86話 追突する女傑
俺とユキ、そしてイーシアは、真っすぐに敵本陣の最奥へと駆け抜けていた。
周囲を埋め尽くす円卓の兵士の数は、文字通り凄まじい。黒い波のように押し寄せてくる。
対するこちらの数は圧倒的に少ないが、一人一人が極めて高水準の強さを持った精鋭部隊だ。そして、その先頭に立ち、鋭い剣閃と圧倒的なカリスマで部隊を束ねているのが、隣を走る戦姫イーシアというわけだ。
「道を空けなさいッ!! 私の背に続けッ!」
イーシアの号令と共に、騎士たちが怒涛の勢いで円卓の陣形を穿ち、中央突破の道を切り開いていく。
だが、一直線に突撃していくその先。
狂騒の戦場にあって、そこだけ時が止まったかのように、明らかに周囲の兵士とは次元の違う雰囲気を纏った女が立っていた。
「......来たか。勇者」
その女は、先頭を走る俺とユキの姿を視界に捉えるや否や、一切の感情を見せずに、手に持っていたスリングショットを引き絞り、発射してきた。
ヒュンッ──────ドガァァァァァンッ!!!
「なッ......!?」
ただの石ころのはずが、着弾した瞬間に大砲のような凄まじい威力を伴って爆発し、俺たちの前方の地面を大きくえぐり取った。
飛び散る瓦礫をヴァルセリアで弾き払いながら、俺は舌打ちをする。
あの武器で、あの威力。只者じゃない。
砂煙が晴れた向こう側で、女が静かに名乗りを上げた。
「円卓第三席、マガ=カイン。......この先には行かせないよ」
冷たく、しかし確かな敵意を持ったカインの瞳が、俺たちの中央突破部隊を真っ直ぐに射抜いていた。
砂煙が舞う中、隣に立つイーシアが剣を構え直し、静かに口を開いた。
「レイ殿。......助力、願えるか」
いつになく真面目で、騎士団のトップとしての威厳と覚悟に満ちた口調。彼女は俺から目を離さず、真っ直ぐに共闘を願ってきた。
「私とレイ殿が前に出て、奴を削る。そして、一瞬の隙を見つけて、二人を最奥へと突破させる。......そのための隙を、何とかして作らなければ」
「ああ、同感だ」
俺は敵の弾幕を警戒しながら、パッと頭の中で作戦を練る。
カインの武器はスリングショット。つまり、相手は完全に遠距離戦闘主体だ。距離を取られたままダラダラと射撃戦に付き合えば、ジリ貧になるのは目に見えている。
あまり時間をかけると、この先のベターとの決戦の前に、無駄に体力と魔力を消耗してしまう。短期決戦で一気に間合いを詰めるしかない。
「ユキ。ここは、少し後ろに下がっててくれ」
俺は背後で身構える相棒に振り返り、告げた。
「ユキの『拒絶』の力は、この先の戦いで絶対に使いたい。ここで無駄にリソースを削るわけにはいかないからな」
「わかった。......それなら、レイの合図に合わせて、僕は一緒に突っ切る感じでいくね」
ユキは俺の意図を即座に汲み取り、コクリと頷いて後方へとステップを踏んだ。
いつでも最高速で飛び出せるよう、低い姿勢で待機してくれる。本当に頼りになる相棒だ。
「準備はいいか、イーシア」
「ええ。私の背中、預けるわよ」
俺は魔剣『ヴァルセリア』を、イーシアは特殊な剣『ユニクシア』を同時に構える。
カインが再びスリングショットを引き絞り、殺意の込められた石弾が放たれる、その刹那。
「行くぞッ!」
地面を蹴り砕く勢いで、俺とイーシアは同時に飛び出した。
無数の弾丸が飛び交う死地を駆ける、俺と戦姫の協力戦が始まった。
一気に飛び出しながら、カインが連続で発射する無数の弾丸を、俺とイーシアは魔法と剣撃で次々と撃ち落としていく。
しかし、カインの撃ち方は異常なほどに巧みだった。
「無駄だよ。力任せに弾いたところで、私の射線からは逃れられない」
カインが冷たく言い放つ。ただ真っ直ぐ撃ち出されるだけでなく、時間差で炸裂するもの、弧を描いて背後から迫るもの。その対応だけで一苦労させられる。
「甘いね。剣聖、戦姫。その程度で私との間合いを詰められると思っているのかい?」
カインは一切の表情を変えずに足を引き、正確なステップで後退していく。
俺たち二人との距離を常に一定に取られるため、あと一歩が届かず、思うように攻め切れない......!
そうしてジリ貧になりかけた、その時だった。
隣を走るイーシアが、ふと覚悟を決めたような、凄絶な表情を見せた。
「......レイ殿。私たちの使命は、あなたたちを最奥へ届けること」
「イーシア......ッ!?」
「私の命で、この世界の明日が買えるなら......安いものよッ!!」
イーシアは防御を完全に捨て、ユニクシアを真っ直ぐに構えたまま、カインへと向かって無理やり一直線に突撃を開始した。
あれでは──────完全に、的だ。
「やめろイーシア!!!」
俺の叫びも、戦場の爆音にかき消されて届かない。
いや、聞こえていたとしても、俺とユキを届けるという使命を果たすために、彼女は絶対に突撃をやめなかっただろう。
「......愚かだね。騎士の誇りか何か知らないが、死に急ぐとは」
カインがため息をつき、スリングショットにこれまでにない巨大な魔力を込めた石弾を番える。狙いは、一直線に向かってくるイーシアの急所。
「死なば諸共よッ!! カイン──────ッ!!!」
カインの必殺の弾丸が放たれる瞬間、イーシアは自らの全魔力を聖剣の刀身に集束させ、爆発的な推進力に変えて間合いをゼロに潰した。
イーシアの剣がカインに届くのが先か、弾丸がイーシアを撃ち抜くのが先か。
極限の命のやり取り。そして、それは俺たちにとって、唯一にして最大の『隙』だった。
助けに行きたい。その気持ちを奥歯を噛み砕くほどにこらえ、俺は背後のユキへと合図した。
「ユキ......今だッ!!」
「......うんッ!!」
俺たちはイーシアが命懸けでこじ開けてくれた射線の死角を抜け、カインの横を瞬きする速さで通り抜ける。
「......ッ、行かせるか!」
カインが迎撃しようと一瞬視線を俺たちに向けたが、その首筋にイーシアのユニクシアが深く食い込んだのが見えた。
俺たちが本陣の最奥へと足を踏み入れたその背後で、カインの弾とイーシアの魔力が正面から激突し、イーシアもろとも吹き飛ばすような凄まじい爆発の怒号が、ロンベルの空を劈いた。




