79話 不可逆の世界
俺のここまでの軌跡──過去、現在、未来、その全てを乗せた究極の一太刀。
時空すらも断つその刃は、円卓第一席ガルファ=メオアの肉体を、その誇り高い魂ごと両断した。
ドサッ......。
上半身と下半身が別々に崩れ落ちる。
勝負は決した。
「......ぁ......あっぱれ......だ」
ガルファは口から血を溢れさせながら、それでも最期まで俺を見据えていた。
その瞳に、憎しみはない。あるのは、純粋な称賛と、そして──。
「しかし、私たちはまだ......負けていない」
消えゆく命の灯火を燃やし、彼は最期の予言を遺す。
「我らの悲願は、個の死では止まらない......。必ずや、貴様らの正義を、超えてみせよう」
「......ああ」
「フッ......弟たちを、頼む......」
ガルファはそう言い残し、静かに息を引き取った。
その表情は、どこか安らかで、重責から解き放たれたようにも見えた。
ルター、そしてガルファ。
その二人がしてきたことは、決して許されることじゃない。多くの血が流れ、多くの悲劇を生んだ。
しかし、その後ろに宿る『正義』──彼らが円卓として掲げた理想と覚悟は、確かに本物だった。
......重いな、あんたたちの想いは
俺は魔剣ヴァルセリアを納め、大きく息を吐き出す。
緊張の糸が切れた瞬間、全身を鉛のような倦怠感が襲った。
「レイぃッ!!!!」
背後から、悲鳴のような声が聞こえた。
激戦の間、ずっと俺の背中を支え続けてくれたユキだ。彼が駆け寄ってくる足音が聞こえる。
......悪い、ユキ。心配かけて
どうやら、俺の名前を呼んで心配してくれているようだが、それを聞き取るだけの聴力も、答えるだけの気力も残っていない。
視界が急速に狭まっていく。
地面が近づいてくる。
ガシッ。
倒れ込む俺の身体を、ユキが小さな体で必死に支えてくれた。
「レイ! レイ!?」
泣きそうな顔で俺を覗き込むユキ。
俺は最後に、震える手を持ち上げ、その黒色の髪を優しく撫でた。
......よく、頑張ったな
言葉にはならなかった。
だが、その感触だけで十分だ。
俺はユキの体温を感じながら、意識を完全に手放した。
◇◇◇◇◇
「ん....んん???」
意識が浮上すると同時に、後頭部に伝わる柔らかく、温かい感触。 まぶたを開けると、木漏れ日の逆光の中に、心配そうに覗き込むユキの顔があった。
「あ!起きたんだね。おはよう、レイ」
鈴のような声。土と草の匂いではなく、ユキの優しい匂いが鼻をくすぐる。 俺は何をしてたんだっけか。 ──ああ、そうだ。ガルファとの死闘を、乗り越えたんだった。
「ん、ああ。おはよう」
少しかすれた声で応える。 起き上がろうとすると、ユキの服に少しシワが寄っているのが見えた。 もしかして、俺が起きるまでずっと、この体勢でいてくれたのか?
ん? このくだり、なんだか前にもどこかでやった気がする........
そんな既視感は一旦隅に置いておき、俺はゆっくりと上体を起こした。そして、隣に座るユキに、俺が見てきた「未来」と、今の自分の現状を話し始めた。
ガルファの凶刃に倒れ、十年後の絶望的な未来へ飛ばされたこと。
そこで、ユキの魂の一部である聖剣と再び会ったこと。
この世界に当事者として定着することを選び、最大の切り札だった『タイムシフト』を手放したこと。
そして──魔剣『ヴァルセリア』の真名を開放し、本当の意味でこの世界に転移してきたこと。
ぽつりぽつりと、全てを語る。それを話し終わると、自分の中でずっと張り詰めていた緊張と疲労が、どっと外へ出ていく感覚がした。
もう、一人で時間を巻き戻して苦しむ必要はないのだと、心が理解したからかもしれない。
ユキは口を挟まず、静かに俺の話を聞き終わったあと、ふわりと、太陽のような笑顔を見せた。
「お疲れさま、レイ。.......やっぱり、僕の英雄は凄いや」
その労いの言葉一つで、俺の報われなかった無数の時間が、全て救われた気がした。
「さあ、帰ろうか。ユキ」
「うん!」
俺たちは立ち上がり、始まりの森を抜けて、王都ロンベルへの帰路についた。
◇◇◇◇◇
数日後。
俺とユキがロンベルの巨大な城門をくぐり抜けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「お待ちしておりました!! レイ様、ユキ様!!」
「うおおおおおッ!! 勇者様バンザイ!! 剣聖様バンザイ!!!」
鼓膜を揺らすような、割れんばかりの大歓声。
大通りの両脇には、溢れんばかりのロンベルの民衆たちが詰めかけ、色とりどりの花吹雪を降らせている。
どうやら、円卓の第一席と第四席を討ったことが、もうすでに伝わっていたらしい。
そして、その先頭に立っていたのは──。
「レイ様.......ッ! ご無事で、本当によかった.......!」
涙を浮かべ、胸に手を当てて深く安堵の息を吐くソフィア。
あの10年後の未来で見た、傷だらけで白髪の混じった彼女ではない。若く、美しく、希望に満ちた「今」のソフィアがそこにいた。
「へへっ、大金星じゃねえか、兄弟!」
「全く、ヒヤヒヤさせないでよね。でも.......よくやったわ」
その後ろからは、自慢げに笑うスミスと、腕を組んで照れ隠しをするイーシアの姿。
誰も欠けていない。あの絶望の未来は、俺の剣で確かに叩き斬ったのだ。
「レイ、すごいよ! みんな笑ってる!」
「ああ。.......そうだな」
隣で歓声に手を振るユキを見下ろし、俺も自然と笑みをこぼした。空はどこまでも青く、高く澄み渡っている。
俺の、二度とやり直しの効かない、たった一度きりの「人生」が、ここから始まる。




