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鉱石たちの選定式

 路地裏でリクと二人でカイを待つミナ。


「……カイ。もうそろそろ帰るかなぁ。」


 日が翳り始めている。


 リクは黙ったまま俯いている。


 銅色の髪の隙間から見える、黒い瞳は刃物の様に鋭い。


 カイが鉱山で働くようになってから、リクは苛立ちを隠せないでいる。


 ミナはリクの手を握る。


 急に手を握られ、リクは驚くがその手を握り返した。


 暫く経って路地に足音が響いた。


 ミナは即座に音のする方を確認し「カイだ!」と声をあげた。


 その声に反応してリクは、文句を言ってやろうと顔を向けるが立ち止まった。


 カイの前を歩く、フードで顔を隠した謎の人物。

 それもいつの間にか距離を縮めていた。


 リクはミナを守るように、前に立った。


 二人の前まで来る。謎の人物の、外套の隙間から長いブーツが覗く。


 フードの下から見える唇が歪む。


「うふふ。あなたたちが、黒曜くんの兄妹ちゃんかな?」


 謎の人物は女のようだ。


 リクは理解できずカイを見た。


 カイはいつもの穏やかな顔で「はい。」と答える。


「良いね……さすが兄妹だわ。磨き甲斐がありそう。」


 女は唇を湿らせる。


 我慢できなかった。リクはその異質さに「カイ?今度は何を拾ってきた?」と問い詰める。


 ミナの時もカイは何も言わずに連れてきた。


 だが明らかにミナとは違うことは確かだ。


 でもカイは悪びれもしない。


「拾ったんじゃない。今回は買われるんだ。」


 リクは「……あ?」と低く言う。


「とりあえず、移動しながら説明しよう。」


 リクの圧をものともせず、カイは踵を返して行ってしまう。


 女はその後ろを跳ねるようについていく。


 ミナがリクの背に手を添えた。


「どうしよう?」


 ミナの困り顔にリクは「行くぞ。」と告げて歩き出した。



 訳もわからず二人の背を追って、通りに出ると馬車が一台止まっていた。


 リクは御者を見てたじろぐ。


「……ナナ。リリ。」


 同じ孤児院で育った二人だ。


 リクに気づいたリリが小さく手を振る。ナナはしきりに爪を噛んでいた。


――何がどうなってる?


 カイは女の手を支え、一緒に馬車に乗り込んでいた。


 物言いたげなリクの顔に「頼むから、乗れ。」と告げる。


 リクは拳を握りしめながら、ミナと一緒に馬車に乗り込んだ。


 馬車にはカイと女と対面にして座った。


 隣のミナは初めて乗る馬車に目を輝かせている。


「……ローズクォーツね。ローズちゃんってとこかしら?可愛いわ。」女は両手で頬を包む。


――ミナのことを言っているのか。


「……ミナだ。ローズじゃない。」リクは女を睨む。


 女は気にも留めない。


 今にも噛みつきそうなリクに、カイが口を開いた。


「リクやめろ。俺たちの買い主だ。」


――カイヌシ?飼い主?何言い出すんだ?コイツ。


「俺たちを働き手として"買って下さった"んだ。俺たちにとっては良い仕事だよ。金を貰えるどころか、衣食住まで面倒を見てもらえる。貧民には破格の条件だろう?」


 その"買ってくださった"にリクが反応する。


「買い主ってそういうことか。買う?俺たちを?なんだそれ。まるで物みたいだな。それのどこが良いんだ?」


「もう雨風に震えなくて良い。それだけで充分だろ。」カイはいつものように軽い調子だ。


 リクは拳を硬く握り、自分の太ももに振り下ろした。


 鈍い音にミナはビクッと跳ねた。


「お前はいつも……」


「ミナにもずっと今までの生活を強いるつもりか?」


 カイはリクの言葉を遮った。


「……とっくに限界だった。お前も気づいてたろ、リク。」


 カイの瞳が細まる。


 リクは舌打ちをして目を背けた。



 

 屋敷につくと順に体を清めると言って、ミナから侍女に連れていかれた。


 馬車の張り詰めた空気に目を潤ませていたミナは、貴族の屋敷に着いた途端「わぁ!」と感嘆の声をあげ喜んでついて行った。


 カイとリクは別の部屋で、順番を待つようだ。二人とも無言だ。


 ミナが通されたのは、磨き上げられた石造りの部屋だ。


 中央にある湯気がのぼる縁の高い楕円のバスタブに、ミナはピョンピョン跳ねる。


 侍女はその様子にクスリと笑った。


 気づけば体はすっかり磨かれていた。ミナはバスタブに浸かる。


 いつの間にか侍女は居なくなっていた。


 思いつくままに鼻歌を歌い足をパシャパシャする。


 その寛ぎの空間を裂くように女が入ってきた。


 外套を脱いでいるが服を見る限りあの女で間違いないだろう。


 ミナはバスタブに肩まで浸かり女を見た。


 女は薄紅色の髪をして、豊満な胸をしている。


 ミナは自分の貧相な胸を隠した。


――綺麗な人。


「ローズちゃん。一つ確認したくて会いにきたの。安心してすぐ出るわ。」


 女の声は穏やかだ。


 ローズと呼ばれてミナは眉を顰める。


「なんでしょう?」ミナは恐る恐る声を出す。


 相手はきっと貴族だ。カイの外での話し方を真似するが正解が分からない。


「あなたって黒曜くんのこと、好き?」


「……?コク…誰?」ミナは目をパチクリして女を見る。


「黒髪の彼よ。」


「ひゃっ??へっ?えぇ?!」


 まさかの言葉にミナは驚く。


「えっと、えっと?大好き!大好きだけど、違くて。お兄ちゃん!そう!お兄ちゃんです!」


 ミナは挙動不審だ。自分でも何を言ってるのか分からない。


 女は綺麗な翠の瞳を細める。


「ああ、良かった。ありがとう。ローズちゃん。」


 女はカツ、カツと石を踵で鳴らし去って行った。


 その背に「……ミナだよ。」と呟いた。


 頭の中は混乱状態だ。


――なんなの?あの人。




 どれくらい経ったのだろう。沈黙が続く部屋は、時間の感覚が長い。


 コン、コン。


 ノックがする。カイはこれ幸いと「はい。」返事をした。


 侍従が「順番です。」と言って、部屋を出るように誘導する。


 連れていかれた先の部屋で、侍女たちが湯気がのぼる桶をバスタブに移していた。


 侍女たちはカイたちに気づくと、軽く会釈をして立ち去った。


 立ち尽くす二人を見かねて、服を脱ぐ手伝いをしようと侍従がカイに手を伸ばす。


 リクがその手をすかさず掴む。グッと力を入れるリクに侍従は「うっ」と呻く。


「リク。よせ。」カイがリクの肩を掴む。


 リクは舌打ちをして侍従を離す。


「すみません。だが無駄に怪我、したくないでしょう。あとは自分たちでさせて貰えません?」


 カイの言葉に侍従は、籠に入った目の荒さの違う櫛と香油の扱いを軽く説明する。手拭いや着替えも籠に用意して、侍従は部屋を出た。


 カイはリクに口を開きかけてやめた。


 二人は体の汚れを落としてバスタブに浸かる。


 楕円のバスタブに向かい合うように。


 リクは歯を食いしばっている。

 その姿にカイが空気を変えようと口を開いた。

「……流石に、男二人はせめぇな。お前どんどんデカくなるし。教会に居た時はまだ可愛らしかったのにな。」と茶化す。


それを無視して「どういうつもりだ?」とリクはバスタブの縁を叩く。


「ああ、さっきの説明で納得出来なかったか?」


 カイは両腕を広げて、バスタブの縁に寄りかかる。

 いつもの余裕がある表情だ。

 

 ふとリクが瞬きをした。

「……ナナとリリも買われたのか?」リクは縁の上で拳を握る。


「買われないと、ここにいないだろ?相変わらずお前は察しが悪いな。」カイは天井を見上げる。


 湯気が天井に向かって伸びる。


 飛沫をあげて、カイの肩をリクが掴み掛かる。


「いつも何も言わねぇだろうが!」

 

 リクの手に力が入る。

「孤児院出る時もそうだ!理由は聞くな?ミナの時もなんとかなるとか、勝手に決めて!相談も……」


 その時バンッ、と。扉が開いた。


 リクは咄嗟に振り返ってカイを庇う姿勢をとる。


 椅子を持った女が立っていた。


「あんまり私の黒曜くん、いじめないでくれないかしら?」


――コクヨ……?何言ってんだ?この女。

 女の言動が理解できずリクは女を見る。

 

 女は椅子を引きずり、部屋に入り腰掛けた。


「……お嬢様、なんのつもりで?普通入らないでしょう。」カイはため息混じり。


「だって、廊下まで怒鳴り声が響いてたもの。入るでしょう?」女は唇を軽く人差し指で押さえる。


「ああ、心配で仕方なく入ってきたと?椅子まで用意して?ずいぶん。準備が宜しいことで。」カイは冷ややかだ。


「うふふ。まあ、細かいことはいいじゃない。」


 カイは今度は大きくため息をつく。


 そして間を置いて、女はリクの髪をうっとり見る。


「ガーネットという宝石はご存じ?ガーネットは柘榴から名付けられてるらしいの。ある時代では、戦士の"血"を象徴する石と言われてたわ。」


 女はリクの髪を指差す。


「その髪はまさに磨かれる前のガーネットのようだわ。」

 

ーーなんだコイツ。

 リクの眉間のシワが濃くなる。


「うふふ。それにしても、不思議だわ。ついさっきまで、あんなに怒鳴ってた相手。それを庇うように。」


 女は指を下ろす。


「やっぱり、私の直感は正しいわ。その石には血・絆・守護という意味があるの。"柘榴"くん。あなたはまさに守護の石だわ。」


 女の笑顔にリクは苛立ちながら「"柘榴"、くん?」と問う。


 ふとミナを――ローズちゃん――と呼んだことを思い出した。

 「石?俺たちが?」


 リクはバスタブの縁を乱暴に掴み、「あ゙あ゙っ!」と小さく叫んだ。


 リクの背に向かって「……落ち着け。」と小さな声でカイが言う。


「コクヨウも、ローズも。全部、石の名前ってことだろ。」


 リクは舌打ちをする。


「カイ!良いのか!?この女、俺たちを人とも思っちゃいねぇ!物どころか。石だぞ?石!」


 振り返る。そしてリクは固まった。


 カイは片手で顔を覆い、呼吸が荒い。


 明らかに様子がおかしい。


 リクが固まる。


 後ろで女がまた話し出す。


「うふふ。そんな怒らないで話を聞いてくれないかしら?ただ私はあなた達を磨いて傍に置いておきたいだけよ。」


 リクの動揺を無視して女は続けた。


「自己紹介がまだだったわね。私はセリナ。宝石商のセリナよ。あなた達を、価値ある宝石に磨き上げるわ。よろしくね。」


 今のリクとカイに、その声は届かない。

 

 「……駄目だ。」とカイが立ちあがろうとする。縁に手をかけたカイは、何もない場所を見つめ一拍固まった。


ーー何を見てる?


 ほんの瞬きの間に、カイは足に力が入らず湯の中に沈む。


「カイ!」リクが叫んでその体を引き上げる。


 女は淡々と言う。「あら?のぼせちゃった?」


「のっ?のぼせる?ってなんだ?」リクは慌てて聞き返す。


「うふふ。少し横になったら、大丈夫よ。体を拭いて服着せてあげなさい。水を用意させるから。」


 女は椅子を引きずりながら部屋を出て行った。


 リクはカイを抱えてバスタブから出る。


――腹が立つ。全部抱えて、一人で全部決めるコイツも。


 リクはゆっくりと扉を睨みつけた。


――俺たちを石扱いする女に、買われる現実も。

  だがカイが言った通り。金も、衣食住も必要だ。

  ……俺は二人に何も与えられない。

  俺は二人を守ってやれない。


「……くそ、クソ!クソッ!」


――そんな俺が、俺自身が!一番……


「……腹が立つ。」




 宿舎は男女別々に用意されていた。


 ミナと離れたカイとリクは、宿舎の二人部屋に通された。


 ミナと離れたことは気がかりだが、浴室で倒れたカイから離れられない。


 リクが見守っていると、カイの瞼が動きゆっくり開いた。


 リクはグラスの水をすかさず手に取り「起き上がれるか?」と問いかけた。


「……」


 カイは天井を見たまま動かない。


「とりあえず、少しでも飲め。」


 リクはグラスを差し出す。


 カイは動かない。


「……リク。気づいてるだろうが。俺たちのいた教会は、子ども達を食い物にしてた。だから逃げた。」


 カイの視線が動く。


「でも逃げて、どうだ?孤児が、貧民が、出来る仕事なんてたかが知れてる。」


 カイの瞳に影が落ちる。いつもの柔らかさはそこにはない。


「……良い加減。受け入れろ。」


 カイはゆっくり起き上がり、グラスの水を飲み干す。


 空になったグラスをリクに差し出す。


「これが、最善だ。」と、言い聞かせるように。


 リクは空のグラスを受け取り、静かに唇を噛んだ。

 

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