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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
4章 可逆不能のノーステップバック 下

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81話 師弟

円卓からの全面的な宣戦布告を受け、決戦の「紅き月」が迫る中、俺たちは即座に行動を起こした。



エデニアム本部、作戦会議室。巨大なロンベルの地図と数々の資料が広げられた机を挟み、俺とソフィアは向かい合っていた。



「市民の避難は、順調に進んでいるようですね」



ソフィアが手元の報告書から顔を上げ、安堵の息を吐く。



「ああ。ロンベルの隠し転移陣を公表して正解だったな。これで民間人を安全な場所へ逃がせる。......それに、各地の冒険者ギルドや魔導ギルドにも声は届いているはずだ。間もなく、世界中の精鋭がこの地へ集結してくるだろう」



俺の言葉に、ソフィアも力強く頷いた。



このロンベルの地は、間違いなく最大の戦禍に晒される。ならば、民間人を逃がした上で、この街そのものを防衛に適した要塞へと徹底的に改造するべきだ。現在、スミスやイーシアたちが手分けして、物理的な防壁の構築や罠の設置といった現場の指揮に当たってくれている。



そして、俺とソフィアに課せられた最大の任務。それは、円卓の「幹部」たちへの直接的な対抗策を練ることだった。



「......さて、現状揃っている情報を整理しようか」



俺が促すと、ソフィアは一枚の古い羊皮紙を机の中央へ滑らせた。



「はい。過去の文献によれば、かつてのエルザナ王国の帝王シンには、11人の子供がいたとされています」



「11人。円卓の席次と同じ数だな」



「ええ。そして、私たちがこれまでに打ち倒した円卓の幹部は.......第一席ガルファを筆頭に、第四席、第六席、第八席、第十席、第十一席」



「つまり、残っている幹部はあと5人。.......この5人をどうにかすることでしか、この戦争の決着はつかない」



俺は地図の上に置かれた5つの駒を指先で弾いた。



問題は、その対処法だ。



「厄介なのは、奴らの持つ固有能力だ。ガルファの時もそうだったが、幹部クラスの力は、大勢の兵士で取り囲めばどうにかなるような代物じゃない」



「仰る通りです。エデニアムの精鋭たちは確かに強い。しかし、レイ様やユキ様のような、理を外れた特異な能力を持っている者は少ない……。悲しいですが、通常の戦力では、幹部相手には命を散らすだけになってしまいます」



ソフィアの言う通りだ。



俺たちは、この世界における『イレギュラー』なのだ。強大な固有能力を打ち破れるのは、同じく理不尽なまでの強さを持つイレギュラーだけ。



「今、こちらの陣営で確実に幹部と渡り合えるのは......俺、ユキ、イーシア、そしてソフィア。お前の4人だけだ」



俺の評価に、ソフィアは少し目を丸くした後、静かに一礼した。だが、それではまだ足りない。



「残る5人のイレギュラーを確実に仕留めるには、これでもまだ分が悪い。.......ソフィア。最低でもあと3人は、イレギュラーなほど強い人物が欲しくなるな」



俺の言葉に、ソフィアは真剣な眼差しで考え込み、やがて顔を上げた。



「.......心当たりが、ないわけではありません」



ソフィアは少し苦い顔をして、資料から目を細めながら話を続ける。



「とある辺境に住む、一人の剣豪がいます。現在、世界に広く伝わる『鏡映流』を使う剣士の中で、最強と謳われる者が......」



「最強、か」



「はい。しかし、彼はあまり集団で動くことを好まないようでして...。これまで何度かエデニアムから招集をかけたこともあるのですが、顔を出していただけないことが多いのです」



ほう。それは頼りになりそうだ。

群れることを嫌う孤高の実力者というのは、扱いづらい反面、この土壇場においては逆に信用できる。己の腕一つで辺境を生き抜いているのなら、間違いなく本物だ。



「......その名前は?」



同じ鏡映流を使う剣豪。その流派の頂点に立つ者の名を知りたくなり、俺は前のめりになってソフィアへと疑問をぶつけた。



「名を、カシム=セイラム。かつてセイラムの地で鏡映流を起こしたとされる開祖、弦弥=セイラムの直系の末裔です」



「......か、カシム?」



その名を聞いて、俺の心が跳ねる。今は遠くなった、あの無くなった三年間の記憶が鮮明に帰ってくる。

かつて、俺が剣を学んだ師匠であり、この世界への反逆の一歩をくれた恩人。そのカシム、なのか?



俺はざわつく気持ちを抑え、ソフィアに聞く。



「ソフィア。そのカシムって男の居場所は、今掴めているのか?」



「なんの気まぐれかはわかりませんが、今、この地へ到着していることを確認しています。ただ、彼を説得できるかどうかは.......」



「俺が行こう。言葉で駄目なら、剣で語り合うまでだ」



◇◇◇◇◇



ロンベルの街の片隅、人気のない修練場。そこに、探していた男の背中を見つけた。



「ん? なんだ? 青年。オレに何か用か?」



振り返ったその顔。

いた。そこには、俺の記憶にある、剣の師匠。そう。カシムさんが、いた。



そうだ。カシムさんとの修行の日々は、俺がタイムシフトでやり直したことによって”無かったこと”になっている。この時間軸の彼にとって、俺はただの初対面の若者に過ぎない。



──────それでも、自分の気持ちに抗うことはできなかった。



「カシム、さんですよね」



「おお。オレはカシムだ。それで、オレたちはどっかで会ったことあったか?」



「信じてもらえないかもしれません。でも...。俺は、貴方に剣を教わった」



俺の突飛な発言に、案の定カシムさんは困惑して眉をひそめる。無理もない。記憶にない若者から突然「弟子だ」と名乗られたのだから。



「......一戦、交えませんか。剣で、全て語ります」



俺が木剣の入った籠から一本を抜き取り、放り投げる。カシムさんはそれを受け取ると、少しだけ口角を上げた。



「面白い。見ず知らずのガキの妄言だが......その目を見りゃ、からかってるわけじゃないってことぐらいは分かる。いいぜ、かかってきな」



カシムさんが、木剣を正眼に構える。その瞬間、空気が張り詰めた。隙のない、岩のように重く静かな構え。


鏡映流の基礎にして極意。何度も何度も叩き込まれた型だ。



「行きます...!」



俺は地面を蹴る。



魔力も、エクタも使わない。純粋な身体能力と、剣の技術だけの踏み込み。



「シッ!」



カシムさんの鋭い突きが飛んでくる。速い。だが、軌道は完全に読めている。



俺は最小限の動きでそれを弾き、そのまま流れるようにカウンターの袈裟斬りを放つ。



「ほう......ッ!?」



カシムさんの目が驚愕に見開かれた。



俺の剣筋は、鏡映流の弱点を補い、かつその威力を殺さない完璧な「受け」からの反撃だったからだ。



ガギィィッ!!



木剣同士が激しくぶつかり合う。重い。この痺れるような衝撃。懐かしい。



「......どうなってやがる」



カシムさんが呟きながら、剣速を上げる。



上段、中段、刺突。



息もつかせぬ連撃。しかし、俺はその全てを捌き切る。



「踏み込みが浅い時は、必ず右のガードが下がる。......そう教わりました」



「なッ......!」



俺はカシムさんの連撃の隙を突き、木剣の腹で彼の手首を軽く弾き上げた。体勢が崩れたところに、刃をピタリと首筋に添える。



「......相打ち、ですね」



同時に、カシムさんの木剣も俺の脇腹を捉えていた。



だが、その表情からは敵意が消え、深い感嘆の色が浮かんでいた。



「......参ったな。確かにその剣筋、その癖の読み方......間違いなく、オレの教えを極限まで叩き込まれた者の動きだ」



カシムさんは木剣を下ろし、頭を掻いた。



「記憶にはねえが、剣は嘘を吐かねえ。......お前さん、名前は?」



「レイです」



「そうか。いい剣だったぜ、レイ。......それで、オレの『一番弟子』は、こんな辺境の剣士に何の用があって来たんだ?」



カシムさんのその言葉に、俺は思わず目頭が熱くなるのを堪え、ゆっくりと口を開いた。



俺は一呼吸置き、真っ直ぐにカシムさんの目を見据えた。



「円卓との、最終決戦。......そこで、力を貸してほしいです」



その言葉と、先ほどの剣戟の余韻。

点と点が繋がったのか、カシムさんはようやく俺の立場を理解したようだった。



「まさか、レイ。お前は......あの『剣聖』なのか?」



驚きに見開かれた目。どうやら、辺境に住む彼の耳にも、俺の通り名は届いていたらしい。



「なら、納得がいく。噂になっているからな。剣聖は、時を越えられるバケモノだって」



その噂は、あながち間違ってはいない。だが、俺は少しだけ目を伏せ、自嘲気味に笑った。



「ハハッ......。そんなの、過去のことですよ」



今の俺は、タイムシフトを手放し、この世界に定着した。やり直しのきかない、一度きりの命。ただの一人の不器用な剣士に過ぎない。



カシムさんは、俺のその少し寂しげな、けれど覚悟の決まった目から何かを読み取ったのだろう。



深く、力強く頷いた。



「ああ。......全部納得だ。細かい事情は聞かねえよ。オレの『一番弟子』が、死ぬ気で世界を背負おうとしてるんだからな」



カシムさんは、先ほどまで俺に向けられていた木剣を、今度は忠誠を示すように自身の胸に当てた。



「よし、レイ。オレの剣は、お前と共にある。存分にオレを駒として使ってくれ」



「カシムさん......ありがとうございます」



時を超えた師弟の絆が、今ここで再び繋がった──────。

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