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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
終章 観測終点の連鎖

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92話 『エンディング』

「......はぁ......はぁ......ッ」



全てを貫き、世界を白く染め上げた究極の一撃。しかし、神の領域の力を限界を超えて叩き込んだ代償は、あまりにも重いものだった。



「ぐ......ぁ......」



俺の右腕は、許容量を超えた魔力行使の負荷により完全に『魔鉱化』を始め、石のように硬く変質してまともに動かせなくなっていた。その上、砕け散ったフェルファクナの反動によって、体内の残存魔力が暴走し、全身の血管を内側から焼き切るように暴れ回っている。



もはや、剣を握るどころか、まともに立って戦うことすらできない。そんな絶望的な状態へと陥ってしまった。



土煙が晴れた先。対する帝王シンは、ボルケイムを杖代わりにして、ふらつく足取りで何とか立ち上がった。



「......もはや、取り込んだあの子らの能力のほとんどが焼き切れてしまったか」



シンが自嘲気味に呟く。

俺の命を懸けた『完全開放(フルバースト)』は確かにシンを追い詰め、その凶悪な四つの能力と無敵の鎧を根こそぎ消し飛ばした。しかし......あの化け物を地に伏れさせるには、あと一手が、ほんの一手が足りなかったのだ。



「だが、お前はもう動けまい。......これで、フィナーレといこう。私が勝利し、本物の英雄への切符を掴むんだ」



大剣を引きずりながら、シンがゆっくりと俺へ向かって歩みを進めてくる。

もはや、抗う術も持たない敗北一歩手前の状況。でも、そんな死の淵に立つ今でも、俺の心に『負ける』という選択肢は微塵も存在しなかった。



「......お前は、本物の英雄になれない」



俺は血を吐きながら、脳裏にユキの笑顔を思い返す。



「確かに、お前は強い。家族を背負い、その遺志を継いだ、勇気ある者だ」



ユキはいつだって、その太陽のような笑顔で俺たちを照らしてくれていた。それは、この世界に来る前の......あの陰鬱で、凄惨な戦争が日常だった元の世界でもそうだった。



「だが......俺はその正義を、否定する」



俺の世界は、ユキだけだった。あいつが笑ってくれることだけが、真っ暗な世界におけるたった一つの希望だった。その光を守るためなら、自分の命だって幾度となく投げ捨ててきたんだ。



「本物の英雄ってのは──────」



降りかかる全ての理不尽、全ての絶望。その全てを超えて今日まで立っていられたのは、決して俺が強かったからじゃない。『ユキと平和な世界で暮らす』という、ただ一つの強烈な願望があったからだ。



「絶望を、超えられる者だ」



だから、俺は。



迫り来る帝王の刃を前にして、己を縛る死の運命と、このどうしようもない絶望を。



残された最後の力で、『拒絶』する──────。



「......があッ......!」



ピキッ、と嫌な音が鳴る。動かすだけで全身の神経が焼き切れるような激痛が走るが、俺は魔鉱化して石のように固まった右腕を、気力だけで無理やり持ち上げた。



痛い。だが、今まで俺が受けてきた絶望や心の傷は、こんなものじゃない。

あの惨たらしい戦争の世界で味わった喪失感は、こんな物理的な痛みより、もっと辛くて、もっと暗くて、果てしなく冷たかった。



それに比べれば、愛する者のために戦えるこの痛みなど、取るに足らない。



「もう一度......応えてくれ、」



俺はひび割れた喉から血を吐き出しながら、魂の底から叫んだ。



「──────ヴァルセリアぁああ!!!!」



その時。俺の脳内に、温かい『声』があふれ出した。

もはや俺の意識は限界を超え、五感すら使い物にならなくなっていて、その声の輪郭を正確に捉えることはできない。だが、それが共に戦ってきた相棒たちの声であることだけは、言葉ではなく『心』で確かに感じ取ることができた。



ああ、分かっている。

恐らく、フェルファクナを失ったこの極限状態でもう一度魔剣を顕現させ、その力を放てば。俺の身体は反動に耐えきれず、内側から完全に破滅して死んでしまうだろう。



だが、死ぬのは少しも怖くない。

その命と引き換えに、誰かを......たった一つの希望であるユキを、この世界ごと救えるのなら。本望だ。



『絶望を拒絶する』という俺の強烈な意志に呼応し、空間に霧散していた光の粒子が、もう一度俺の砕けかけた右手に収束していく。

その黄金の光はやがて、俺の代名詞である漆黒の魔剣の形を、確かな質量を伴って描き出した。



「最終節《【終幕】エンディング》」



俺が血に染まった唇で紡いだその詠唱は、朝の光すらも霞むほどに、この凄惨な戦場を眩く、そしてひどく優しく照らし出した。



帝王シンが、驚愕に見開いた目でこちらを見ている。

理不尽な運命操作も、超常的な身体強化も、今の俺には関係ない。ただ、この命を剣に乗せて届けるだけだ。



「はああぁぁぁあああ!!!!」



俺の命の全てを燃やし尽くす最後の一閃が、光の軌跡を描いて空間を跳躍し。



──────帝王シンの胸を、深々と貫いた。



◇◇◇◇◇



「......負けた、か」



気がつくと、周囲の景色が一変していた。

荒れ果てた戦場も、舞い散る光の粒子もない。一面に広がるのは、波一つない鏡のように静かで、透明な水面のような空間だった。



ここは、どこだ?



「......」



目の前には、無傷の姿をした帝王シンが立っていた。俺自身を見下ろしても、魔鉱化した右腕は元に戻り、全身の傷も、焼け焦げたような痛みも綺麗に消え去っている。

どうやらここは、互いの命が尽きかける死の淵で繋がった、精神世界の様だ。



シンの顔に先ほどの凄惨な殺気はない。ただ、すべてを背負い、そしてすべてを手放した者の穏やかな表情があった。



「......なぜ、お前はこの世界を力で支配したんだ?」



俺は、静寂に包まれたこの機会を使って、ずっと気になっていたことをシンへと尋ねた。

家族を愛し、円卓の幹部たちからあれほど慕われていた男が、なぜ民を虐げ、恐怖で世界を統べる暴君となったのか。



シンは伏せていた目をゆっくりと開け、遠くを見るような瞳で語り始めた。



「ここは、元は一つだった世界が、川の分岐のように二つに分かれた平行世界で出来ている」



「平行、世界......?」



「そうだ。一つは、私たちが生まれ、こうして存在している『魔導の世界』。そしてもう一つは......キミと勇者クンが元居た、魔法を科学として発見し、終わらない戦争をし続けた『戦争の世界』だ」



俺の心臓が、大きく跳ねた。

俺たちが元いた、あの地獄のような世界。それが、この世界と根源を同じくする平行世界だというのか。



「その二つの世界は、いつか必ず交わり......未来において、互いの存亡を懸けて対立する運命にある」



シンは悲痛な声で、自らの罪を告白するように言葉を紡いだ。



「私は、王として......それを”見て”しまったのだよ」



運命のいたずらによって、見たくもない滅びの未来を幻視してしまった王の絶望。



「だから──────」



シンの頬を、一筋の涙が伝う。



「今、私の民を傷つけることになろうとも。強大な力で世界を統一し、来るべきもう一つの世界との戦争に備えて......その先の未来を掴もうとしてしまったんだ」



精神世界の静寂の中。帝王シンは、自らの罪と絶望を語り終えた後、俺に向き直って真剣な声で口を開いた。



「......一つ、願いがある」



シンは、現実世界で俺の握っている魔剣へと視線を落とした。



「キミの持つ、ヴァルセリア。......それがあれば、対立する二つの世界という悲劇の未来を変えられるかもしれない」



「俺の、ヴァルセリアで......?」



「ああ。こうして命を懸けて対峙して、私はようやく見つけたのだ。力や恐怖ではなく、絶望そのものを跳ね除け......この世界を救うことのできる、本当の英雄を」



シンの身体が、足元からゆっくりと光の粒子となって崩れ始めている。

現実世界での彼の肉体が、俺の放った一撃によって完全に終わりを迎えようとしている証だった。



「だから、どうか。......力に溺れ、こうして道を大きく踏み外した私に代わり。この世界を、そして二つの世界が縛られているこの悲しい呪いを──────」



シンは、かつての威厳ある帝王としてではなく、ただ純粋に未来を願う一人の男として、俺に頭を下げた。



勝利を切り開(ヴァル)く希望の剣(セリア)で、断ち切ってくれ」



その重すぎる願い。断る理由なんて、どこにもない。

だが......現実世界での俺は、フェルファクナを砕き、限界を超えた魔力行使の反動で確実に死へと向かっている。命が尽きようとしているこの身体で、そんな途方もない未来を背負うことなど、本当に可能なのだろうか。



俺のその疑問を悟ったのか、シンは優しく、しかし力強く微笑んだ。



「キミは死なせない。......最期に、私ができる全てを託そう」



シンがそっと手を伸ばし、俺の胸に触れる。

その瞬間、彼を構成していた莫大な魔力と、帝王としての命そのものが、温かい奔流となって俺の魂へと流れ込んできた。



「シン、お前......自分の魂まで......ッ!」



「キミが示してくれた光に比べれば、安いものだ。......頼んだぞ、英雄」



俺の崩壊しかけていた魂を、シンの残された全ての命が繋ぎ止め、この世界に強く『固定』していく。

そして、彼が完全に光となって水面に溶け落ちた瞬間。



精神世界の景色は弾け飛び、俺の意識は、死の淵というすんでのところで固定された。

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