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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
3章 快刀乱麻のブレイブハート

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70話 鈍刀、乱麻を貫く

俺がユキへと希望を託し、意識を手放してから、どれくらいの時間が経ったんだ?数秒か、あるいは数分か。

泥の冷たさと、全身を駆け巡る激痛で、俺の意識は強引に浮上した。



「ん、うぅッ....」



鉛のように重い瞼をこじ開ける。

ようやく、身体が言うことを聞く。軋む手足を叱咤し、俺は上体を起こした。



「......はぁ、はぁ」



視界に飛び込んできたのは、地面に伏して肩で息をしているユキの姿。ボロボロだ。法衣は裂け、全身打撲の痕がある。

だが、その表情はやり遂げた男の顔をしていた。



そして、その向こう側。

かつて纏っていた禍々しい赤色のオーラも、エンジンのような駆動音も消え失せ、ただの人間として立っているルターがいた。



......やったのか、ユキ



どうやら、ユキはあの怪物じみた能力を解除──いや、『拒絶』したらしい。俺たちが手も足も出なかった理不尽な加速と重量を、全て無に帰したのだ。



繋いでくれた。

その命懸けのチャンスを、俺が無駄にするわけにはいかない。



「ぐ、ぅぅぅ......ッ!」



俺は地面の泥を強く握りしめ、震える足に全ての力を込めて立ち上がる。

ふらつきながらも、俺はルターを見据えた。



決めるぞ。

俺は右手を突き出し、魔力を練り上げる。



魔剣を生成す──────



......来ない。

いつもなら瞬時に掌に現れるはずの黒き刃が、影すら形作らない。



「なッ......!?」



魔力切れか? いや、違う。体内に魔力はある。

だが、体外に出そうとした瞬間、世界そのものに弾かれる感覚。この空間一帯のマナが、完全に『拒絶』されている?



「......どうやら、同じ状況らしいな」



立ち尽くす俺を見て、ルターが口を開く。彼もまた、拳を握りしめて何かを発動しようとしていたようだが、そこには何も起きなかった。

身体強化も、加速も。何もかもが機能しない。



「ああ。......そうみたいだ」



俺は構えをとる。剣の構えじゃない。素手での、喧嘩の構えだ。



魔力なし。小細工なし。武器すらなし。残されたのは、鍛え上げた己の肉体と、砕けない意志のみ。

それが俺たちの、最終ラウンドのルールらしい。



ルターがニヤリと笑った。

狂気も殺意もない。ただ一人の格闘家としての、純粋な闘志がそこにあった。



「来い、レイ」



「はあぁぁぁああ!!!!!」



俺は吼えた。地面を蹴り、泥を跳ね上げ、真っ直ぐに突っ込む。

ルターもまた、重い足取りで迎撃に出る。



ドゴォッ!!!!



俺の右拳がルターの頬を捉え、ルターの左拳が俺の脇腹にめり込む。



硬い。痛い。



魔法障壁のない生身の殴り合いは、あまりにも痛烈で、そして──最高に熱い。



「オラァッ!!」



「グルァアアッ!!」



技術もへったくれもない。

俺は殴り、殴られ、血を吐きながら、それでも拳を振り続けた。



バゴォッッ!!!



今まで以上に重く、そして深い一撃。

ルターの渾身の右拳が、俺のガードを突き破り、顎を砕かんばかりの勢いで炸裂した。



「が、ぁ......ッ」



視界が白く弾ける。脳が揺れ、地面の感触が消える。膝から崩れ落ちそうになる俺を、無慈悲な重力が引っ張る。



意識が飛びかける。

反撃が、できない──────。



「それで......終わりかぁああ!!!???」



ルターの怒号と共に、トドメの追撃が飛んでくる。避けられない。防げない。

死の感触が、冷たく俺の首筋を撫でた。



その時だった。



ピチャッ。



後ろで、液体が盛大に飛び散る音がした。泥の音じゃない。もっと生々しい、鉄の匂いがする音。



それは、ユキの血だった。



「......ッ、あ......」



俺は霞む視界の端で見た。魔法の反動とルターの一撃でボロボロになったユキが、地面に血だまりを作りながら、それでも必死に何かを叫ぼうとしていた。

喉が潰れているのか、ヒューヒューと空気が漏れる音しか聞こえない。



それでも、ユキは叫んだ。



命そのものを吐き出すように。



「...ぁ....あ.....あ.....」



「ま”け”る”なあぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!」



その裂帛の叫びは、物理的な音を超えて、確かに届いた。

俺の、”心”のど真ん中に。



ドクンッ!!!!



俺の心臓が跳ねる。

その勇気は、俺の痛みも、恐怖も、絶望すらも『拒絶』した。



──ああ、そうだ。俺が負けるわけにはいかない



俺の身体から力が湧き上がる。マナじゃない。魔力回路を通すエネルギーですらない。

もっと根源的で、もっと純粋な、魂の輝き。



「はあぁぁぁああ!!!!!!!!」



俺は踏み込んだ。迫りくるルターの拳を紙一重でかわし、懐へと潜り込む。



何かが形成される感覚。従来の魔法とは違う。夜空に輝く、静寂にして絶対的な光。



”月”に恵まれたその拳は、白銀の軌道を描き────。



──────ルターの胸板を、筋肉の鎧ごと深々と貫いた。

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