77話 転移した怪物
五感が、異常なほど鋭くなる。
風の揺らぎ、マナの流れ、そして世界の鼓動。
これまでどこか一枚フィルター越しに感じていたそれらが、今は直接神経に接続されているかのように鮮明だ。
世界と、自分が繋がった感覚。
これが「定着」か。
俺は左肩に突き刺さったままのガルファのレイピアを、静かに、しかしゆっくりと引き抜く。
「......ッ」
鮮血が噴き出す。
だが、その赤い飛沫が地面に落ちるよりも早く、背後から優しい光が俺を包み込んだ。
ユキだ。間髪入れずに『拒絶』を発動し、傷をなかったことにしている。
──見えたぞ、ガルファ
今ならわかる。
あの未来で俺が殺された理由。そして、今この瞬間の違和感。ガルファの能力は、ただの身体強化や神速じゃない。
「弾いたはずなのに刺さっていた」。つまり、過程を無視して結果を押し付ける──もっと、確率に干渉するような力のハズだ。
──────ならば。
避ける必要はない。いや、避けても無駄だ。ならば、受けて進む。
「ユキ! 援護を頼むぞッ!!」
俺は叫ぶ。
致命傷以外は全て行動リソースとして支払う。
ユキなら、俺が死なない限り、それ以外のダメージを瞬時に『拒絶』してくれるはずだ。
「......チッ、小賢しい真似を!」
ガルファの表情が歪む。
彼は既に次の攻撃動作に入っている。俺の急所を確実に貫く、「必中」の構え。
だが、その予想範疇を超えてみせる。
「チャージング=ストレングス......バーストッ!!」
ドォォォォンッ!!!!!
地面が爆ぜた。
速い。
今まで感じていた、世界とのズレが一切ない。重い枷を外したように、思考と同時に身体が弾丸となって飛び出す。
「なッ......!?」
ガルファの顔をちらりと見る。
その顔に張り付いていた余裕と冷徹さが剥がれ落ち、焦りと驚愕が浮かび上がっていた。
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!!
不可視の刃が閃く。左腕、右腹、左太もも。
ドンッ、グシャッ、ザシュッ!!
三点。
ガルファの描いた「確率」通りに、俺の身体が貫かれる。
だが。
「......だ、から......どうしたッ!!!」
「バカなッ!?」
そんな攻撃程度、『必ず』受けるとしても、俺の行動に支障はない。痛みはある。肉は裂けている。
だが、俺の足は止まらない。
俺は被弾の衝撃を無視し、驚愕に目を見開くガルファの懐へと、魔剣『ヴァルセリア』を叩き込んだ。
ブンッ!!
漆黒の魔剣『ヴァルセリア』が、ガルファの首を刎ね飛ばす──その寸前。軌道が「ズレた」。
俺の太刀筋が歪んだのではない。世界そのものが、ガルファの首が刎ねられるという未来を拒否し、強引に座標を書き換えたような違和感。
その刃は、寸でのところで神技とも呼べる回避により、空を切った。
......なるほどな
運命の操作は、必中攻撃だけでなく、絶対防御としても使えるってことらしい。確率をいじって「当たるはずの攻撃」を「当たらなかった」ことにする。チートもいいところだ。
だが。
「なら、確率ごと焼き尽くすまでだ」
パチンッ。
俺は左手で、乾いた指を鳴らす。たったそれだけの動作。だが、指先に集束した膨大な魔力とエクタが、世界を震撼させる。
「イグニス=ノヴァ」
ドォォォォォォォンッ!!!!!
詠唱破棄などというレベルではない。
俺の意思に呼応し、空間そのものが発火したかのような紅蓮の爆炎が、ゼロ距離でガルファを飲み込む。
「ぬ、ゥゥゥオオオッ!!!」
爆煙の中、ガルファの咆哮が轟く。効いている。だが、死んではいない。
炎を切り裂き、焼け焦げた服と皮膚を晒しながら、ガルファが修羅の形相で飛び出してきた。
「この......化け物がぁッ!!!」
ヒュンッ、ザシュッ、グシャァッ!!!!
神速の刺突連打。俺の心臓、喉笛、眼球。人体において「死」に直結する急所のみを、正確無比に貫く運命の刃。
だけど、今なら死ぬ気がしない。そんな全能感と、自身が思考を覆う。
「ガ、はッ......!」
視界が赤く染まる。
心臓が止まる感覚。血流が逆流する悪寒。普通の人間なら、痛みを感じる暇もなく絶命しているダメージだ。
だが──俺は「止まらない」。
ドクンッ!!
背後から、ユキの強烈な『拒絶』が叩き込まれる。
止まった心臓が無理やり動かされ、潰れた眼球が再生し、千切れた血管が繋がる。「瀕死」という状態異常を、気合と魔法でねじ伏せる。
「な......ッ!?」
「はァアアッ!!」
俺は心臓を貫かれたまま、ヴァルセリアを振り下ろした。ガルファが驚愕に目を見開き、レイピアで受け止める。
ガギィィィンッ!!!!
火花が散る。俺は血反吐を吐きながら、ニヤリと笑った。
「狂っている......!」
ガルファが初めて、恐怖に近い感情を吐露する。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
俺のテンションは、死線を反復横跳びするたびに、更に駆け上がる。
楽しい。熱い。
これが、俺たちの全力だ。
「さあ、やろうぜ。ガルファ」
俺は魔剣を構え直し、世界に宣言する。
「ここが、俺たちの......運命の一戦だ──────!!




