第3話 No one knows/05
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パンドラ・グローブ/地下遺構内/ボスフロア。
ヘロンは、仕留めた自動防衛装置の残骸にめり込んだスーパースレッジを引き抜いた。
脚をすべて失い、破砕された装甲から内部機構を晒した巨体は、もはやピクリとも動かない。
ミサイルの雨も、機銃の一斉掃射もジャックハマーで叩き落とした。
虎の子だったらしい光学兵器――おそらく高圧レーザー――は、フロアからの給電を封じた時点で沈黙した。
あの図体では、内蔵の処理機関だけで出力を賄えないと踏んだ読みが当たった。
しょせんはパターンだ。
結果、連れてきたギルドのメンバーに犠牲は一人も出なかった。
だが、その上々の戦果にもかかわらず、ウー・シェイフー――。
またの名を罪の男と呼ばれる男の機嫌は悪いままだった。
コクピットのモニタ越しに獲物を見下ろしていたウーの耳に、ゴン、と重い衝撃音が届く。
フロア全体が揺れた。
壁の奥で巨大な機構が作動している。
ヘロンの内部フレームにも微振動が伝わってくる。
数分。
やがて振動が止まり、数秒の静寂。
再び、ゴン、と鈍い音。
右手の壁面が、巨大なシャッターのように上方へと吸い込まれていく。
その奥に、暗い通路が口を開けた。
「――やっぱり、趣味丸出しのダンジョンゲームじゃねぇか」
吐き捨てると、ウーはトニーを呼び出す。
「トニー。 今日は終いだ。 戻るぞ」
『まだ進めるかと思いますが、いいんですか?』
「いんだよ。 到着、直行で連盟のママゴト片付けてやったんだ。 文句は言わせねぇよ」
舌打ち。
「それに、こりゃゴールなんざねぇぞ。 進むだけ無駄だ」
渡されたマップ。
そして実際に潜った感触。
ウーは確信していた。
ブラックアウト以前、まだ子供だった頃に熱中した携帯ゲームに酷似している。
進めば強くなる。
階層は伸びる。
終わりはない。
攻略のために生成され続けるだけの構造だ。
三年も費やして気づかないとは――。
頭数だけ揃えた連中らしい。
「まさかレアアイテムでも落ちるとか思ってんじゃねぇだろうな」
没入型のゲームじゃあるまいし――。
ここは仮想現実だぞ。
連盟の間抜けさに、ウーはうんざりしていた。
こんな場所で、強制排出して現実にショック死した連中が何人いることやら。
(……ただの犬死にだ)
得られるのは、潰した残骸のジャンク程度。
クリア報酬でも夢見ているなら―― そんなアホな組織に先はない。
ウーは一度だけ鼻で笑い、ヘロンを反転させた。
次の階層へ向かう気は、最初からなかった。
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パンドラ・グローブ/外縁部/ジクサー内のγ
柳橋がブリッジから目的地到達を告げる艦内放送を流すと同時に、ジクサーのクルーは一斉に持ち場へ散った。
だが―― ジクサーは、まだ侵入していない。
眼下に広がるのは、現実を数十倍に引き延ばしたかのような密林。
天を衝く巨樹が幾重にも連なり、まるで壁のように内部を覆い隠している。
ジクサーはその壁の手前で、可能な限り高度を落とし、枝葉の影に紛れるように滞空していた。
この空域は、IPSアーミーの巡回圏だ。
この仮想現実では、不可視のダミーも、偽装信号も、いくらでも作れる。
だからこそ、最後に頼れるのは目で見ることだけだ。
どれほど装備を整えようが、大型艦を持とうが関係ない。
見つかれば終わる。
見つけられなければ、生き残る。
メサイアもまた、目視の巡回を重ねているはずだ。
ならばこちらも同じだ。
踏み込む前に、見る。
測る。
逃げ道を確保する。
ライノのエリミネーターと、ケイトのホークはすでに低高度から樹海へ侵入している。
二機は散開し、視認した地形と巡回経路を逐一送り返していた。
アルマナックのやり方は、力押しではない。
ジクサー一隻と三機のCFが戦力のすべて。
図体の小ささと、身軽さを武器にするしかない。
真正面から叩き割るやり方とは、真逆だ。
そんな中で、悠とγはハンガーに留め置かれていた。
今回、γは作戦の中心を担う。
地下遺構に到達した後の探索とインターフェイスを探し、そこにチセを送り届けることが第一目的だ。
交戦は二の次だ。
さらに、先行した二機がいない今は、場合によっては迎撃のための後詰が役目だ。
だからこそ―― 今は動かない。
コクピットのシートに深く腰を沈めながら、悠は絶対待機の命令に従っていた。
理屈はわかる。
だが、シートの上の尻は妙に落ち着かない。
密林の縁でじわじわと時間を削るこの状況は、正面衝突よりも神経を削る。
索敵情報が更新されるたび、視界の端で数値が揺れる。
枝葉の揺れ一つにさえ、意味を探してしまう。
そして――、もう一つ。
悠の背後、簡易サブシートに座る存在が、いつも以上に強く存在を主張していた。
チセだ。
背後の気配と息遣いだけが、妙に意識に張りつく。
半円球モニタに転送されてくる情報を見ながら、悠は何度目かのγのチェックを行っていた。
結局、手持ち無沙汰になれば、やれることなどそれぐらいなのだが、どうにも集中できない。
さすがに、チセと二人きりで一つの空間にいることで緊張している――。
なんてことはない。
これまでも仕事でチセをγに乗せたことは何度かある。
メカ作業付きのちょっとした届け物や、修理が必要なエンコしたライナーのレスキューなどだ。
「しっかり捕まってろ――」
などと言って、背中への密着を役得だと味をしめた……。
などとは口が裂けても言えないが。
それに一度、仕事帰りにラーメンを食いたいと駄々をこねたチセを、ネクサス・リンクの大黒橋SAにあるとある店に連れて行って以来、定期的に、その店へエスコートをさせられている。
それぐらいにはチセをγに乗せているのだが、今回は勝手が違った。
今日もちょっとした会話を期待していたのだが、どうも最初からしくじってしまった。
ジロジロ見すぎてチセを怒らせてしまった。
そもそもだ……。
今回の仕事を考えればライディングウェアを着るのは理解できるが、なんでよりにもよって革ツナギなんだ――。
それもベリックのブラック&パープルのセクシー系。
悠にとってはシージン・マーチのコンパニオン衣装以来の威力だった。
おかげで出鼻を挫かれてしまった。
……とはいえ、今はそんなことで気を取られている場合ではない。
会話のきっかけを失ったのは惜しいが、仕事の質を考えれば浮かれてもいられない。
悠は気を取り直して、やるべきことをやることにした。
戦闘もあり得る場面が想定されるのだから、チェックはいくらしても足りないくらいだ。
一応はコード・ライダーの端くれという自覚はある。
――それが、どうにも身が入らない。
理由は……。
やっぱりチセだ。
「……このサイズで……単一施設……? これ地下遺構っていうより……地下都市……」
チセの声が背中越しに聞こえてくる。
さっきからずっとこの調子だ。
「外周直径……二・八キロ? 嘘でしょ……地下で?」
(……きっと、ブリーフィングで見た資料を再確認しているのだろう)
チセはチセで、今できることをやっている。
鼻から息を吸い、改めて気を取り直して、ウェッポンセレクターのパターンを確認しようとする――。
「……メイン通路幅、最低でも四十メートル……? これ搬入用とかじゃなくて、戦闘前提サイズだ……」
ゆっくりと口から息を吐き出し、ディスプレイに表示されるペイロードデータを確認する――。
「放射状だけど、正規ルートは一つだけ……。 他は誘導用……罠……」
思わず「グッ」と下唇を噛む。
目を閉じ、再び鼻から息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
息を吐きながら、ペイロードの予備マガジン数を確認する。
普段はマシンガン以外の武装をしないが、今日は万が一に備え、施設の壁を破壊する目的で使い捨ての単発式ロケットランチャーを二本装備している。
その分だけ、機体はわずかに重い。
まあ、いざとなれば捨てればいいのだが――。
「……でも変な広がりだよね……まるで、あとから増殖しているような……」
悠の首が、ガクッと落ちた。
これはいけない。
思い切って後ろを振り向く。
「チセ、あのさ――」
急に話しかけられ、チセはキョトンとした顔をした。
「――悪いんだけどさ、声出さないで考えられないかな――」
口の端を引き攣らせながらも、できる限り笑顔でお願いしてみる。
「あっ…… ゴメン。 わたし、声出してた?」
「ハハハッ―― うん、けっこう出てた」
チセが口に手を当て、ばつが悪そうに苦笑いする。
再び無言。
悠は前を向き、チセは資料が投影される空間ディスプレイへ目を戻した。
コクピット内には、悠が確認のために操作するレバーやペダルの「ギュッ」「カチリ」という機械音。
そして、チセがディスプレイを操作するたびに鳴る電子音が時折混じる。
黙々と作業する時間が数分続いた――。
「……軸にすることで騙してる…… 紐をほつれさせれば、折り紙が広がる…… アレ…… これって……」
小さく、ぽつりとまた声が飛んできた。
よくわかった。
チセは本を口に出して読むタイプだ。
一瞬、また悠の手が止まる。
もう一度、チセにお願いしようかと思ったのだが……。
今度はそれ以上続かなかった。
チセはまた無言に戻り、ディスプレイの操作音だけが背後から聞こえる。
(少し神経質すぎたかな……)
男として小さかったか、と軽い自己嫌悪。
悠は再び確認作業を再開しようとした、その時――。
グッと、γ越しでもはっきりわかる揺れが走った。
ジクサーが動き始めたのだ。
同時にブリッジから通信が入る。
モニタに柳橋が映し出される。
『ライノとケイトが目標地点を確認した。 これからパンドラ・グローブに侵入するぞ』
「すぐに出ますか?」
『いや、まだだ。 ライノとケイトがこっちに戻ってきてる』
画面の中で柳橋は腕を組む。
『アーミーの巡回ルートの視認ポイントの外まで入って一旦待機だ。 奴らが戻ってきたら水先案内人にして進む』
その時、肩越しにふわりと甘い香りが立った。
ちょん、と肩に尖ったチセの顎が触れる。
半円球モニタの柳橋の映像を覗きにきたらしい。
背中にも、チセの両手のひらを感じる。
『会敵した場合は二手に分かれる。 そんときゃ、こっちは囮だ…… 悠、テメェ聞いてんのか?』
「あー、はい。 わかってます! その時は先にポイントに向かいます」
無意識にニヤついていた悠は、柳橋のギラリとした視線を受けて慌てて取り繕う。
柳橋は、悠の肩に顔を乗せてこちらを見ている緑色の瞳の娘を見て、ため息を一つ。
頭をぼりぼりと掻いた。
『わかってると思うが、戦闘は極力避けろよ。 チセ、γのコンディションは任せるぞ』
チセは無言で、人差し指と親指で丸を作って応じる。
悠も小さく頷いた。
柳橋は二人を交互に見て、もう一度ため息をつき、映像を切った。
ちょん、と指先で悠の背中を押し、チセが元のポジションへ戻る。
ジクサーの細かな振動。
悠は、ようやくいつもの、頭から血がすっと下がるような出撃前の感覚を取り戻していくのを感じていた。




