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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
4章 可逆不能のノーステップバック 上

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76話 『レイ=■■■■■■』

俺のやることは、決まった。



『タイムシフト』という特権を手放し、この世界に魂を定着させる。それはつまり、二度とやり直しの効かない、一度きりの命になるということ。



大きな賭けになるだろう。だが、それが普通なんだ。人は皆、戻れない時の中で、懸命に足掻いて生きているのだから。



聖剣は最後に言い残した。



『世界への定着は、エクタを感じることと、強い決意によって完成する』と。



俺は深呼吸をし、右腕の奥底に眠る熱と、大気中のエクタの共鳴を感じ取る。



「......行くよ、ソフィア」



俺は振り返り、10年後の未来をたった一人で守り抜いてきた彼女に一礼をする。



「ご武運を。......どうか、過去の私たちを、よろしくお願いします」



ソフィアは寂しげに、けれど誇らしげに微笑んで返してくれた。この未来は、俺が過去を変えることで消滅するかもしれない。

それでも彼女は、俺を送り出してくれる。



俺は腰の短剣を抜き、その切っ先を自らの首筋にあてた。



じゃあ、飛ぼうか。



最後の死を超えて。



観測者から、当事者へ。



これは、ただの過去改変じゃない。

虚構となった(タイム)運命への挑戦(シフト)』なんだ。



俺は迷わず、刃を引いた。



──────第一次観測、開始。



◇◇◇◇◇



ガバッ!!!!



俺は肺いっぱいに空気を吸い込み、跳ね起きた。灰色の空ではない。無機質な鉄の天井でもない。

目に飛び込んできたのは、鬱蒼と茂る緑の木々と、木漏れ日だった。



「ハァ......ハァ......ッ!」



戻ってきた。あの、始まりの森に。



全身に走る激痛。ルター戦のダメージがそのまま残っている。だが、その痛みこそが「生きている」証だ。



俺は慌てて横を見る。



「......スー......スー......」



そこには、傷だらけのアルゴシスタを纏い、泥のように眠っているユキの姿があった。

胸が上下している。生きている。

あのガルファのレイピアに貫かれる前の、確かな命がそこにあった。



よかった......!



ルターとの戦いから、恐らく一日が経った頃か。

傷の具合から見て、俺たちが気絶して寝泊まりしていたあの時間軸だ。



それなら、まだ間に合う。

ガルファが来るのは、俺たちの傷が癒え、ここを発とうとした時。



まずは、万全の状態に戻す。

俺は体内に残っている魔力の全てを、惜しげもなく自己回復魔法へと注ぎ込んだ。



「......ふぅ、ッ」



身体の芯から熱が引いていく感覚。魔力回路が空っぽになる虚無感。だが、その代償として、ルター戦で負った全身の激痛は引き、骨の軋みも消えた。

ここからは、もう魔力には頼らない。エクタを使うと決めた以上、魔力の残量など気にする必要はない。



準備は整った。

最初に俺が行ったのは、エクタを使って魔剣を生成することだった。



右腕の『トゥーゴ』を意識し、大気中の『エクタ』と結びつける。理論は聖剣から教わった。感覚も、ルター戦の最後で掴んでいるはずだ。



「......顕現しろ」



俺は虚空を握る。黒い靄のようなものが掌に集まる。



だが──。



シュゥゥ......。



形を成そうとしたエネルギーは、剣の形状を保てずに霧散してしまう。

何度やっても同じだ。

固まらない。定着しない。まるで、世界が俺の剣を異物として拒んでいるかのようだ。



「くそっ......何が足りないんだ」



焦りだけが募る中、日は暮れ、また昇る。

結局、俺は一度も成功することなく、貴重な初日を費やしてしまった。



◇◇◇◇◇



そして、二日目の朝。

隣で眠るユキの寝顔を見ながら、俺は深呼吸をする。



焦るな。思い出せ。



技術じゃない。理論でもない。

聖剣は言っていた。『世界への定着は、強い決意によって完成する』と。



俺が最初に、魔剣の生成に成功した時のこと。

あの時、俺は何を願った? 何を思って、あの黒い刃を生み出した?



脳裏に、あの日の記憶が蘇る。



無力だった俺。守りたかったユキ。複雑な魔法式なんて組んでいなかった。ただ、魂の底から叫んだんだ。



”俺は、俺の運命を、ユキの運命を、誰にも決めさせない!この世界に、俺の意志を示す!”



そうだ。



俺の原初の思い。それは、高尚な理想なんかじゃない。

ただ、ユキと一緒に居ること。それだけだった。



俺が存在する理由。


戦う理由。


生きる理由。



それは、ユキ。それだけだ。



「......ああ、そうか」



ストン、と胸のつかえが取れた気がした。この世界に定着するというのは、この「欲望」を世界に認めさせるということだ。



俺は右腕を掲げる。

迷いはない。雑念もない。あるのは、純粋で透明な殺意と、愛情のみ。



バチチチチッ!!



空間が悲鳴を上げる。

黒い粒子が渦を巻き、逃げることなく俺の掌へと収束していく。



ガギィッ!!


金属が軋むような音と共に、俺の手の中に確かな重みが生まれた。



俺は、魔剣の輪郭を掴んだ。



「......くそっ、またか」



掌の中で黒い靄が凝固しようとして、また霧散する。輪郭までは掴めている。あと少し、ほんの少しの何かが足りない。

だが、その「あと少し」が、永遠のように遠い。



焦りだけが募る中、無情にも時間は過ぎ去り──遂に、その時が来てしまった。



「......ん、レイ?」



隣で眠っていたユキが、身じろぎをして目を覚ます。

彼は俺の尋常ではない汗と、張り詰めた空気を感じ取り、即座に表情を引き締めた。



「その顔......まさか、死に戻りをしてきたの?」



「......ああ」



俺は短く肯定する。説明している時間はない。



「この後、すぐに円卓第一席ガルファ=メオアが襲来する。......来るぞ、ユキ」



時間は、あと数分。間に合うのか......いや、間に合わせるんだ。



希望と絶望が交錯する中、世界の色が変わった。



「──待ってもらおうか。剣聖、レイ」



背後から響く、絶対強者の声。あの未来で俺たちを葬り去った、死神の宣告。



──────ラストチャンスだ。



俺は振り返らない。



極限まで集中する。



ガルファは何かを言っている。「散っていった家族のために」とか、「変数だ」とか。だが、そんなものは全て無視だ。俺の意識は、内側の宇宙だけに向いている。



ヒュッ──ドスッ!!!!



「が、ぁ......ッ!」



熱い衝撃。ガルファの放った凶刃が、反応しない俺の左肩を無慈悲に貫通する。

あの未来と同じ場所。同じ痛み。



だが、その痛みが、俺の脳髄に強烈な楔を打ち込んだ。



痛い。苦しい。だからこそ──「俺は今、ここに生きている」。



その感覚が、走馬灯のように今までの経験をフラッシュバックさせる。



あの森から始まった、何気ない日常と、あったはずの三年間。


ヴァイドヘイムの冷たい雨の中で起こった、死の悲劇。


ロンベルを守り通すために繰り返した、50回もの惨劇。


サテンヘルドの炉の熱気で誓った、スミスとの友情。


リスタリアの風の中で誓った、騎士たちの誇り高き遺志。


そして、始まりの森で、好敵手ルターと着けた決着。



──────そして、



どんな時も隣にいてくれた、俺の唯一の家族──ユキとの道のり。



過去も、現在も、未来も。その全てが、俺という人間を構成するピースだ。どれか一つ欠けても、今の俺はいない。



「......来い」



右腕が熱くなる。

空間が軋む。世界が、俺の存在を受け入れようと震え始める。



「来い。■■■■■■」



ノイズが走る。

虚構の存在だった俺が、確かな質量を持って世界に刻まれていく。



その全てが、俺を観測する。



「来い。ヴァ■■■■」



俺の魂の名前。俺の半身の名前。ずっと前から、俺たちは一つだったんだ。



その全てが、俺を、定着させた──────。



「来いッ!!!!! ヴァルセリアぁぁぁあああ!!!!!!」



バギィィィィィィィンッ!!!!!



空間が鏡のように砕け散る。

そこから、漆黒に輝く、見たこともない形状の魔剣が顕現した。



その瞬間、



『レイ=ヴァルセリア』は、



──────この世界に、転移した。

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