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オブシディアン

 カイは約束の場所にいた。


 カイに気づいて紹介役の男が手を振り近寄る。その隣には年季の入った顔の白髪混じりの男が並んでいる。


 約束通り仲介してくれるようだ。


 白髪の男は腰を労るように手を回して歩いている。


「おやっさん。コイツだコイツ。」男は笑顔でカイを指差す。


 目の前に来ると、おやっさんと呼ばれる白髪の男は存外ガッシリとしている。


 おやっさんの眉が吊り上がる。


「なんだ?女か?こんな細っこいのができる仕事なんてねぇぞ!」


 どうやらカイのことが不満らしい。


 紹介役の男は慌てて「ああ、すまない。」と軽く詫びてカイを見る。


「カイ。あの……なんて言ったか。よく連んでたもう1人どうした?力仕事はアイツが向いてるだろう。」


 リクのことだ。


「ああ、僕もそう思ったんですが……この仕事。使ってもらえるのは2人ですか?1人ですか?」


 カイがおやっさんに視線を移す。


「あ?お前みたいな家なしは1人で充分だ。他にも当てはいくらでもいる。」


「じゃあ、やっぱり僕が行きます。」カイが微笑む。


 紹介役の男は困り顔だ。


「待てカイ。お前には少し大変だろう?お前にも紹介できる仕事、知り合い頼りに探してやるから。」


「それは有難い……」


 カイは首を振る。


「……でもリクには無理です。力仕事以上に揉め事起こす天才です。できることなら、雇って貰いたいですし僕が行きます。」


 おやっさんが「お前なんぞ誰も雇わん。」と低く言う。


 カイは笑う。


「それは"俺"を使って見てから判断してください。」


 その声に今までの柔らかさはなく、鋭さがあった。


 紹介役の男が額を軽く抑えた。


 見た目に反して強気なカイの姿に、おやっさんが頭を掻く。


「生意気な坊主だ。」


「……商会からも人手が送られる。1人増えても問題ない。働きぶりを見て、その中で使える奴を残すつもりだ。」


 おやっさんの声は、先ほどより穏やかで紹介役の男は少し驚く。


 カイの額をおやっさんが指で小突く。カイは動じない。


「自分が使えると証明してみろ。」




 次の日、カイはおやっさんと乗合馬車に揺られ鉱山へ来ていた。


 おやっさんを見ると、ツルハシを持った鉱夫たちが「おやっさん!腰はもう良いのか?」と口々に声をかける。


 どうやら古株らしい。


 おやっさんは「平気だ。代わりを連れてきた。」と言ってカイの肩を掴んで歩く。


 カイは目を細め不満気だ。


 鉱夫たちはカイの顔を見て、ボソボソと何かを囁き合う。


――鬱陶しい。女も男もまず顔で判断しやがる。


 カイは首をさすった。


 おやっさんは一人の鉱夫の元へカイを連れて行った。


「おーい監督。」


 監督と呼ばれた鉱夫は、どうやらここのまとめ役らしい。中年でガタイがよく、その顔は日焼けして真っ黒だ。


 監督がおやっさんの声に反応する。

「おやっさん!大丈夫か?」


 おやっさんは頭を掻く。


「ああ、まだ痛むが。石の選別くらいはできるさ。」


 そしておやっさんは思い出したように、カイの肩を叩く。


「俺の代わりを連れてきたんだ。仕事振ってくれや。」


 監督はカイを見て眉を釣り上げながら「おやっさんが言うなら構わねぇが」と言う。


 少し考えて続ける。


「だが使えなかったら、おやっさんの紹介でも関係ない。分かってるな?」


 低い声にカイは「それで構いません。」と答えた。


――つくづくリク向きだな。帰りてぇ。


 鉱山仕事と聞いて、荒っぽいのは想定済みだった。


 ここまで来て鉱夫たちを確認し監督と会話してみて、これならリクの方が馴染めたろうと軽く後悔した。


 ここはただの鉱山じゃない。商会が所有する鉱山の仕事だ。


 商会の人間と接触できたらと思ったが、人生そう上手くいかないらしい。


 カイの思惑はこうだ。

 商会の人間に接触し、自分たちの有能性を売り込む。商会関連の仕事で、自身とミナが働く。リクはこの鉱山で鉱夫として働く。安定して仕事にありつける。


 しかも三人で働ければ報酬は今の三倍だ。


 それがカイの理想だった。


 周りを見る。鉱山にそれらしい人間はいない。


 歯痒さにカイは目を細めた。


 


 カイがまず任されたのは、鉱夫たちが鉱床から採掘した原石を運ぶことだった。大きな滑車のついた木箱は鉱石でいっぱいだ。ゴロゴロと押して運ぶがその重さは尋常でない。


 採掘場はツルハシを振り、ハンマーを叩く音があちこちで鳴り騒々しい。

 鉱夫たちも指示や声掛けにも熱が入る。


 慣れない肉体労働に、息が上がる。だがカイは止まることなく運び続けた。


 その日の仕事が終わると監督の元へ向かう。


 カイは日雇いの扱いだ。


 監督がカイの掌に銅貨を二枚乗せる。


 どうやらこれが一日分の報酬らしい。


「とりあえずあと5日様子を見る。もっとキビキビ動け。」


 そう言って監督は離れていく。


「5日……銅貨10枚……」


 気づいた時にはいつもの路地に戻っていた。

 

 耳にはツルハシを振るカン、カンという規則的な音。

 ハンマーを叩くガンガンと重い音。木箱が転がるゴロゴロと言う音が木霊していた。


 それを掻き消すように声がする。

「カイ!大丈夫?」ミナが心配そうに顔を覗く。


「……ああ…うん。」


「だから、俺が行くって言ったろ?」


 リクの文句を遠くに感じながら、カイの体が揺らめいて力が抜けた。


 慌ててリクがカイの体を支える。


 カイは寝息をたてている。


 カイの寝顔を見ながら「疲れちゃったんだね」とミナが囁いた。


 リクは舌打ちを打ちながら、カイをおぶりミナを連れて歩き出した。


 

 


 三日も過ぎると鉱石運びだけでなく、石の選別もするようになった。


 鉱石運びより、石の選別の方がカイには合っていた。


 採掘場から運んだ滑車付きの木箱から、鉱石を選び並んだ木箱に仕分けていく。


 要領の良いカイは、ポイントを抑え石の欠け具合や質を見て分ける。


 職人の元に届く時には、ある程度石の品質によって仕分けされた状態で届く仕組みだ。


 カイが手際よく仕分けていると、横からおやっさんが声をかけてきた。


「お前鉱石運びはイマイチだが、選別は飲み込み早いな。」と豪快に笑う。


「そりゃどうも。」


 カイは仕分け終わった鉱石を運び出す。


「なんでぃ。可愛げがねぇ。」


 おやっさんは頭を掻く。


 カイは聞こえないフリをして歩く。


――眠い。体が痛い。怠い。

 こっちは愛想振り撒く余力もねぇよ。




 カイはその後も必死にくらいつき五日間働き続けた。


 監督は今まで通りカイの掌に銅貨を二枚乗せる。


 カイはその銅貨を握りしめる。


――欲張るもんじゃないな。3人で仕事ができたらなんて、虫が良いこと考えてたが。1人分の仕事すらものにできなかった。これならリクに任せれば良かったな。


 カイは明日からまた仕事を探さないといけないと落胆する。

 

 その時「明日も来れるな?」と声が落ちた。


 それは継続を意味していた。


 カイは目を見開き「俺……」と言葉を詰まらせた。


「おやっさんに感謝しろよ。」監督はそれだけ言って離れる。


 カイはその背に頭を下げた。




 それから暫く日雇いのまま、鉱石を運びそれを選別するを繰り返す日々が続いた。


 必ず銅貨二枚が約束された仕事だ。カイはがむしゃらに働いた。


 リクは物言いたげだが、カイは無視した。


 仕事に慣れはじめた頃には、カイの体はより締まりリクのように筋肉がついてきた。


 ミナはカイの僅かな変化に眉を顰め「カイはムキムキになっちゃ嫌。」と頬を膨らませてみせた。


「そう?俺リクに負けないくらい、ムキムキになりたいんだけどな。」


「よせ。お前たちが強くなる必要はない。荒事は俺の領分だ。」リクは仁王立ちでカイを睨む。


 カイとミナは顔を見合わせ吹き出す。


「さすが俺たちの騎士様だ。」




 そんなある日、いつものように鉱石を運び出していた。


 遠くでツルハシやハンマーを叩く音が鳴っている。


 汗が滴り頬を滑る。吹き出す汗が煩わしく、カイは荷を下ろして腕で拭こうとして止めた。


 カイの腕や手は汚れていた。


 仕方なく服の裾を捲って顔を拭く。捲り上げたことで縦に割れた細く締まった腹筋が露わになる。


 汗を拭い一息ついていると、気配を感じてカイは視線を落とした。


 目の前にはカイの腹を凝視する薄紅色の髪をした女がしゃがみ込んでいた。


「……」


 カイは訳もわからず立ち尽くす。


 女は髪を一つに束ねていた。大きな胸でシャツが張り、ズボンの上からふくらはぎを包む長めのブーツを履いている。


 地味な色味だが質のいい生地。ただの平民でないことは明らかだ。


 カイの視線に気づいて女が顔をあげた。


 その視線にカイの肩が小さく跳ねる。


「うふふ。こんにちは。良いもの見れて嬉しいわ。じゃあね〜。」


 女は軽やかに立ち上がり、手を振りながら立ち去る。


「……なんなんだ一体。」


 カイはその背から目を離せずにいた。




 その日からカイの視界に女の姿が入るようになる。


 ある日は鉱石を運ぶカイの背を距離をとりつつ歩いた。


 またある日は、昼食にパンを頬張るカイを見下ろしながら無言で観察した。


 そして今日は石の選別をしているカイを、遠目に眺めながらお茶をしている。


――貴族……だよな。


 女の周りには、二人の侍女が控えている。

 女が食事をしたり、お茶をしたり、腰掛ける時必ず現れる。今までどこに隠れてたのか。いきなり現れる侍女には正直驚いた。


 ただカイは二人の侍女に懐かしさを感じていた。


 一人はそばかすがあって栗色の髪。

 もう一人は黒髪。

 そして二人とも長めで重たい前髪のおかっぱ頭。


――どこかで会ったか?


 カイは少し考えて諦めた。


 ミナとリク以外の他人に対して、利用価値以外で見たことがない。例え会ったことがあったとしても記憶にないのだ。


 隣でおやっさんがほくそ笑む。


「お嬢様が来るって聞いて、分かっていたが相当気に入られたようだな。」


 カイは目を細めて「お嬢様?」と低く問う。


「ここの鉱山の持ち主はあのお嬢様だ。」


 カイはその言葉に女を見る。


 女は視線に気づいたのか、余裕の表情で手を振る。カイの心拍が僅かに速まる。


「商会の持ち物だと聞いたが?」


 カイは眉間に皺を寄せながらおやっさんに向き直る。


「あのお嬢様は男爵家が運営するルミエール商会の後継者様だ。」


 おやっさんは続ける。


「男爵家は他にも鉱山を持ってるが、お嬢様はここだけだ。この鉱山から出た鉱石を磨き、加工して貴族に売り捌く。商会を継ぐための下積みなんだと。」


 カイは「そんなお嬢様がなんで、こんな薄汚いの追いかけ回してんだよ。」と納得がいかない。


「お嬢様は風変わりだ。気に入られると石の名前で呼ばれて囲われるぞ。気をつけろ。」


 カイの背筋がゾワリとそば立つ。


「囲われるなんてごめんだ。」


「ありゃ時間の問題だぞ。」


 おやっさんの言葉にもう一度女を見る。


 侍女の一人が皿に真っ赤なリンゴを持って戻ってきた。もう一人の侍女が、そのリンゴをとりナイフで剥こうとするのを女が止める。


 女はゆっくりリンゴを持ち上げ、こちらを見ながら齧り付く。


「勘弁してくれ。貴族は嫌いなんだ。」


 カイはポツリとぼやく。



 


 その日は監督の元に列ができていた。


 日雇いのカイとは違い、鉱夫たちは正式に雇用されている。月終わりに纏まった報酬を受け取るのだ。


 監督は鉱夫たちと談笑を交えながら、一人一人に応対する。


 カイの番が回るのはまだ先だろう。


 カイはため息をついて、近くの岩場に腰を下ろし俯いた。


 カイの視線の先に薄紅色の髪が揺れた。


 顔を上げると女が膝に手をつきカイを見下ろしていた。


「……何か。」


 流石にこれ以上無視できないと悟り声をかけた。


「オブシディアン。」


 女の口から聞きなれない言葉が出て、カイは目を細める。


 カイは首を掻きながら「オブシ……?なんです?それ。」と問いかけた。


「私の直感がそれって言ってるの。」


 女の顔を見る。翠の瞳が弧を描く。


「オブシディアンは、火山から噴き出たマグマが冷えて固まったガラスの石よ。黒曜石ともいうわね。ある時代では神聖視されて、鏡としてだけでなく祭具として重用したわ。」


――気に入られると石の名前で呼ばれて囲われるぞ――


 おやっさんの言葉をふと思い出す。


「守護の石よ。あなたって家族はいる?兄弟は?」


 兄弟の言葉に僅かにカイの指が反応する。

 女はそれを見逃さない。


「そう。兄弟がいるのね。」


 カイは顔色一つ変えずに「残念。天涯孤独の独り身です。」と即答する。


「うふふ可愛い。やっぱり真実の石ね!嘘が下手くそだわ。」


 カイが固まる。


 嘘が下手くそと言われたのは初めてだ。


 皆俺の容姿や優しい言動に気を許す。

 容姿も優しい言動も演出であって、そこにはなんの感情もないはずだ。


 そうやって騙し生きていたカイを否定する女。


「でもどこか病んでるのよね。……あなたの闇に、触れてみたいわ。」


 女がカイの頬に向かってその手を伸ばす。


 カイはその手を軽く払う。


 笑顔で「触れる?……こんな貧民相手に、ご冗談を。」と拒絶した。


 監督の方を見やると列が少し引いたようだ。


 カイは立ち上がり女を避けて監督の元へ向かう。


 逃げるようにその場を後にする。


 女の背後に二人の侍女が立つ。


 栗色の髪の侍女が口を開いた。


「キャハッ。相変わらずだわ。やっぱきらーい。」


 女は侍女に向き合う。


「あら?知り合い?教えてくれたらいいのに、ひどいわ。」


 黒髪の侍女が申し訳なさそうに俯く。


 栗色の髪の侍女がそれに答える。


「セリナさま〜。あいつはやめときなよ。私たちが教会で鞭打ちにあったのはあいつのせいなのよ〜。」


「あら紫ちゃん。黒曜くんのために鞭に打たれてあげたの?紫ちゃんの愛しの君って、貴族に引き取られたんじゃなかったかしら?」


 セリナは唇を人差し指で軽く触る。


「カイは嫌い!ナナが好きなのはジャンよ!」


 ナナはもう一人の侍女を見る。


「ね!リリ!」


 リリと呼ばれた侍女が大きく頷く。


「そう。屋敷に帰ったら、詳しく聞かせてくれる?」


 そう言ってセリナは踵を返す。


 今までのやりとりが嘘のように二人は背筋を正す。


『はい。セリナ様。』二人が恭しく淑女の礼をとる。

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