72話 急転直下
俺たちは、ルターを打ち倒した。
廃墟の近く、少し開けた場所に土を盛り、そこらへんの木切れで作った小さな墓標を立てる。
ルターの遺体は、そこに埋葬した。
......あばよ、ルター
俺は墓標の前で短く祈りを捧げる。
かつては憎き仇敵だった。だが、最後の殴り合いで拳を交わした彼には、不思議と憎しみは残っていなかった。
せめてもの、好敵手としての礼儀だ。安らかに眠ってほしい。
その後、俺とユキは傷が癒えるまで、この廃墟で数日間を過ごすことになった。
思っていた以上に、俺たちのダメージは深刻だった。ユキは魔力枯渇と打撲で数日間、泥のように眠り続けていたし、俺も意識こそあったものの、身体中が悲鳴を上げていた。
片手で食べられそうな野草や木の実を集め、泥水をすすり、なんとか命を繋ぐのが精一杯だった。
そして、三日目の朝。
「......ん、レイ?」
ようやく意識が戻ったユキが、弱々しく目を開けた。彼は状況を把握すると、すぐに自身の権能を発動させてくれた。
「──拒絶」
優しい光が俺たちを包み込む。
数日間の苦痛が嘘のように消え去り、体力も魔力も万全の状態へと戻った。
「......助かったよ、ユキ」
俺は立ち上がり、身体の軽さを確認する。これなら、ロンベルまで一気に走って帰れる。
「さあ、帰るか。ユキ」
俺たちは遂に、あのルターに勝ったんだ。
この勝利は、ただの勝利じゃない。過去の呪縛を断ち切った証だ。早く帰って、ソフィアやスミス、イーシアに良い知らせを届けなければな。
「うん。なんとか、身体も問題なく動かせるしね」
ユキも笑顔で頷き、俺たちは廃墟を後にした。木漏れ日が差し込む森の出口へ向かって、一歩を踏み出した。
その時だった。
「──待ってもらおうか。剣聖、レイ」
「......ッ!?」
背後からかけられた、低く、重厚な声。俺の足が、意思とは無関係に凍りついた。
なんだ......この、感覚は......?
殺気じゃない。闘気ですらない。
ただそこに「在る」だけで、大気が歪み、生物としての本能が警鐘を鳴らすような、圧倒的なプレッシャー。
これまで戦ってきたロータシーやルターとは、次元が違う。格が違う。
久しく感じていなかった──いや、味わいたくなかった「死」への恐怖を、俺の魂が感じ取っていた。
恐る恐る振り返る。
そこには、ただ腕を組んで立っているだけの、一人の男がいた。
「円卓第一席、ガルファ=メオア。......散っていった家族に代わり、引導を渡そう」
男──ガルファは、虚空から一本の細身のレイピアを取り出した。装飾のない、針のように鋭い銀色の剣。
彼がそれを構えた瞬間、世界の色が彩度を失ったように感じられた。
「来るぞ、ユキ!」
「うん!」
俺たちは瞬時に戦闘態勢をとる。
ルター戦を経て、俺たちの連携は完成している。どんな初見の攻撃でも、二人なら対応できるはずだ。
ガルファが動く。
速い──が、見えている!
俺は魔剣を最短距離で振り抜き、突き出されたレイピアを弾き飛ばす軌道を描く。
──もらったッ!
完璧なタイミング。
剣と剣が交差し、俺は確かに弾いた感触を──。
「──え?」
手応えが、ない。
「が、......がああああっ!?」
弾いたはずのレイピアが、俺の左肩を深々と貫通していた。防御も、回避も、魔力障壁も、全てをすり抜けて。
「刺さった」という結果だけが、そこに唐突に出現していた。
「ぐ、ぅぅ......ッ!」
「......そんなその場しのぎの剣など、俺には通用しない」
ガルファは冷徹な声色で呟き、無造作に手首を捻る。
レイピアの刃が俺の筋肉と骨を抉り、傷口を無慈悲に広げていく。
「お前は、私たちの理想において、一番の変数だ。......ここで退場してもらおう」
ガルファの左手が、俺の顔にかざされる。
「借りるぞ、ベター」
その掌に集束する、暗黒の魔力。
かつて、円卓第二席ベター=サイプから喰らった、あの『虚無の箱』──世界から隔離される感覚に似ている。
「な、に......ッ!?」
「安心しろ。ベターの術式ほど強力なものではない。殺しはしないさ」
ガルファは淡々と、事務処理のように告げた。
「しかし、10年は静かになってもらおうか」
「や、めろ......ッ!」
俺の視界が、急速に黒く塗りつぶされていく。
意識が泥の中に沈んでいく。
抵抗しようにも、指一本動かせない。
「レイッ!!!」
遠くで、ユキの叫び声が聞こえた。俺は最後の力を振り絞り、必死に目を開ける。
そこには──。
「......あ」
ガルファのレイピアが、駆け寄ろうとしたユキの胸を無残に貫き、その身体を宙に縫い止めている光景があった。
鮮血が舞う。
ユキの瞳から、光が消えていく。
「ア......ァ......」
俺の喉から、声にならない絶望が漏れる。
伸ばした手は誰にも届かず、俺の世界は完全に暗転した。
最後に、ユキが無残に殺される残影だけを、網膜に焼き付けたまま──────。




