93話 『明日へ』
「ハァ......ッ、ハァ......ッ!」
僕たちは、限界を迎えた身体に鞭を打ち、押し寄せる円卓の亡者兵士たちとの終わりの見えない防衛戦を続けていた。
僕の残された『拒絶』の力も、あと数回使えば完全に底をつく。血まみれのイーシアさんを守るカシムさんたちも、既に立っているのがやっとの状態で、武器を握る手は限界を超えて震えていた。
もうダメかもしれない。
そんな絶望が脳裏をよぎりかけた、その時だった。
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!!
僕たちがぎりぎりの戦いを続ける背後、敵本陣の最奥から、荒野の朝の空を真っ白に染め上げるほどの、途方もなく巨大な『光の柱』が天高く立ち上った。
「まさか......レイ!」
その眩い光の奔流は、僕の中にある『拒絶』の魔力と強く、そして温かく共鳴していた。間違いない。レイだ。レイが、僕の託した力を全て解放して、あの一撃を放ったんだ......!
カチャ、ガシャァン......。
その直後だった。
僕たちを狂ったように襲っていた円卓の兵士たちが、まるで操り糸を切られた人形のように一斉に活動を停止し、次々とその場に崩れ落ちていった。帝王シンから供給されていた規格外の魔力が、完全に途絶えたのだ。
「......やったんだね。レイ」
光の柱がゆっくりと消えていく空を見上げながら、僕は震える声で呟いた。
「ハハッ......マジかよ。あのバケモンに、本当に勝ちやがった......」
「......ああ。見事だ、オレの弟子は」
「もう、動けねぇ......!!」
亡者たちが完全に停止したのを確認した瞬間、へとへとになっていたスミスさんが、大の字になって土の上に倒れ込んだ。カシムさんも、ソフィアさんも、アクシアさんも、皆がその場にへたり込み、ボロボロの顔で安堵の笑みを浮かべている。
長い、長すぎる戦いが、ついに終わったのだ。
「......みんな! イーシアさんをお願いします!」
「おいユキ、どこへ行く!」
「レイのところだよ! あの馬鹿、きっとまた無茶してるに決まってるから......!」
僕は皆に重傷のイーシアさんを預け、スミスさんたちの声に振り返ることもなく、ただ一直線に、レイが戦っていた最奥の中心地へと駆けだしていった。
足がもつれて、何度も転びそうになる。
それでも、僕の世界のたった一つの希望である、大好きな相棒の顔を一秒でも早く見るために。
◇◇◇◇◇
荒れ果てた敵本陣の最奥。すべての決着がついたその爆心地に。血だまりの中で、ピクリとも動かずに倒れているレイの姿があった。
「レイッ!!」
僕は地面を蹴り飛ばすように駆け寄り、崩れ落ちるようにその身体にすがりついた。全身はひどい火傷と裂傷に覆われ、右腕は石のように硬く変色している。
「よかった、生きて......え?」
レイの胸に耳を当てた瞬間、僕の心臓が凍りついた。
音が、しない。呼吸も、鼓動も。
「......嘘だ。そんな......まさか......ッ」
僕は震える両手をレイの胸に押し当て、すぐさま僕の持つ『拒絶』の力を全力で流し込んだ。レイの身体を壊す『死』という運命そのものを、拒絶して治癒するために。
バチィィィンッ!!
「......あッ!」
しかし、僕の放った治癒の光は、レイの身体に触れた瞬間に激しい火花を散らして弾き飛ばされてしまった。
レイの体内で限界を超えて酷使され、行き場を失って濃く暴走している強大な魔力が、無意識のうちに外からのあらゆる干渉を『外敵』とみなし、拒絶してしまっているのだ。
「れ、レイ......? 嘘だよね......?」
弾かれた両手を見つめ、僕の目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
レイが死ぬだなんて、そんなの絶対に許しちゃいけない。
元の世界で、あんなに辛くて悲しい戦争を生き抜いて。この世界に来てからも、僕やみんなのために、自分の命を削ってずっと一番前で戦い続けてきたんだ。
こんなに頑張っているレイが、誰よりも優しい僕の相棒が、ここで冷たくなって死ぬだなんて......そんな結末、むご過ぎるよ。
「嫌だ......お願い、レイ......ッ!」
僕は諦めずに、何度も何度もレイの身体に治癒の魔力を流し込もうとする。
だが、何度やっても、暴走した魔力の壁に弾き返され、僕の手のひらが焼け焦げていくだけだった。
外からの干渉を、一切受け付けない。
なら──────。
「......レイは、僕が絶対に連れ戻す」
外からの魔法がダメなら。
僕の魔力を、僕の魂ごと、レイの身体の『内側』に直接流し込んで繋ぎ止めるしかない。
僕は涙を拭い、泥と血に汚れたレイの頬を両手で優しく包み込んだ。
そして、その冷たくなった唇に向かって。
僕はそっと、自分の唇を重ねて、祈るようにキスをした。
僕の唇から、直接レイの体内へと『拒絶』の治癒魔力を流し込む。
暴走していた魔力の壁が、僕の魂からの干渉には一瞬だけ抵抗を緩め、その隙間を縫うようにして温かい光がレイの全身へと浸透していった。
「......っ」
やがて、レイの硬直していた表情が僅かに和らぎ、真っ白だった顔色に、少しずつ生きた人間の血の気が戻っていく。
「......レイッ」
僕の祈りは、どうやら届いたようだ。
胸に耳を当てると、弱々しくではあるが、確かな鼓動が戻っていた。
しかし、急場を凌いだだけで、根本的なダメージが回復したわけではない。魔鉱化して石のようになった右腕もそのままで、一向に目を覚ます様子はなかった。
どうすればいい。このままじゃ、レイは......。僕が絶望で再び視界を滲ませた、その時だった。
「......大丈夫、彼は死なない」
「え......?」
背後から、不意に静かな声が響いた。
驚いて振り返ると、いつの間にか、血みどろの荒野には全くそぐわない、深いローブを纏った謎の男が立っていたのだ。気配なんて、全くなかったのに。
「彼は、ここで死んではいけない人だ。......この世界を縛る、悲しき連鎖を止める『唯一の鍵』になりえる」
男は倒れるレイを見下ろし、どこか懐かしむような、哀れむような瞳でそう告げた。
「ウロボロス......? あなたは、一体......」
「......だから、彼を連れて、リスタリアにある”リィンカーベルグ”へと向かうといい。あの場所の機能を使えば、その致命的な傷と魔力の暴走を完全に治療できる」
男は僕の問いには答えず、ただ淡々とレイを救う方法を提示した。リスタリアの果て。ここからどれほど離れているかも分からない、未知の場所。
「......しかし、そこまでの傷を治すには、気が遠くなるほど『永い時間』が必要だ」
ローブの男の言葉が、重く冷たく戦場に響く。
「目覚めた時には、今の仲間ともう二度と会えないだろう。......それでも、キミは彼と一緒に封印される覚悟があるか?」
それは、一緒に戦ってきたスミスさん、カシムさん、ソフィアさん、アクシアさん、そしてイーシアさんたちとの、永遠の別れを意味していた。
平和になったこの世界で、皆と一緒に笑い合うという未来を捨てるということ。
だけど。
僕の答えは、一秒たりとも考えるまでもなかった。
「......レイが居ない世界に、僕が生きている意味なんてない」
僕は、静かに眠るレイの手をぎゅっと握りしめ、ローブの男を真っ直ぐに見据え返した。
「僕の世界は、ずっと前からレイだけなんだ。......だから、その方法を教えて」
僕の迷いのない瞳を見て、ローブの男は口元に小さく弧を描いた。
「......いい顔だ。ならば、この鍵を持っていけ」
ローブの男はそう言い、懐から仄かに青白い光を放つ『球体の何か』を取り出し、僕の手へとそっと手渡した。温かく、不思議な鼓動を感じる球体。これが、おそらくリィンカーベルグを起動するための鍵だろう。
「キミとは、この世界の終着点でまた会うだろう。......その時を楽しみにしているよ」
男がそう言い残し、一陣の風が吹いた瞬間。
そのローブの姿は、まるで最初から幻であったかのように、朝の光の中へと溶けて消え去っていた。
◇◇◇◇◇
僕は、レイを連れて、皆の元へと帰った。
そして、あの場であったことを全て話した。
僕は、気を失ったままのレイを魔法でそっと宙に浮かせ、皆の待つ元へと帰った。
「ユキ! レイの無事は......ッ!」
駆け寄ってきたスミスさんたちが、ピクリとも動かないレイの姿を見て息を呑む。僕は静かに首を振り、そして、あの爆心地であったことを皆に全て話した。
謎のローブの男が現れたこと。
このままではレイの命が持たないこと。
彼を救うためには、遠く離れたリスタリアの『リィンカーベルグ』で、永い、永い封印の眠りにつかなければならないこと。
そして──────目覚めた時、皆とはもう二度と会えなくなってしまうこと。
重く、残酷な真実。
話を聞き終えた戦場には、朝の風の音だけが静かに吹き抜けていた。
皆、ボロボロの身体で俯き、言葉を失っている。僕の我がままで、皆からレイという大切な仲間を奪ってしまうのだ。責められても、引き留められても仕方がない。
けれど、最初に沈黙を破ったのは、左目を失った痛々しい姿のアクシアさんだった。
「......そっか。レイくんともう会えないのは、少し寂しい」
アクシアさんは残された右目で僕とレイを見つめ、寂しげに、けれど力強く微笑んでみせた。
「でも、ボクは未来のレイくんたちの役に立てるように、ここで頑張るよ。......だから、安心して行って」
「アクシアさん......」
その言葉に続くように、スミスさんが頭をガシガシと掻きながら、ふっと息を吐いた。
「......ユキがそう決めたなら、オレは止めねぇ。お前らが命懸けで守ってくれたこの世界で、俺は奪われた鍛冶の力を、また一から学びなおしていくぜ。未来で目覚めたレイが驚くくらい、すげぇ武器を遺してやるよ」
「スミスさん......」
スミスさんの温かい不器用な励ましに、僕の目から堪えきれずに涙が溢れ出す。
すると、スミスさんの腕の中で血に染まっていたイーシアさんが、微かに目を開け、かすれた声で静かに口を開いた。
「そうか......。目覚めたその時、レイ殿に伝えてくれ」
下半身の傷がまだ深く、この先歩けるかどうかが分からない状況にいるというのに。彼女は誇り高き騎士の顔で、かつての戦友へ向けて優しく微笑んだ。
「貴殿と過ごした日々は......本当に、楽しかった。と」
「イーシアさん......ッ、はい、必ず。必ず伝えます......!」
僕が泣きじゃくりながら頷くと、ソフィアさんがその場に静かに跪き、深く、美しく頭を下げた。
「行ってしまわれるのですね。......勇者様」
ソフィアさんの声は震えていたが、その瞳には強い決意が宿っていた。
「ならば、私たちは今日のことを、決して風化させずに未来へと紡ぎます。あなたたちがこの世界を救ってくれたという真実を、どれだけ時が経とうとも」
皆が、僕たちの決断を背中を押してくれている。
こんなにも温かくて、優しい人たちと、もう二度と会えないなんて。
最後に、ずっと黙って腕を組んでいたカシムさんが、レイの顔を一度だけじっと見つめ、そして短く言い放った。
「おう。......行ってこい。俺からはそれだけだ」
多くは語らない。振り返るなという、師匠としての厳しくも温かい、最後のエール。
「......みんな。本当に、本当に......ありがとう」
僕は皆に向けて深く、深くお辞儀をした。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭い、僕は再びレイの冷たい手をしっかりと握り直す。
「行こう、レイ。僕たちの未来へ」
昇りきった朝日に照らされながら、僕はレイと共に、遠いリスタリアの地へ向かって、静かに歩みを進め始めた。
皆の想いと、この世界で過ごした温かい記憶を、永遠に胸に刻み込んで──────。
◇◇◇◇◇
ここが、リィンカ―ベルグか......。
見上げるほど巨大で、神秘的な静寂に包まれた遺跡。
遠く離れたこのリスタリアの果ての地までは、ソフィアさんが気を利かせてくれて、特別な馬車を手配してくれたのだ。彼女たちの優しさがなければ、途中で僕の体力も尽きていたかもしれない。
僕は、長い道中を文句一つ言わずに馬車を引いてくれた隊員の人に深くお礼を言い、ゆっくりと遺跡の奥へと向かって歩みを進める。
レイは、僕の背中で静かに寝ている。
相変わらず目を覚ます気配はないけれど、その規則正しい小さな寝息だけが、僕の背中に確かな命の温もりを伝えてくれていた。
「......もう大丈夫だよ、レイ」
この遺跡の奥で、一緒に永い眠りにつこう。
そして、このレイの深すぎる傷と魔力の暴走を、ここで完全に治すんだ。どれだけ永い時間がかかろうとも、僕がずっと側で手を握っているから。
差し込む朝日が、遺跡の入り口を優しく照らしている。
そうして、僕とレイの、長く、果てしなく過酷だった戦いは、ここで一度静かに幕を下ろした。
仲間たちが命を懸けて繋いでくれた、未来に。
確かな希望を残して──────。
第93話『明日へ』。ここまでレイの絶望への反逆を見届けてくださり、本当にありがとうございました。
突然ですが、皆さんに宣言します。この物語は、ただのWeb小説では終わらせません。
続く、
第二部『百折不撓のアルゴリズム-semicolon-』
そして、
完結編『百折不撓のアルゴリズム-period-』
を含めたこの物語の完全版を、2000年代の名作たちに並び立つ「最高のビジュアルノベルゲーム」として現代に蘇らせます。
何度死んでも立ち上がる絶望感、運命を「拒絶」するカタルシス。それを、皆さんに「ゲーム」として直接叩き込みたい。
そのため、ゲーム制作サークル『ぺるせぽね』
を立ち上げ、共に伝説を作る仲間を募集します。私にはこの20万文字の「完璧な原本」、この先に待っている最後までのプロット、そしてやり遂げる覚悟があります。あとは、共に戦ってくれる仲間が必要です。
「この作品を、自分の手で名作ゲームにしてやる」
「この作品を土台に、キャリアを積んでみたい」
この物語を好きになってくれた人、この作品を足蹴にして売れたい人、全員歓迎です。この一ノ瀬隆を沢山利用してください。
ただし、熱量がある人を募集しています。
少しでも興味を持ったクリエイターの方、クリエイターになりたい方、どうか私のX(旧Twitter)を見に来てください。
読者の皆様、そして未来の仲間たち。
『百折不撓のアルゴリズム』の本当の戦いは、ここから始まります!




