6.正しさ
それは、事件として知らされた。
朝のニュースだった。
いつもの時間。
いつもの声色。
画面の端に、文字が流れる。
「身元不明の男性が死亡」
「路上で口論の末」
「第三者が事情を聴取中」
詳しいことは分からない、と言いながら、
理由だけは並んでいた。
所持品に不審な点があった。
金銭を持っていない可能性があった。
身元を示すものがなかった。
だから、問い詰めた。
だから、口論になった。
だから、仕方がなかった。
そういう順番で、話は整えられていた。
誰が最初に声を荒げたのか。
どんな言葉が使われたのか。
どこまで追い詰めたのか。
そこは、どこにも書かれていない。
代わりに、
「正当防衛の可能性」
という言葉が、何度も繰り返されていた。
私は、画面を見ていた。
見ていただけだった。
コーヒーはまだ熱く、
パンはいつも通りの味がした。
続報は短かった。
すぐに、天気予報に切り替わる。
「安全に注意しましょう」
その一言で、話は終わった。
外に出ると、
駅前はいつも通りだった。
人は歩き、
店は開き、
誰も立ち止まらない。
立ち話の声が、耳に入る。
「最近、物騒だよね」
「でもさ、ああいう人も問題あるでしょ」
「金なんか持ってないはずなのに、店のものを持ってるのはおかしくない?」
誰かが、確認するみたいな口調で言った。
反論は、誰もしなかった。
怒っているわけでも、
責めているわけでもなかった。
納得している声だった。
私は、その場を通り過ぎながら、
あの場所のことを思い出していた。
空になっていた場所。
転がっていたペットボトル。
踏み潰された跡。
ニュースには、
具体的な物の話は出てこなかった。
出る必要も、なかった。
持っていた理由を説明できないものは、
最初から、持っていなかったことになる。
そういう整理の仕方が、
正しさとして通用している。
私は、手を出したくせに、引き受ける気はなかった。
だから私は、責められる側にはならなかった。
責められる理由は、
いつも、もっと分かりやすいところに置かれる。
声を荒げた人。
殴った人。
抵抗した人。
そうじゃないものは、
正義の外に出ることはない。
私は、何も言わなかった。
言えなかったのか、
言わなかったのかは、もう区別がつかない。
ただ、
正しい側に立つ方法だけは、
いくらでも知っていた。




