2.足跡
事件は、もう終わったことになっていた。
ニュースは次の話題に移り、街は元の速さを取り戻している。捕まった男の名前も、顔も、すぐに記号に変わった。危険人物。容疑者。犯人。そこに、人はいない。
私だけが、取り残されていた。
助けられたはずなのに、助かった実感はない。終わったことにされた出来事が、まだ私の中で続いている。
だから、歩いた。
理由はなかった。ただ、立ち止まれなくなっただけだ。
最初に向かったのは、ニュースで最初に報じられた場所だった。小さな店。シャッターは修理されたらしく、新しい金属の光をしていた。店は潰れていない。棚は揃い、客もいる。奪われたはずの痕跡は、一見すると、もうどこにも残っていなかった。
ただ、店の隅には剥がされないままの張り紙があった。色褪せた紙に、印刷された文字。
「返品不可・返金不可」
それは新しいシャッターとも、整えられた棚とも噛み合っていなかった。
向かいの店の人は、私の視線に気づいて、困ったように笑った。
「被害者、ってことになるんでしょうね」
それ以上は言わなかった。言わなくても、十分だった。
少し離れた住宅街に、静かな玄関があった。
ニュースでは「被害者」と呼ばれていた家だ。
玄関先には、差し入れの袋がいくつも置かれていた。
中身は開けられ、空になった袋だけがまとめて置かれている。
必要な分だけ取った、という顔をして。
彼が何をしたのかは、どこにでも書いてあった。
強盗。窃盗。場合によっては、傷害。
被害は、数字にすると軽微だった。
でも、生活は軽くならない。
それでも、彼がどうしてそれをしたのかは、どこにも書かれていなかった。
私は、彼の通った点を線で結ぶように街を歩いた。
すると、不思議なことに気づく。
奪われたはずの場所ほど、立っている。
壊されたはずの生活ほど、続いている。
誰も感謝していない。
誰も救われたとは言っていない。
それでいいのだと、この街は言っているようだった。
警察は正しかった。
彼は危険だった。
やったことは、すべて犯罪だ。
それでも。
彼は、誰かを救おうとしていたわけじゃない。
ただ、見てしまっただけだ。
見て、通り過ぎなかっただけだ。
それだけのことが、この街では許されない。
私は、自分の手を見る。
何も持っていない。
血もついていない。
それなのに、戻れない場所がある。
正義は、今日も正しい。
だから私は、まだ何もしていない。




