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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
4章 可逆不能のノーステップバック 上

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75話 聖剣´

俺とソフィアは、基地の最奥──分厚い鉄扉で閉ざされた、聖剣が安置されている部屋の前へとやってきた。



「......それでは、私はここでお待ちしています」



ソフィアが一礼し、扉のロックを解除する。

この先は、俺と聖剣だけの時間だ。



「ああ。行ってくる」



重い扉を押し開け、中へと足を踏み入れる。

ひんやりとした冷気が漂う石造りの部屋。その中央に、台座に突き立てられた一本の剣があった。かつてユキが振るい、俺たちの希望そのものだった黄金の剣──聖剣リュミエール。



主を失い、10年という歳月を経てもなお、その輝きは失われていない。

俺が近づくと、剣の刀身が微かに脈動し、頭の中に直接響くような声が届いた。



『──久しいな、レイ。こうして再び話せることを嬉しく思う』



「リュミエール......なのか?」



『ああ。私の意識は、一度ユキと同調して完全に融合し、消え去っていた。......しかし、あの子が死亡してしまったことで、行き場を失った私の意識は、少しずつこの剣へと戻ってきたんだ』



聖剣の声は、どこか悲しげで、それでいて懐かしかった。それは、ユキの声色にも似た、透き通るような響き。



『レイ。君がここに来たということは、覚悟が決まったということだろう。......ならば、ここで伝えよう。君と、ユキの本当の運命を』



「運命......?」



『そうだ。ユキと私──先代の勇者は、表裏一体の存在。この二分された世界の、同じ運命を持つ対の存在だった』



聖剣の言葉に、俺は息を呑む。

ただの「使い手」と「武器」の関係ではないということか?



『私たちは、遥か古の時代......「龍」と「人」の混合種の末裔なのだ』



「なッ......!? 龍と、人......?」



『その血は長い歴史の中で薄まっていた。だが、稀に現れる「先祖返り」......それこそが、ユキを「勇者」という名の超越者へと押し上げた正体だ』



衝撃の事実は続く。

ユキの異常な成長速度。強靭な生命力。そして、この聖剣との絶対的な親和性。それら全てが、神の加護などではなく、もっと生物的で根源的な「血の宿命」だったとは。



『そして......ユキは死の淵で、ある一つの真実を掴んだ』



聖剣の光が強まる。

まるで、亡き主の最後の想いを俺に焼き付けるかのように。



『レイ。君に、それを伝授しよう』



『あの子が最期に残した、世界の理を超える力......《エクタ》について』



聖剣の刀身が、呼吸するように明滅する。

その光は、ただの照明ではない。もっと根源的で、世界を構成する粒子そのもののように見えた。



『──エクタとは、龍の時代にあった、今の魔法の「原始」ともいえる存在だ』



聖剣の声が、俺の脳裏に知識として流れ込んでくる。



『現代の魔法は、マナを術式という回路に通して現象化させる「技術」に過ぎない。だが、エクタは違う。それは世界の根源を支える八つの属性そのものだ』



『日・水・土・風・月・氷・雷・草』



八つの言葉が、光の紋様となって空中に浮かび上がる。

日と月。対になるその属性が含まれていることに、俺は運命的なものを感じずにはいられない。



『そして、これらエクタを行使するために必要なのが、龍が体内に燃素として蓄えているエネルギー......《トゥーゴ》だ』



「トゥーゴ......?」



聞き慣れない言葉だ。だが、不思議と俺の右腕が熱を帯びて反応している気がする。



『トゥーゴは、言わば「着火剤」であり「触媒」だ。これがエクタと結合することで、術式を介さずとも、「現実を直接改変する」ことができる』



現実改変。



魔法の理屈を無視して、結果だけを書き換える力。それが、龍たちが振るっていた力──エクタの正体。



『そして、エクタと結びつくこのトゥーゴは、生物だけでなく、特定の鉱石にも宿る。......大きく分けて、二種』



聖剣の切っ先が、俺の右腕を指し示したような気がした。



『一つは、この聖剣の素材となった「希望の星』



『そしてもう一つは、君の右腕──フェルファクナの核となっている「超高純度魔鉱石」だ』



「なッ......!?」



俺は自分の右腕を鷲掴みにする。

魔力の急成長によって、魔鉱化したこの右腕には、トゥーゴが宿っているのか?



『君は、既にエクタを感じ取っているのではないか?』



聖剣が問いかける。

その言葉に、俺の脳裏にルターとの決着の瞬間がフラッシュバックした。



あの時。



マナが枯渇し、魔法が封じられた極限状態で、俺は無意識に何かを掴んだ。

あれは魔法じゃなかった。

右腕の奥底から湧き上がった熱が、俺の心象風景にあった「月」と結びつき、ルターの防御ごと現実を貫いたんだ。



「......ああ。心当たりがある」



俺は震える手を見つめる。

俺はずっと持っていたんだ。世界をひっくり返すための鍵を。



聖剣の光が、鋭く明滅する。それは俺を試すような、鋭利な輝きだった。



『──ここからは、賭けになる』



聖剣の声が、脳裏に深く響く。



『成功の保証はない。失敗すれば、君は過去に戻ることも、この未来で生き続けることすらできずに消滅するかもしれない。......それでも、キミは私の案に乗るか?』



脅しではない。純粋な事実としての警告。



だが、俺の心に迷いは微塵も生まれなかった。

この絶望的な未来で、指をくわえて死を待つくらいなら、どんなに分が悪くても勝機のある方に全チップを張る。それが俺の生き方だ。



答えは一つ。

俺は、どんな手を使ってでも、この未来を変えるのみだ。



「ああ。覚悟ならとっくにできている」



俺は聖剣を真っ直ぐに見据え、即答した。



『......ふふ、いい目だ。ユキと同じ目をしている』



聖剣は満足げに光を揺らめかせると、厳かな声色で切り出した。



『わかった。なら、私の考えを話そう』



『それは......『タイムシフト』からの、脱却だ』



「脱却......?」



俺は眉をひそめる。

タイムシフトを使って過去に戻るのではなく、脱却する?

それはつまり、俺の唯一の特権である「やり直し」を捨てるということか?



『そうだ。キミは今、この世界に完全に定着していない。異邦人として浮遊している状態だ。......それが、キミの可能性を、”数多の未来を観測できる”という能力に縛っているのだ』



聖剣の言葉が、腑に落ちていく。俺が死に戻りできていたのは、俺がこの世界の「異物」だったから。

確定していない存在だからこそ、確定していない時間軸を渡り歩けていた。



『観測者であることをやめろ、レイ。この世界に魂を定着させ、当事者となるのだ』



『その代償として、二度と戻れなくなる。だが、その代わりに手に入るものがある』



聖剣の光が、俺の掌──魔剣を握るべき手を照らす。



『この世界に定着し、自らの魂と向き合い......魔剣の”真名”を開放しろ──────』



『それが、この未来を、世界の結末を、変える唯一の一手になる』

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