伏している。
「あら、ルドルフ様。それに大臣の皆様。そんなみっともない姿で、一体どうされたのですか?」
私はアルド陛下の隣、王妃の席にも等しい特等席に腰掛け、優雅に扇子を広げた。
今の私は、仕立ての良い最高級のドレスを纏い、肌はツヤツヤ、生命力に満ちあふれている。泥まみれの彼らとは、あまりにも対照的だった。
「どうされたのですか、ではない! お前が国を出てから、帝国は滅茶苦茶だ! 財政は完全に破綻し、役人どもはストライキを起こし、国境の結界が解けて魔獣の群れが都のすぐ近くまで押し寄せているんだぞ!」
「おや、それは大変ですね。でも、私は『無能』として追放された身。次期皇帝であられる優秀なルドルフ様が、その素晴らしい才能で解決すればよろしいのでは?」
「できるわけがないだろう!」
ルドルフは逆ギレして叫んだ。
「お前が持っていた金庫の鍵も、物流の暗号も、結界の維持方法も、誰も分からないんだ! お前が嫌がらせで全部持ち逃げしたからだ! この悪女め、早く帝国に戻って、毎日24時間働いてすべてを元通りにしろ! これは命令だ!」
相変わらずのブラック思考。反省の色が全くない。
横に座るアルド陛下の全身から、凄まじい威圧感(竜圧)が放たれ、謁見の間全体の空気が凍りついた。ルドルフたちはその圧力にガタガタと震え出す。
「我が婚約者に対して、ずいぶんと不敬な口を叩くではないか、羽虫風情が」
「ひっ、ひぃぃ!? 竜、竜王……!」
「エレオノーラはもう我が国の人間であり、私の最愛の妻となる女性だ。お前たちの奴隷ではない。今すぐその首を撥ねてやってもいいのだぞ?」
「ま、待ってください! 我々も、ただ無理を言いに来たわけではない! これを見ろ!」
ルドルフが必死の形相で差し出したのは、彼らが命がけで帝国から持ち出してきたという、あの国宝『真実の魔鏡』だった。
大型の鏡は、何故か不気味な紫色の光を放ち、ぶるぶると小刻みに震えている。
「この魔鏡が、お前を追放した直後から、奇妙な神託を出し始めたんだ! 何を試しても消えず、ただお前の前でしか完全な開示をしないというメッセージが出て……! これを解明すれば、お前も戻る気になるはずだ!」
「ふむ……魔鏡の神託ねぇ」
私は立ち上がり、壇上から降りて魔鏡の前に歩み寄った。
アルド陛下も、私を守るようにすぐ後ろに付き従う。
「『真実の魔鏡』よ。私を拒絶し、ルドルフを選んだ貴方が、今更私に何の用かしら?」
私が鏡の前に立つと――その瞬間、魔鏡が爆発せんばかりの、眩いばかりの純白の光を放った。
そして、鏡の表面に、流れるような美しい古代文字が浮かび上がり、謁見の間全体に、重厚で厳かな「神の音声」が響き渡った。
『――開示する。真実の神託を』
ルドルフは「ほら見ろ! お前を糾弾する神託に違いない!」と勝ち誇った顔をしたが、次の瞬間、流れた言葉は、あまりにも残酷で、そしてあまりにも衝撃的な『真実』だった。
『【次期皇帝選定の儀式における合理的判断の記録】
対象:エレオノーラ・フォン・ガルディニア。
状況:毎日の睡眠時間3時間。過度なストレス、栄養失調、および周囲の無能どもによる精神的搾取により、推定残存寿命は【残り3ヶ月】であった。このまま彼女が皇帝に即位した場合、確実に過労死ルートを辿り、帝国の完全な崩壊を招くと予測された』
「え……?」
私は思わず声を漏らした。
ルドルフも、大臣たちも、呆然と目を見開いている。
魔鏡の音声は、淡々と、しかし容赦なく続けられた。
『したがって、当魔鏡は、有能すぎる彼女を【過労死から絶対に救う】ため、ガルディニア帝国の全権力を彼女の手から剥奪し、強制的に有給休暇へ送り出すことが最優先であると判断。
そのための生贄(使い捨ての贄)として、最も頑丈で、最も知能が低く、どれだけ酷使しても精神的ダメージを受けない無能な弟・ルドルフを次期皇帝として選定した』
「な……ななな、何だってぇぇぇぇ!?」
ルドルフの絶叫が響き渡った。
「俺が選ばれたのは、優秀だからじゃなくて、ただの使い捨ての生贄だったってことかよ!?」
『追伸。エレオノーラが世界一ホワイトな竜の国に亡命し、大陸最強の竜王に溺愛され、寿命が大幅に延びたことを確認。当魔鏡の目的は完全に達成された。なお、ガルディニア帝国は予定通り崩壊するが、彼女の命の価値に比べれば、有象無象の国家一つなど、誤差の範囲である。以上』
パリン、と小気味よい音を立てて、魔鏡は完全に機能を停止し、ただの普通の鏡に戻った。
謁見の間は、静まり返った。
あまりにも残酷な『真実』。
すべては、私を過労死から救うための、鏡の超・合理的で、超・過保護な判断だったのだ。
「ぷ、ククク……ハハハハハ!」
静寂を破ったのは、アルド陛下の爆笑だった。
「素晴らしい! あの鏡は実に優秀だな! エレオノーラ、お前を救うために国を一つ生贄にするとは、なかなか骨のある国宝だ!」
「そ、そんな……。私を救うためだったなんて……」
私は呆然としつつも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。先帝が遺してくれたあの鏡は、本当に私のことを守ろうとしてくれていたのだ。
「エレオノーラァァ! 頼む、嘘だと言ってくれ! 戻ってきてくれぇ!」
ルドルフが涙目になりながら私の足元に縋り付こうとしたが、その前にアルド陛下が彼の前に立ちはだかり、冷酷な視線で見下ろした。
「神託は下った。お前たちの役目は、彼女を救うための使い捨ての贄だ。大人しく、自分たちが作った泥船と共に沈むがいい。」
「ひ、ひぃぃぃ!」
「衛兵、この哀れな生贄どもを我が国から叩き出せ。二度と敷居を跨がせるな!」
「はっ!」
屈強な竜人の騎士たちに引きずられ、ルドルフたちは「そんなのあんまりだー!」「助けてくれー!」と叫びながら、無様に連れ去られていった。
その後、ガルディニア帝国が完全に崩壊し、周辺の善良な領民たちはドラゴニア皇国が保護・吸収したことで、悪徳貴族たちだけが路頭に迷うことになったのは、また少し後の話である。
◆
「――さて、邪魔者も消えたことだし、バカンスの続きをしようか、私の可愛い女王?」
謁見の間から戻った自室で、アルド陛下は私を後ろから優しく抱きしめた。
彼の大きな手が私の腰を包み込み、首筋に心地よい吐息が触れる。
「陛下……私、もう影の女王ではありませんよ?」
「ああ、これからは私の国の、本物の王妃だ。仕事のことなど一切考えなくていい。明日は君を、国内で一番美しいと言われる隠れ家温泉へ連れて行こう。もちろん、極上のマッサージ付きだ。」
「温泉……! 素敵ですね!」
私はアルド陛下の胸に身を預け、幸せなため息をついた。
かつて毎日3時間睡眠で、死にかけながら働いていた私は、もうどこにもいない。
世界一ホワイトな竜の国で、大陸最強の竜王陛下に、これでもかと甘やかされる日々。
これからは、彼の溢れんばかりの愛をたっぷりと受け取りながら、世界一幸せな王妃として、おねだりと朝寝坊を大満喫するつもりだ。
私の人生の大逆転ハッピーエンドは、まだ始まったばかりなのだから。
(終わり)




