83話 紅月に灯されし開戦
時は来たれり。
空を見上げれば、禍々しくも美しい、巨大な紅い月が浮かんでいた。
今宵、全てが終わる。長く苦しかった円卓との戦いも、失われた時間も、今日このロンベルの地で決着をつけるんだ。
エデニアム本部の巨大な広場には、各地から集まった冒険者、魔導士、そして騎士団の精鋭たちが、緊張の面持ちで整列していた。
その最前列には、ユキ、カシムさん、アクシア、スミス、イーシアといった、共に死線を潜り抜けてきた仲間たちの顔もある。
「レイ様。皆に何か、士気を上げる一言をお願いします」
静寂の中、壇上の袖で控えていたソフィアが、俺に向かって希望を載せた声でお願いしてくる。彼女の瞳には、一切の迷いがない。俺という存在を、心から信じ抜いている目だ。
「ああ。任せてくれ」
俺は短く頷き、足音を響かせて壇上の中央へと進み出た。
何千、何万という視線が、一斉に俺へと注がれる。
かつては、ただユキを守りたくて足掻いていた無力な少年だった。だが今は違う。俺は、この世界に定着し、彼らの命を背負って立つ『剣聖』だ。
俺は大きく息を吸い込み、魔力を声に乗せて、全軍へと響き渡らせた。
「今日。全てが決まる......!!」
広場の空気が、ビリッと震えた。
「我々が円卓に屈し、この世界を奴らに明け渡すか! それとも、再びこの世界に平穏をもたらすかだ!!!!!」
兵士たちの顔つきが、恐怖から戦意へと変わっていくのが分かる。
「我々は、この一瞬のために戦ってきた! 理不尽に命を奪われ、散っていった者......そして、今日この戦場でこれから散りゆく者......! その全ての犠牲を、無駄にしてはならない!!!!!」
死に戻れないからこそ、今日流れる血には、途方もない価値と重さがある。
俺は一呼吸置き、静まり返った広場を見渡した。そして、腹の底から、こちら側の『正義』を世界へと叩きつける。
「必ずや......この世界に、我らの勇を示すぞ!!!!!!!!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!」」」」」
俺の叫びに呼応するように、全軍から地鳴りのような雄叫びが上がった。掲げられた無数の剣と杖が、紅い月明かりを反射して煌めく。
恐怖はもうない。あるのは、運命を切り拓くという強靭な意志だけだ。
ズズズズズズ......ッ!!!!
その歓声を切り裂くように、ロンベルの空に巨大な空間の亀裂が走った。
遂に、円卓の全軍が姿を現す。
そして、全てを終わらせるための戦争が、開戦した。
◇◇◇◇◇
ズガァァァァァァンッ!!!!!
上空の亀裂から、黒いローブを纏った円卓の兵士たちが滝のように降り注ぎ、ロンベルの防衛線と激突する。
怒号と悲鳴、魔法の爆発音が入り乱れる中、俺たち切り札とる七人は本陣で敵の動向を注視していた。
「......レイ様! 私の魔力感知で、円卓の幹部の情報が大体わかりました」
開戦して数分。目を閉じて膨大な魔力情報を処理していたソフィアが、目を見開いて報告を上げた。
「早いな。それで、敵の配置は?」
「はい。まず、敵陣の最奥に極めて巨大な魔力反応が二人。これは敵のブレイン、あるいは総大将がいると思われます。恐らく、残る最大の敵であるベターもここに......」
ベター。円卓の中でも底知れない力を持つ、因縁の相手だ。
「そして、前線を展開するように三人。右翼、中央、左翼に、等間隔で強大な反応が配置されています。これが、残る幹部たちでしょう」
完璧な布陣だ。奥の二人を守るように、三人の幹部が防衛線を張っている。
ソフィアは手早く地図の上に光の点を置き、こちら側の作戦を提示した。
「相手が戦力を分散させているなら、こちらもそれに合わせます。右翼の幹部を私とアクシア様で迎え撃ち、左翼の幹部をスミス様とカシム様が抑えてください」
「なるほど、遠距離魔法の右翼と、近接・物理特化の左翼か。バランスは完璧だな」
俺の言葉に、ソフィアは力強く頷き、地図の中央を指差した。
「そして......中央の最も厚い陣形は、レイ様と勇者様、そしてイーシア様で突破してください」
「私が、中央の幹部を引き受けるわ」
ソフィアの言葉を引き継ぐように、イーシアが前に出た。
彼女の背後には、ロンベルが誇る精鋭騎士団が既に整列している。
「イーシア様が中央の幹部を引き留めている間に、レイ様と勇者様はそのまま真っ直ぐ、ベターのいる最奥まで突貫する。...この作戦で行きましょう」
異論はない。全員が互いの実力を信じているからこそ成り立つ、短期決戦の特攻布陣だ。
「よし、決まりだ。......右翼、頼んだぞ」
「はい。アクシア様、私たちの魔法で圧倒しますよ」
「うん! 僕のクァエスタ・ヘリットで、敵の陣形ごとぶち抜くよ!」
ソフィアとアクシアが顔を見合わせ、闘志を燃やして右の戦場へと駆け出していく。
「左翼も、死ぬなよ」
「ハッ、誰に向かって言ってやがる。行くぞ、カシムのおっさん。俺の作った最新兵器にビビるなよ?」
「フッ、若造こそオレの剣速に後れを取るなよ。......行くぜ」
スミスがニヤリと笑い、カシムさんが愛刀の柄を叩く。二人は凄まじい速度で左の戦場へと跳躍した。
残されたのは、中央を突破する俺とユキ、そしてイーシアだ。
「あんたたち、絶対に立ち止まらないでよ。私の騎士団が、必ず道を切り開いてみせるから」
「ああ。恩に着る、イーシア。......行くぞ、ユキ!」
「うん! レイの背中は、僕が守るから!」
俺は魔剣『ヴァルセリア』を抜き放ち、前を見据える。
その先には、紅い月の下で待ち構える中央の幹部、そして、最奥に潜むベターの姿があるはずだ。
「全軍、突撃...!!!!」
俺の号令と共に、最後にして最大の戦いが、その火蓋を完全に切って落とした。




