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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
4章 可逆不能のノーステップバック 上

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72話 急転直下

俺たちは、ルターを打ち倒した。



廃墟の近く、少し開けた場所に土を盛り、そこらへんの木切れで作った小さな墓標を立てる。

ルターの遺体は、そこに埋葬した。



......あばよ、ルター



俺は墓標の前で短く祈りを捧げる。

かつては憎き仇敵だった。だが、最後の殴り合いで拳を交わした彼には、不思議と憎しみは残っていなかった。


せめてもの、好敵手としての礼儀だ。安らかに眠ってほしい。



その後、俺とユキは傷が癒えるまで、この廃墟で数日間を過ごすことになった。



思っていた以上に、俺たちのダメージは深刻だった。ユキは魔力枯渇と打撲で数日間、泥のように眠り続けていたし、俺も意識こそあったものの、身体中が悲鳴を上げていた。

片手で食べられそうな野草や木の実を集め、泥水をすすり、なんとか命を繋ぐのが精一杯だった。



そして、三日目の朝。



「......ん、レイ?」



ようやく意識が戻ったユキが、弱々しく目を開けた。彼は状況を把握すると、すぐに自身の権能を発動させてくれた。



「──拒絶(リジェクト)



優しい光が俺たちを包み込む。

数日間の苦痛が嘘のように消え去り、体力も魔力も万全の状態へと戻った。



「......助かったよ、ユキ」



俺は立ち上がり、身体の軽さを確認する。これなら、ロンベルまで一気に走って帰れる。



「さあ、帰るか。ユキ」



俺たちは遂に、あのルターに勝ったんだ。

この勝利は、ただの勝利じゃない。過去の呪縛を断ち切った証だ。早く帰って、ソフィアやスミス、イーシアに良い知らせを届けなければな。



「うん。なんとか、身体も問題なく動かせるしね」



ユキも笑顔で頷き、俺たちは廃墟を後にした。木漏れ日が差し込む森の出口へ向かって、一歩を踏み出した。



その時だった。



「──待ってもらおうか。剣聖、レイ」



「......ッ!?」



背後からかけられた、低く、重厚な声。俺の足が、意思とは無関係に凍りついた。



なんだ......この、感覚は......?



殺気じゃない。闘気ですらない。

ただそこに「在る」だけで、大気が歪み、生物としての本能が警鐘を鳴らすような、圧倒的なプレッシャー。


これまで戦ってきたロータシーやルターとは、次元が違う。格が違う。



久しく感じていなかった──いや、味わいたくなかった「死」への恐怖を、俺の魂が感じ取っていた。



恐る恐る振り返る。

そこには、ただ腕を組んで立っているだけの、一人の男がいた。



「円卓第一席、ガルファ=メオア。......散っていった家族に代わり、引導を渡そう」



男──ガルファは、虚空から一本の細身のレイピアを取り出した。装飾のない、針のように鋭い銀色の剣。


彼がそれを構えた瞬間、世界の色が彩度を失ったように感じられた。



「来るぞ、ユキ!」



「うん!」



俺たちは瞬時に戦闘態勢をとる。

ルター戦を経て、俺たちの連携は完成している。どんな初見の攻撃でも、二人なら対応できるはずだ。



ガルファが動く。

速い──が、見えている!

俺は魔剣を最短距離で振り抜き、突き出されたレイピアを弾き飛ばす軌道を描く。



──もらったッ!



完璧なタイミング。

剣と剣が交差し、俺は確かに弾いた感触を──。



「──え?」



手応えが、ない。



「が、......がああああっ!?」



弾いたはずのレイピアが、俺の左肩を深々と貫通していた。防御も、回避も、魔力障壁も、全てをすり抜けて。



「刺さった」という結果だけが、そこに唐突に出現していた。



「ぐ、ぅぅ......ッ!」



「......そんなその場しのぎの剣など、俺には通用しない」



ガルファは冷徹な声色で呟き、無造作に手首を捻る。

レイピアの刃が俺の筋肉と骨を抉り、傷口を無慈悲に広げていく。



「お前は、私たちの理想において、一番の変数だ。......ここで退場してもらおう」



ガルファの左手が、俺の顔にかざされる。



「借りるぞ、ベター」



その掌に集束する、暗黒の魔力。



かつて、円卓第二席ベター=サイプから喰らった、あの『虚無の箱』──世界から隔離される感覚に似ている。



「な、に......ッ!?」



「安心しろ。ベターの術式ほど強力なものではない。殺しはしないさ」



ガルファは淡々と、事務処理のように告げた。



「しかし、10年は静かになってもらおうか」



「や、めろ......ッ!」



俺の視界が、急速に黒く塗りつぶされていく。



意識が泥の中に沈んでいく。



抵抗しようにも、指一本動かせない。



「レイッ!!!」



遠くで、ユキの叫び声が聞こえた。俺は最後の力を振り絞り、必死に目を開ける。



そこには──。



「......あ」



ガルファのレイピアが、駆け寄ろうとしたユキの胸を無残に貫き、その身体を宙に縫い止めている光景があった。



鮮血が舞う。

ユキの瞳から、光が消えていく。



「ア......ァ......」



俺の喉から、声にならない絶望が漏れる。

伸ばした手は誰にも届かず、俺の世界は完全に暗転した。



最後に、ユキが無残に殺される残影だけを、網膜に焼き付けたまま──────。

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