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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
終章 観測終点の連鎖

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89話 託す者、託される者

紅き月が沈み、東の空から煌々と昇る朝日と共に。かつて世界を統べた暴君が、今再びこの地に君臨した。



「......そうか。あの子らは、私に全てを託したのか」



眩い朝の光の中、純白の髪を風に靡かせながら、その男は静かに涙を流して世界を見渡した。自らの復活のために命を散らしていった子供たちの遺志を、その身に深く刻み込むように。



「エルザナ帝国、国王シン=エルザナ。......我らの意を示すため、貴様らを討つ」



男の声は決して荒らげるようなものではなかった。だが、その言葉が発せられた瞬間、ロンベルの大地がカタカタと震え、周囲の空気が一気に鉛のように重くなった。空間そのものを震わせるような、逆らうことの許されない絶対的な響き。



「私はここで待とう。全てを賭けて、ここまで挑戦しに来るのを待つ」



そう言い残し、シンはゆっくりと目を閉じた。

すぐに襲いかかってくるわけではない。それは王としての矜持か、あるいは彼なりの子供たちへの哀悼の時間か。



俺とユキは満身創痍で肩で息をしながら、ただ立ち尽くしてその光景を見上げることしかできなかった。



「あれが、帝王シン......。あの円卓たちを統べていた、真の王か」



憎むべき敵の頂点。だというのに、その姿はあまりにも神々しく、悲哀に満ちていた。

放たれる絶望的なプレッシャーの前に、俺の握る魔剣の重さが増し、肺が酸素を拒むように息が詰まる。戦う気持ちすらも削がれてしまいそうになる。



そんな極限の重圧の中、背後から複数の足音が近づいてきた。

血と泥に塗れた仲間たちが、それぞれの激戦区を越えて、俺たちの元へと合流してきたのだ。



「レイ......無事か!」



振り返ると、カシムさんとソフィア、そしてスミスの姿があった。



だが、彼らの姿を見て、俺は息を呑んだ。



「スミス、それは......ッ!」



「すまねぇ、レイ。オレがもっと早く駆けつけてやれりゃあ......」



苦痛に顔を歪めるスミスの両腕の中には、下半身がズタズタに引き裂かれ、血の海に染まったイーシアが抱えられていた。カインとの死闘の代償は、あまりにも大きすぎたのだ。



そして、ソフィアに肩を貸してもらって立っているアクシアもまた、顔の左半分を痛ましい包帯で覆い、左目を完全に欠損していた。



皆、ボロボロだ。立っているのがやっとの状態。魔力も底をつきかけているはずだ。しかし、誰一人として命を落としてはいない。限界を超えて、皆、生きている。



その事実だけが、この深淵のような絶望の状況下において、俺の折れかけた心を繋ぎ止める『唯一の朗報』だった。



「みんな......よく生きて......」



俺が再会を喜び、気の利いた言葉をかけようとした、その時だった。



カチャ......、ガシャッ......。



不気味な金属音が、静まり返った戦場に響き渡った。

視線を向けると、先ほど全ての命を吸い取られ、地面に倒れ伏していたはずの円卓の雑兵たちが、不自然な動きで次々と立ち上がり始めたのだ。



「なっ......死んだはずじゃ......!」



「いや、違う。魂はない。ただの抜け殻だ」



カシムさんが鋭く見抜く。

シン=エルザナから溢れ出る規格外の魔力に当てられ、空っぽになった鎧と肉体が再起動を始めたのだ。意思なき亡者の軍勢が、シンの待つ最奥への道を塞ぐように立ちはだかる。



「チッ......休ませてくれる気はねえってことかよ」



スミスが血を吐き捨てるように言い、イーシアを静かに地面へと横たえた。



そして、彼を筆頭に、カシムさん、アクシア、ソフィアの四人が、俺たちの前に出るようにして立ち上がった。全員が限界を超えている。それでも、その背中には微塵の迷いもなかった。



「ソフィア......アクシアまで。無理だ、お前らの体じゃ」



それぞれがすでに、死闘を終えた直後のはずだ。それなのに......ッ!!!!



「僕ならやれるよ、レイくん。右目はまだ、しっかり前を見据えてるから」



俺の心配した声を聴いて、アクシアはワザと大袈裟に元気な声で戦う意思を見せる。



「アクシア様の言う通りです。私たちは、ここを通しません」



ソフィアもまた、アクシアと同じくこの先へと生かせないという強い使命感を宿していた。



「スミス、お前ら......ッ」



「行ってくれ、レイ」



スミスが自作の武器を構え直し、振り返らずに熱い檄を飛ばしてくる。



「あの野郎をぶっ飛ばせるのはお前だけだぜ。オレはそれを信じてるからよ。......こいつらは、オレたちが食い止める!」



「......ああ。オレの『一番弟子』が負ける姿なんて、見たくないからな。存分に暴れてこい」



カシムさんも自らの剣を構え直し、力強く笑ってみせた。



仲間たちの覚悟に、俺の目頭が熱くなる。

ここまでの歩みが、全部間違っていなかったというその感情に、思わず心が動かされた。みんなが、ここまで俺のことを信じてくれている事実に応えたいという気持ちで満たされる。



その時、横からユキが俺の前に進み出た。その顔には、かつてないほど悲壮で、けれど強い覚悟を決めた表情が浮かんでいた。



「レイ。......手を出して」


言われるがままに右手を差し出すと、ユキはその両手で俺の手をしっかりと握り込んだ。直後、温かく、そして途方もなく巨大な光の奔流が、ユキの手から俺の身体へと流れ込んでくる。



「ユキ......お前、これは......!?」



「僕の今持てる力を、全部レイに託すよ」



ユキは青白い顔で微笑みながら、自らの命を削るように魔力を注ぎ込んでいく。

世界に定着した俺とはもう『シンクロ』はできない。だからこそ、ユキは自分の力を全て俺の器へと押し込み、強化する道を選んだのだ。



「僕はここで、残った『拒絶』の力を使って、イーシアさんをどうにか守り抜く。......だから、戦いはレイに全部託す」



ユキの震える手が、俺の手を離れる。

力を失い、膝をつきそうになるユキを、俺は力強く抱きとめた。



「ユキ。......お前の力、確かに受け取った」



「うん。......お願い、レイ」



ユキは俺の胸の中で顔を上げ、涙ぐんだ瞳で、それでも真っ直ぐに俺を見つめて叫んだ。



「僕たちの勝利を......勝ち取ってきて......!」



「......ああ。必ずな」



俺はユキを優しく地面に下ろすと、立ち塞がる亡者の軍勢、そしてその奥で静かに待つ帝王シンへと向かい、歩き出した。



体の中で、ユキの優しい魔力が循環する。ここまで負った痛みを全て”拒絶”するように、引き裂かれた筋肉が繋がり、体の状態が万全へと戻っていく。

静かだった魔力回路が息を吹き返し、『フェルファクナ』も、『ヒュニエスタ』も、最良の状態で快調に脈打っている。そして、ここまで歩んできた過去をふと思い出す。



──────皆から託されたこの思い。俺は絶対に、無駄にはしない。



振り返らず、俺はただ真っ直ぐに前へと歩む。

背後からは、押し寄せる亡者の群れと激突する激しい音が聞こえてくる。



『オラァァァッ!!』というスミスの怒号と銃声。



カシムさんの鋭い剣風。



アクシアの弾く螺旋の音と、ソフィアの魔法の炸裂音。



仲間たちが命懸けでこじ開け、背中を押してくれた道。その情熱と願いを、確かにこの心に宿して──────。



◇◇◇◇◇



激しい戦塵を抜け、俺はついに敵本陣の最奥、最も開けた荒野の中心へと足を踏み入れた。



「......来たか。この世代の英雄よ」



目前に君臨する帝王、シン=エルザナが、静かな、しかし世界の全てを見透かすような深く重い瞳で俺を値踏みしている。指一本動かすだけで空間を制圧しそうなその圧倒的な神威に対し、俺は言葉ではなく、己の姿と覚悟で答える。



俺は右手を虚空へと伸ばし、強く握り込んだ。



「来い。......ヴァルセリア」



バチィィィッ!!



空間を鋭く断裂する音と共に、俺の手に漆黒の魔剣『ヴァルセリア』が顕現する。だが、今のその姿は、いつもの底知れぬ闇だけの刃とは違っていた。



黒鋼の剣身の奥底から、脈打つように眩い黄金の光が漏れ出しているのだ。

それはまさに、俺の魔剣ヴァルセリアと、ユキの聖剣リュミエールが、一つの器の中で強く呼応し、極限の力を生み出している証だった。


「......」


シンが僅かに目を細め、その黄金の光を帯びた魔剣を見つめる。俺は、ユキの想いが宿るその剣の切っ先を、真っ直ぐに帝王へと突きつけた。



「さあ、始めようぜ。......この世界を懸けて」



朝の光の中、新時代の英雄と旧時代の帝王による、正真正銘の最終決戦が幕を開けた。

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