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人買いの瞳

 時は少し遡る。


 セリナはその日、屋敷の執務室にいた。


 鉱山に出入りする荷運びの御者を部屋に招いて。


 ナナとリリは甲斐甲斐しく紅茶を準備してセリナに出す。


 セリナはティーカップを持ち上げその揺らぎを見つめる。


「鉱山に人を送ったけど、監督役はなんて?」


 御者は頭に被った帽子を脱ぎ、両手でそれを握りしめる。


「……監督からは人手が足りないので、このまま雇い入れたいと聞いています。」


 言い切ってから御者は「あっ」と声をあげた。


「他にも何か?」


「それが日雇いで貧民を1人働かせているようで。このまま使いたいと。」


 セリナはティーカップをゆっくり下ろした。


「貧民?あらどんな人?」セリナの翠の瞳が御者を射抜く。


 戸惑いながら御者は答える。


「若い男です。えっと……へへっあと顔がいい。」


 御者はよく知らないのだろう。笑って誤魔化すがどこか気持ち悪い。


「いいわ。もう下がって。」


 御者が軽く頭を下げ足早に部屋を出る。


 部屋を出たのを確認すると、セリナはゆっくり紅茶に口をつけた。


 

 

 

 セリナはその日鉱山に来ていた。


 御者の報告にあった貧民を見に来たのだ。


 ツルハシとハンマーを叩く規則正しい音、鉱石を運ぶ音が遠くで鳴っている。


 ナナとリリが素早く簡易的なテントを組み上げる。


 風に揺れるテントを組む二人の手つきは迷いがなく手慣れていた。


 中に入るとすぐに椅子と小さなテーブルが用意された。


 セリナはそこに腰掛ける。


 外の喧騒が小さく、代わりに風の音が伝わる。


 ナナが軽くスカートの裾を持ち上げ出ていく。


 暫くして戻ったナナの後ろから監督が入ってきた。


「セリナ様。わざわざこんなところに来なくても。」


 監督は迷惑そうだ。


「採掘量は落としてないはずです。」


「そのことじゃないわ。」


 監督は目を見開く。じゃあ何をしに?という顔だ。

 

「貧民を働かせてるって聞いたわ。いつから勝手に雇用するようになったのかしら。」


 監督の顔が強張る。


「……申し訳、ありません。」


「うふふ。」セリナは笑う。


「いいのよ。ただの冗談。ここの監督役はあなたよ。あなたが必要だと思ったなら問題ないわ。」


 監督は胸を撫で下ろす。


「でも興味があるの。顔がいいしか情報がないものだから。」


 監督は少し考えて話し始める。


「平凡な奴です。働きぶりが真面目なもので使ってるだけで。」


「今何させてるの?」


「採掘品運ばせて、選別作業もさせてます。」


 セリナが立ち上がる。


「そう。ありがとう。ちょっと見に行くわ。」


 監督は慌てる。


「こんな足場の悪いところを歩き回って。お嬢様が怪我でもしたら困ります。」


「大丈夫よ。私は幼い頃から採掘も、石の加工も、一通り仕込まれたわ。」


「問題ないわ。」とセリナはテントを出る。




 テントを出て辺りを散策する。


 再び採掘の音と運び出す音が響いてくる。


 後継者として必要だと言う父に連れられ、この鉱山で採掘や選別をしたのがついこの間のようだ。


 今でも鮮明に覚えている。


 暫く歩き続けると、前方から黒髪の青年が鉱石を運んで来ていた。


 確かに綺麗な顔立ちだ。


 青年の頬に汗が伝う。「……泣きぼくろ。」

 

 汗が不快だったのか、青年は荷を下ろし腕を少しあげる。


 自分の腕を確認して、急に服の裾を掴み持ち上げた。


 セリナはゆっくり近づき、目の前にしゃがみ込んだ。


 ちょうど青年の腹筋がよく見える。


 青年の動きが止まる。セリナは顔を上げた。


 セリナに気づいた青年は、間の抜けた顔をしていた。


 セリナはゆっくり目を細めた。


――可愛い。気に入ったわ。


 青年は何も言わずに固まっていた。




 それから遠目に青年を見る日が続いた。


 視察ついでに少し見るだけのつもりだったが、気づけば数日ずっと鉱山に通い詰めていた。


 ナナもリリも、セリナのすることに疑問を持つこともない。監督だけがまたかと顔を顰める。


 これだけあからさまに行動しているのに、青年が話しかけることはない。文句どころか、反応も薄い。


 その日はセリナから話しかけることにした。


 報酬を求める列を見つめ、青年は並ぶでもなく岩場に腰を下ろす。


 話しかけると露骨に迷惑そうだ。


 セリナは人を鉱石に分類して見る癖がある。


 そうして分析したことを話してみせた。


 青年が努めて表情を崩さないようにしているのが堪らなく愛らしい。セリナの目が輝いた。


「……あなたの闇に、触れてみたいわ。」


 思わずセリナは青年の頬に向かってその手を伸ばした。


 その手を青年は軽く払う。


「触れる?……こんな貧民相手に、ご冗談を。」その顔は笑っているが、それは明確な拒絶だった。


 列を確認した青年は、セリナを避けて報酬をもらいに行ってしまった。


――嫌われちゃったかしら。困ったわ。どうしても、彼が欲しい。


 セリナの背後に二人の侍女が立つ。


 ナナが「キャハッ。相変わらずだわ。やっぱきらーい。」と静寂を切り裂く。


 相変わらずだと言うナナの言葉にセリナは反応する。


「あら?知り合い?教えてくれたらいいのに、ひどいわ。」


 リリが申し訳なさそうに俯く。

 

 セリナが青年を追いかけ回してるのを知っていたのに、分かっていて報告しないでいたのだ。


 ナナは悪びれもしないどころか「カイは嫌い!」と叫ぶ。教会での仕打ちもそのカイという青年のせいだと言うし、一度整理した方がいいだろう。


 セリナは唇を人差し指で軽く抑えながら瞬きをした。


 そういえばナナによって、青年の名前が"カイ"ということを初めて知った。今まで青年の名前を知ろうと考えたことはなかった。


 いつも商談以外で人の名前を覚えることはなかった。

 傍に置く者は基本、鉱石か役職で呼ぶものだから。


――カイね。どうせすぐ忘れるわ。


 ナナとリリを見る。


「そう。屋敷に帰ったら、詳しく聞かせてくれる?」


 そう言ってセリナは踵を返す。


 今までのやりとりが嘘のように二人は背筋を正す。


『はい。セリナ様。』二人が恭しく淑女の礼をとる。

 



 屋敷に戻り二人の話を確認した。


 カイがなぜ教会からリクという少年を連れ、逃げたのかはよく分からなかった。


 ナナは「私と一緒よ!愛よ!」と自信満々だった。

 リリは小さく頷いた。


 でもセリナは納得してなかった。


 カイは二人のことを覚えてないのか、気にもしてないようだった。カイをなんとか手元に置いたとして、きっとすぐ二人のことを思い出すだろう。見る限りカイは衝動的に動くタイプに見えないが、それによって傷ついた二人がカイを嫌うのも仕方ない。

 カイ自身もそれを知ったら悲しむだろうか。


――じゃあ諦める?


 カイの瞳を思い出す。日の光を浴びて淡く揺らめく優しい瞳。


「……やだわ。欲しい物は何としても手に入れるわ。」


 それは静かな決意だった。

 


 

 

 決意したセリナの行動は早かった。


 また鉱山に赴き、テントを張らせ監督に指示を出す。


 カイの仕事が終わるまで、その仕事ぶりを眺め終わったらテントに戻った。


 テントで待っていると、ナナとリリに連れられカイが入ってきた。


 セリナが持ち上げた手を軽く振ると、ナナとリリは小さく頭を下げて出ていった。


 カイはセリナを見た途端に足を止めて、無言で立ち尽くした。


 セリナは腕を組み、その大きな胸を持ち上げて満面の笑みを浮かべる。


「ご苦労様。黒曜くん。」無意識に半音高くなる自分の声に気づきセリナは笑った。


「うふふ。今日は私から報酬を払うわ。こちらへ。」

 

 カイの眉がピクリと動く。


 ゆっくり足を踏み出す。カイはセリナを見下ろすように立ち、掌を差し出す。


「………報酬を。」


 セリナは微笑んだまま動かない。


 カイは軽くため息を吐いて、手を下ろす。


「貧民如きに何を、お望みで?」


 セリナはゆっくりと立ち上がる。


 その手がスッとカイの頬を挟み、顔を近づけた。


 カイは息を呑んだ。


「……黒曜くん。」


 呼吸が近い。どちらのものかも分からないほどに。


「私の物になって?」


 セリナの翠の瞳が、カイの瞳を捕らえて離さない。


「は?」カイは素っ頓狂な声をあげる。


「あなたが欲しくなったの。私は商人よ。欲しい物はなんでも手に入れるわ。」


 カイは動けない。


「お金がいる?養ってる兄弟が心配?ぜーんぶ、私が解決してあげるわ。価値のある物に私はお金を惜しまないもの。」


 カイの額にセリナの額が合わさる。


「あなたも。あなたの兄弟も。まとめて私が買ってあげる。」


 カイの心臓が跳ねる。


「どうかしら?」と問いかける。


 途端にカイがセリナの肩を乱暴に押した。


 体制を崩したセリナは後ろにあった椅子に腰を落とす。


 カイは真っ青な顔で「ふざけるな。」と言い捨て足早に出ていった。


 椅子に座るセリナは目を見開く。


 買ってあげると言った瞬間、カイの顔から血の気が引いた。


 そういえば例の教会は、孤児たちを売り払い食い物にしていた。

 

「トラウマでも刺激したのかしら?」


 セリナは両手で顔を覆う。


 指の隙間から見える目や口が大きく歪む。


 セリナは笑う。

 小さくやがて大きく笑い続けた。


「あー。可愛い。」


 セリナの目が鋭く輝く。


「どうやって手に入れようかしら?」

 


 

 テントを足早に出たカイは乗合馬車に飛び乗った。


 おやっさんがカイに気づいて近寄る。


「おー、遅かったな。乗り遅れんじゃねぇかと思ったぞ。」


 そう声をかける。


 カイは無言でおやっさんの隣に腰を落とす。


 肩で息をするカイに「なんだ?走ってきたのか?」と問いかける。


 でも返答はない。


「なんでぇ。ほんと可愛くない坊主だ。」


 おやっさんはぼやいた。


 その声は聞こえているが、答える余裕はなかった。


 頭の中はグチャグチャだ。


――あなたも。あなたの兄弟も。

      まとめて私が買ってあげる。――


 セリナの声がまだ耳に残っている。


 カイの口角が不意に上がる。片手で首を支えるように触れて、そのまま俯く。


 可笑しくて仕方なかった。


 リクを買わせない、死なせない。

 そのために二人で教会を逃げ出して、今度は自分が買われようとしている。


「俺何してるんだろうな?」


「ん?なんだって?」おやっさんが驚いて聞き返す。


 思えば他人を利用するために、好感を持たれるよう行動してきた。

 

「おやっさん。嫌われる方法ってなんだ?」


 おやっさんは困った顔で「知らねぇよ。んなもの考える必要あるか?好かれる時は好かれるし、嫌われる時は何をしても嫌われる。そんなもんだろう?」と続ける。


 カイはその言葉にリクの顔を思い出す。


――ああ、あいつも謎に俺に構ってきたな。

  何もしなくても好かれる時は好かれるのか。

  なるほど。


 カイは手を下ろしゆっくり顔を上げる。


「……悍ましい。」


 おやっさんは訳が分からない。


「おやっさん。あのお嬢様ってよく人買うの?」


「あ?人買いなんてお嬢様はしね……あっ。」


 否定しかけて黙る。


「なんだやっぱり買うのか。」


 おやっさんは頭を掻く。


「いや。噂で聞いたんだが、お嬢様の屋敷は孤児上がりが多いそうだ。金銭が絡んでるかは知らんがな。」


 ふとセリナがいつも連れ歩く侍女を思い出した。


 孤児院に残した少女たちの面影と侍女たちが重なる。


 カイは吹き出す。


――常習だな。お嬢様は人買いだ。


 セリナの瞳を思い出す。カイを見つめる瞳には確かな熱が篭っていた。


「……諦めてくれないよな。」


 


  次の日悩みもしたが、カイは鉱山に来ていた。


 仕事をしている時、やはりあの薄紅色が視界にちらつく。


 そして案の定、仕事終わりにテントに呼び出された。


 ナナはどういうつもりか。


 前回と同じように、侍女らしく礼を尽くす。


「主人がお呼びです。こちらへ。」


 テントの前まで連れてこられると、待っていたようにリリがテントの幕を広げ中へ招き入れる。


 テントに入るとセリナはまた手をゆっくりあげる。


 ナナとリリはその手の動きを注視していた。


 それを断つように「教会」とカイが呟いた。


 ナナとリリの肩が跳ね、二人はカイを見る。


 確信を持ったカイは微笑む。


 ナナは苛立ち混じりに「私たちのことなんて忘れてると思ったわ。」と詰る。


 まだいくらでも誤魔化せる。それは分かっていた。


「忘れてたよ。いやその姿に見覚えはあったが、忘れたままでいたかった。ごめんね。」


 カイは正直に答えた。

 自分たちが逃げた後、ナナとリリがどんな扱いを受けたかは容易に想像できた。そんな二人に嘘はつけない。


 ナナとリリの顔を交互に見る。


「……それでどっちがナナで、どっちがリリだっけ?」


 ナナが歯軋りをする。


「やっぱり嫌い。大嫌い。」


「だろうね。」即座に肯定する。


 カイは穏やかな顔で、テントの中央に向かって歩く。


「人が人を買う。人が人に買われる。……俺には理解できない。」


 椅子に腰掛けるセリナを見下ろし問いかける。


「なぜ買う?」


 セリナはキョトンとする。


「買わない理由があるかしら?この国は、人の売買を禁じないわ。その扱いも。貧富の差で明確に分けられる世界ですもの。」


 その時リリが叫んだ。


「セリナ様は女神様です!」


 その場にいた全員がリリを注視する。


 リリは肩を大きく振るわせながら続けた。


「カイのせいで……鞭打たれた。痛かった。」


 カイは拳に力を入れて握る。


「でもセリナ様が助けてくれたの!ナナとリリを救ってくれたのはセリナ様なの!」


 肩で大きく息をするリリは興奮気味だ。


 そんなリリに向かってセリナは「結果論ね。」と冷ややかに告げる。


「黒曜くん?昨日話したことを覚えてる?」


 その問いにカイはセリナを見た。


 笑みを浮かべるセリナは、不気味なほど妖艶だ。


「私は商人よ。それもただの商人じゃないわ。」


 不意にセリナの翠の瞳が輝く。


「宝石商よ。」


「……何が言いたい?」カイの声は低い。


「私は原石たちを、その価値に見合った価格で買うわ。」


 セリナは両手を広げて見せる。


「傷つけたり、壊したりなんてしない。ただの石から価値を磨き世に出すのが宝石商なのよ。」


 広げた両手を組み、胸を持ち上げて張る。


 どこか誇らしげな姿に目を離せない。


「……俺に価値があると?」


「あるわ!最初はただの興味だったけど、この私がこんなに欲しくてたまらないのだから。」


 その瞳に熱が籠る。


「価値がなかったら、困るわ。」


 カイの心臓が跳ねる。でもその鼓動はどこか心地いい。


「……血は繋がってない。でも兄妹がいる。」


 カイはゆっくり続ける。


「昨日あんたが言った条件を呑む。兄妹揃ってじゃないと俺は……」


 カイは一拍おいて目を閉じる。


「俺を売るつもりはない。」

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