デカい幼馴染が、どうやらチビな俺のことをずっと好きだったらしい
「はぁ……やっと買えた」
昼休みの教室。俺は自分の席につき、買ってきたばかりのパンを食べようとする。
購買部で一番人気の焼きそばパン……授業終わりにダッシュして、壮絶な競争を勝ち抜いた者だけに与えられる至高の一品だ。
ソースとパンの香ばしい匂いが食欲をそそる。
「じゃあ、さっそく……いただきます」
一口かじろうとした、その瞬間だった。
「お、チビ助! 美味しそうなもの食べてるじゃない」
頭の上からスッと手が伸びてきて、俺の焼きそばパンを奪い去る。
見上げれば、隣のクラスの幼馴染が立っていた。
俺よりも背が高く、短くまとめた髪が揺れている。
「なにしやがる! このデカ女!」
「なにって、美味しそうなもの食べようとしてたから、もらったんだけど?」
幼馴染のデカ女は全く悪びれる様子もなく、俺の焼きそばパンを高々と掲げた。
そのまま、ひらひらと見せつけるように煽ってくる。
悔しいが、俺の身長では手を伸ばしても届きそうにない。
「勝手に持っていって、なに言ってやがる!」
「返してほしいなら、あたしの体によじ登ってみる?」
ポンポンと頭を叩かれる。
こ、こいつ……!
「できるか! 馬鹿!」
まったく、勘弁してほしい。
こいつはいつもこうだ。俺のことをからかって遊んでやがる。
しかも……。
「おい、また夫婦喧嘩か?」
「ちげぇーよ!」
周りのクラスメイトたちが声を掛けてくる。
どいつもこいつも、ニヤニヤと楽しそうだ。
本当に勘弁してほしい。
「もう、ただでとは言わないわよ。はい、これ」
幼馴染が、ピンク色の可愛らしい包みを俺の机の上にコトンと置く。
「これは?」
「あ・い・さ・い・べ・ん・と・う」
いきなり身をかがめて、耳元で囁いてくる。
甘い吐息が耳をくすぐり、自分の顔が一気に赤くなるのがはっきりと分かった。
「ば、馬鹿! なにいってんだよ!」
「ははは……もう、冗談よ冗談。でも、こんなかわいい幼馴染の手作りお弁当と交換なら悪くないでしょ? あんたの好きな唐揚げも入ってるわよ」
ニヤニヤと見下ろしながら笑っている。めちゃくちゃ楽しそうだ。
幼馴染の女子という事実を差し引いても、こいつの料理はめちゃくちゃ美味い。
だが、それを素直に認めて交換に応じるのも、ちょっと悔しい。
「ほら、お茶もつけるから機嫌を直しなさいよ」
彼女はペットボトルのお茶を置きながら、俺の前の席に座る。
どうやら、ここで一緒に食べていく気らしい。
まあ、仕方ない。こいつがこういうことをするのは、いつものことだ。
「ったく、仕方ねぇな……」
「ほら、早く食べないとお昼休みが終わるわよ」
「誰のせいだよ!」
そんな軽口を叩き合いながら、昼休みの時間は賑やかに過ぎていった。
***
「よし! 2日連続ゲット成功!」
昼休み。俺は戦利品の焼きそばパンを手に、ウキウキ気分で歩いていた。
今日も熾烈な争奪戦に参加し、見事勝利することができたのだ。
しかし、教室で食べればまたあいつに奪われる可能性がある。
だから今日は、人気のない校舎裏に避難して食べることにした。
「ん? あれは……」
だけど、先客がいるらしい。
物陰からよくよく見れば、幼馴染のあいつと……。
「たしか、あいつは上級生の……」
サッカー部のエース。成績優秀でイケメン。
そして、女子にも人気があり、性格も優しいと噂の先輩だ。
「うーん……」
気まずい。
距離が遠くて声は聞こえない。
だけど、あの向かい合っている光景は、明らかに告白以外の何物でもない。
「よし、いっちょ顔を出して冷やかしてやるか……なんて、俺もそんな野暮じゃないさ」
まあ、あいつに頼れる恋人ができるのはいいことだろう。
わざわざここで割り込んで邪魔をするほど、俺も空気が読めないわけじゃない。
後でゆっくりと祝ってやろう。
あいつが好きなコンビニスイーツでも買ってやるか。
そんなことを自分に言い聞かせながら、俺はその場をそっと離れる。
心の奥底に、得体の知れないもやもやした気持ちが沸き起こり、胸がざわつく。
俺はそれをあえて無視した。
幼馴染として距離が離れるのは少し寂しい気がするけれど、仕方ない。
俺とあいつじゃ、どう見たって不釣り合いだもんな。
***
「ふわぁ……ねみぃ」
放課後の帰り道。
俺は人通りのほとんどない裏道を歩いて、一人で家に向かっていた。
あの告白の場面から数日。
幼馴染のあいつとは、ほとんど顔を合わせていない。
というよりも、俺の方から意図的に避けている。
理由は……まあ、恋人ができたっていうのに、俺が今までみたいにそばにいるのは良くないからだ。
あいつはそういう距離感に無自覚なところがあるからな。
俺が気を使ってやるしかないだろう。
「……」
そんなことを考えて歩いていたが、ふと足を止めた。
目の前には……。
「よっ、チビスケ。相変わらず小さいわね」
幼馴染のデカ女が、ブロック塀にもたれかかりながら俺を待ち構えていた。
「お前はいつもデカいままだな」
「なに? 嫉妬してるの?」
お互いに、いつものように軽口をたたき合う。
なにも変わらない日常の空気に、少しだけ安心してしまう自分がいる。
だけど、このままじゃ良くないよなぁ。
「っていうか、俺と一緒にいたらあいつに勘違いされるぞ」
「はぁ? 何いってんの?」
幼馴染みは眉間にシワを寄せ、めちゃくちゃ不審そうな顔をした。
天然なのか? 普通、自分の恋人が他の男と仲良くしていたら嫌な気分になることくらい、わかるだろ。
仕方ない。幼馴染として最後のおせっかいを焼いてやるか。
「告白。されたんだろ?」
「え? あ、あー……あんた見てたの?」
少し恥ずかしそうに、あいつは笑う。
普段は見られない照れたような表情に、少しドキッとする。
だけど、その顔は俺にじゃなくて、彼氏に向けるべきだろうからな。
「恋人ができたんだろ? おめでとう」
心からの祝福の言葉……これは嘘じゃない。
大切な幼馴染なんだ。きちんと、祝ってやろう。
だけど……。
「……あんた、今なんて言った?」
俺の言葉を聞いた瞬間、幼馴染の顔からスッと笑顔が消えた。
俺はこの表情と低い声をよく知っている。
これは、本当に怒っているときのやつだ。
「あんた、今なんて言ったの?」
怒りに満ちた表情のままで近づいてくる。
俺はその迫力に負けて思わず後ずさりし、背中が壁にぶつかって追い詰められる。
あいつは俺の目の前まで来ると、俺の両肩をガシッと掴み、見下ろしてきた。
「い、いや、だって、あいつと付き合うことにしたんだろ? あんないいやつと恋人に……」
「断ったわよ」
「え?」
思わず聞き返す。
「断ったって言ってんの!」
「いや、なんでだよ。お前とあいつはお似合い……」
「そんなわけ無い!」
夕暮れ時の路地に、彼女の叫び声がこだまする。
「あんた以外の人を好きになるはずがないでしょ! 馬鹿!」
俺は壁に背を預けたまま、彼女を見上げて言葉を失う。
とんでもないことを言われたのはわかる。
だけど、その言葉のお陰で、ずっと胸の奥にあったあのもやもやの正体に、やっと気づくことができた。
「……なにか言いなさいよ」
彼女が、すねたような、それでいて不安そうな目で俺を見つめてくる。
「……弁当、美味かった」
「……はぁ?」
我ながら、こんな言葉しか出てこないのもどうかと思う。
だけど、素直に「好き」っていうのは、やっぱり恥ずかしい。
「だから、これからも作ってほしい」
情けないとは思うけど、やっぱりこれが今の俺の精一杯だ。
そんな俺の不器用すぎる告白を聞いて、彼女は呆れたような顔を見せる。
「なに? 『毎朝、味噌汁を作って欲しい』……みたいな、昭和のプロポーズをしてるつもり?」
「うるせぇ……」
「仕方ないわねぇ」
彼女はニヤッと、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべると、少し身をかがめて俺の耳元に唇を寄せる。
「いいわよ」
甘い吐息がかかり、心臓がめちゃくちゃに跳ねる。
そして、その後の言葉は――
「ダーリン」




